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翌朝。
学園の正門前は貴族の子弟を乗せた馬車が次々と通り過ぎ、近くに住む生徒たちが会話を楽しみながら歩いていた。
その様子を近くの茂みから眺めながら、私はリュシアン殿下の馬車が到着するのを待っていた。朝早くからここで待機していたし、一応、殿下の登校時間も確認していたので、まさか先に到着しているとは思えないが――この後の計画のことも考えると、どうもソワソワして落ち着かなかった。
昨日、殿下に提示した『運命的な出会い』とは、こんな内容だ。
朝の登校後、建物に向かって歩いている殿下のそばで私が転んでしまう。優しい王太子殿下は、その哀れな女子生徒を助け起こす。そして、二人で少し見つめ合った後、殿下はハッと我に返って、私を医務室に連れて行く。
一見、ただ絡んだ女子生徒を助けただけのシーンにすぎないかもしれない。でも、待ってほしい。「少し見つめ合った後」がポイントなのだ。いくら私が栗色の髪に焦茶色の目で、なんの特徴もないような顔立ちをしていても、『恋は盲目』という言葉もある。その見つめ合っている『間』こそ、周りから見れば「殿下と女子生徒が恋に落ちた瞬間」と映ってくれるはず。
うん、きっと周りはそう思ってくれる……はず。たぶん。むしろ、そうであってほしい。
まぁ、何というか――偉そうに殿下に言ったはいいものの、実は私も恋というものをしたことがない。なので、これで合っているのかどうか分からないのが、正直なところだったりする。
「うん……きっと大丈夫。頑張るのよ、ミリアーナ」
流れる冷や汗を拭き取りつつ、前方を見ると、流れてくる馬車の中で一際豪華な馬車が通り過ぎるのに気付いた。
来た! リュシアン殿下だ!
がさっと茂みから立ち上がると、近くにいた生徒たちが突然現れた私に驚いた声をあげた。驚かせて申し訳ない。ぺこりと頭を軽く下げた後、殿下の方に向かうと、もう馬車から降りて歩き始めていた。
――が、しかし。
「……………あれ?」
いつの間にか姿を現したオーレリア様が、殿下をお迎えして一礼し、そのまま二人で歩いていた。
なぜ、オーレリア様がそこに?
正門でずっと監視していたが、いつも放課後に連れて行かれる馬車は見当たらなかった。ということは、私が正門に着くより早くに到着したのか、それとも今朝に限っていつもと違う馬車で来たのか。オーレリア様の意図が全く読めなかった。
しかし、ぼうっとしている内に彼らは建物に到着してしまう。殿下の周りに人も集まってきている。このまま中に入られては、クラスも違うため接点を作りにくい。
南無三、と思いながら急いで走って殿下たちに向かい――
くきっ
焦りすぎたせいか、足の踏み出し方が悪かったのか。右足首が嫌な音を立てて曲がった。そのまま前に倒れ込む体。視界に、驚いた表情で振り向く二人の姿が映り――
どべしゃぁっ
「いっ――」
両手を前に伸ばしながら、私は顔面から盛大に転けてしまったのだった。
「「「………………………」」」
沈黙する殿下、オーレリア様。ついでにイリオス様。
私は、本気で捻った右足首と顔面の痛さと、派手に転んだ恥ずかしさで動けなかった。周りからガヤガヤと声も聞こえてくるから、尚更だ。
「大丈夫か、あの子」
「どこの貴族令嬢かしら。あまり見かけたことないけれど」
「彼女、さっき茂みから急に出てきて、殿下の方に向かって走って、そして転んだのよ」
「え? それってもしかして、わざと?」
………くっ。まさにその通りなんだけれど、改めて第三者に言われると恥ずかしすぎて死ねるわね。
よく市井ものの小説で、男爵令嬢のヒロインが王族にガンガンアプローチをする物語があるけれど、あのヒロインたちもこんな羞恥心と戦っていたのかもしれない。少しだけ彼女たちの気持ちが分かった気がした。
「おい、なかなか起き上がらないぞ。大丈夫なのか?」
心配そうな声をあげる男子生徒。違う。起き上がらないんじゃない。殿下の反応があるまで起き上がれないのだ。
「なぁ、さっき倒れる時にチラッと見えたけど、あまり可愛い下着じゃなかったな」
おい、そこの男子生徒。後で顔面張り倒しに行くぞ。
あまりにも長い殿下の無反応に、流石に私もこのままではいられないので、顔を起こした。
すると。
殿下は完全に表情が抜け落ちた顔で、こちらを見ていたのだった。
え? なんで? 昨日打ち合わせしたじゃん!
なんでそんな顔をしてるのよ!?
(殿下、殿下)
完全に石像と化してしまったリュシアン殿下に、そっとイリオス様が囁きかけるのが聞こえた。
(な、なんだ、イリオス)
(ほら、ここで殿下の出番ですよ。グリーンウッド嬢を助け起こさないと)
(はっ。そ、そうだったな)
「お、おおーっと。これは大変だ。き、君。怪我はないかな?」
「……………………」
あまりの棒読みと大根役者ぶりに、思わず私まで固まってしまった。
ちなみに、オーレリア様は、目元だけ扇から出しながらこちらを見ているが、その目は完全に笑っている。早く来て殿下の側にいたのも、この茶番劇を目の前で見たい欲求からだと、その時点で察してしまった。
(ほら、グリーンウッド嬢)
さりげなくフォローをしてくれるイリオス様の声に、私もハッとして殿下が差し出してくれた手を掴んだ。
「あ、ありがとうございます、リュシアン殿下。お優しゅうございますのね」
顔の土を払いながら、にこりと笑みを返す。
「実は、足を捻ってしまったようで」
「は? 演技ではなく?」
(ちょっと! それは言わない約束でしょ!)
思わずポロリとこぼしてしまう殿下に、即座に小声でツッコミを入れる。
(演技のつもりで、本当に転けて捻ってしまったんです)
(そ、そうか。それで、この後どうしたらいいんだ?)
(殿下。この後は、グリーンウッド嬢を医務室に連れて行く予定となっています)
ヒソヒソ話をする私たち。声が周りに聞こえていないか、少し心配したが、周囲の人垣は殿下に気遣ってか距離を開けていたので、大丈夫そうだった。
「そ、それは大変だ! 急いで医務室に連れて行かねば!」
「えっ?」
がっと腕を引っ張られ、そのまま肩に担がれる。そしてあろうことか、リュシアン殿下はそのまま医務室に向かって走り出してしまった。
なんで肩担ぎなのよ! お姫様抱っこじゃないのかよ!!
走りながら落とされたら洒落にならないので、私も殿下の背中の服を必死で掴んだ。先程の人垣の皆が私たちを見る目! あまりのことに、皆、呆然としちゃってるよ!!
オーレリア様は完全に扇で顔を隠して、建物とは別の方向に向かってゆっくり歩き出していた。周りの女子生徒たちは、オーレリア様を哀れむような顔をしているが、あれは絶対、人気のないところで爆笑するために違いなかった。
もう、これで一体、どうやって『運命的な出会い』をしたことになるのよ!
このポンコツ王子、本当に恋人の演技なんてできるわけ!?
「も、もう少しで医務室に着くからな。そうしたらすぐ降ろすぞ」
「………はい、ありがとうございます」
担ぐのがよほど嫌なのか、わざわざ宣言してくれる殿下に一応お礼を伝えつつ、今後の苦労が浮かんでがっくりと項垂れる私だった。




