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「ひぃぃ。つ、疲れたぁ……」
大広間に面したバルコニーに移動してきた私は、手すりにもたれかけながら大きく息を吐いた。慣れないヒールで長時間立ち続けていたので、足もそろそろ限界だ。
国王陛下のお言葉の後、私たちは一斉に招待客たちに取り囲まれた。「どのように殿下からお声かかったのか」「学園で演技をしている間は、どんな気持ちだったか」「無事に劇を終えての感想は」など、次から次へと質問された。しまいには、隣国の王子から「次は我が国でもヒロイン役をやらないか」と誘われる始末である。さすがに、その話は丁重にお断りさせて頂いたが。
いつ終わるともしれない質問攻めに、眩暈がしそうになった頃、どこからともなく腕を引かれた。私をさりげなく招待客の輪から抜け出してくれたのは、なんと給仕姿のナタリーだった。
驚く私に、ナタリーはそっと唇に指を当てながらバルコニーまで連れてきてくれた。「大舞台を成功させた大女優に」と、優しい笑顔と共にドリンクを渡してくれた後、ナタリーは大広間に戻っていった。
「……ありがとう、ナタリー」
いざという時は、私を逃すと言ってくれたナタリー。舞台の間、姿は見えなかった。でも、確かに私のことを見守ってくれていたのだと実感すると、目が潤み始めた。
誤魔化すように一口飲むと、甘酸っぱい果実水が喉を潤す。そこでようやく、自分がここまで一口も水分をとっていないことに気付いた。
「……ここにいたのか、ミリアーナ嬢」
後ろからかけられた声に振り向くと、そこには片手にドリンクを持ったイリオス様がいた。笑顔を浮かべていたが、少しだけ疲れが滲んでいる。彼もまた、私と同じように多数の人からの質問攻めにあっていたので、ようやく抜け出すことができたのかも知れない。
「さすがのイリオス様も、お疲れのようですね」
「ああ。大勢と対話される殿下のそばに控えることはあっても、まさか自分がその渦中に立たされるとは、思いもしなかった」
「ふふっ、私もですよ」
私たちはバルコニーの手すりを背に、二人で並ぶ。窓から見える大広間では優雅にダンスをする招待客たちの姿が見えた。ここにいる私たちとは、まるで違う別世界のような美しい光景。
「…………しかし」
しばし無言で大広間を見つめた後、イリオス様が口を開いた。
「まさか、あんな着地になるとは思いもしなかったな」
「ええ、本当に……殿下たちには本当に、してやられましたね」
「ああ、全くだ」
私たちが学園入学直後から行っていた殿下との『恋人関係』は、当時、紛れもなく事実だった。リュシアン殿下はオーレリア様を嫉妬させたかったし、オーレリア様はその殿下の動向の全てを知りたかった。
だから、彼らは男爵令嬢の私に声をかけた。
その後、学園生活の中で試みた『初めての出会い』や様々な『恋人ごっこ』も――それによって起きた私への嫌がらせも、全て同じように事実だった。
決して、生誕パーティーに向けての仕込みではなかったのだ。
リュシアン殿下が勉強と称して恋愛小説を乱読し、私に起きた嫌がらせが、その小説に出てくる定番そのものだったこと。そして、オーレリア様が殿下への嫉妬心を示さなかった焦りから、『断罪劇をする』という殿下の暴走が起きてしまったこと。
一歩間違えれば。
リュシアン殿下は廃嫡の上、幽閉か毒杯。オーレリア様は国外追放、あるいは処刑。殿下を唆したとされる私は、修道院か労働現場の男たちの慰み者、もしくは毒杯。
そんな恐ろしい結末が、私たちを待ち受けていたのだ。
しかし、オーレリア様の機転と根回しにより、国王陛下ご夫妻だけでなく招待客全員が、生誕パーティーに向けた仕込みだったと受け止めた。
更には、その策に乗っかったリュシアン殿下が、劇を通して得た学びを、十六歳を迎えた自分の決意表明にまで昇華させてしまった。
断罪をした者、受けた者が、共に「これは全て劇でした」と宣言して成長の証にしてしまったら、いくら疑問を抱く者がいたとしても、受け入れざるを得ないだろう。
「しかし……まさか、私の名誉挽回をお願いしていたとはいえ、国王陛下ご夫妻の前でされるとは、思ってもみませんでしたよ」
全部殿下に丸投げしてしまった責任はあるのかもしれないが、あまりにも規模の大きな話に、私は苦笑いをするしかなかった。
「片田舎の男爵令嬢から、国王陛下ご夫妻も認めた大女優への転身だな」
「ちょっ。もう辞めてくださいよ、本当に」
わざと揶揄ってくるイリオス様に、私も笑いながら文句を言った。そんな私に、彼もクスクスと笑みを溢す。
ひとしきり笑った後、私はふ――っと息を吐いた。
「もう……終わったんですね……」
「……ああ。そうだな」
「明日からはもう、『恋人役』は演じなくてもいいんですよね。そうしたら、私は――」
もう、殿下やオーレリア様、イリオス様たちの傍にはいられないのかな……
私は少し俯いて、そっと目を伏せる。
「ミリアーナ嬢……」
「……はい」
「君は……本当に、よくやってくれた」
「――え?」
顔を上げると、イリオス様は真剣な目で私を見つめていた。
「……最初は、殿下の無理難題を引っ掛けられた君を、少し哀れに思っていた。そうしたら、君は殿下の依頼に対してすぐに報酬を請求した。見かけによらず、強かな女性だと思った」
強か……確かに、最初はかなり無茶な金額ふっかけたりしてたっけ。イリオス様と金額交渉したあの日が思い出される。
「すぐ音を上げると思っていた。下位貴族の女性が、王族相手の『恋人役』なんて出来るわけがない、と。しかし君は、一つ一つ、誠実に、真っ直ぐに取り組んでくれていた」
リュシアン殿下との初めての出会いの場や、昼食同席、クッキー作り。色々な場面が、頭に浮かんでは消えていく。
今となっては、懐かしく大切な日々――
「どんな嫌がらせを受けても、自分から誰かに頼ることもなくてな。……歯痒く思ったよ、あの時は本当に」
「あ、あれは、でも――」
「なぜ、君を守れる立場にいるのが俺じゃないのか、とね」
「…………え?」
悔しそうに、少し切なそうに目を細めるイリオス様。
「自分のことはいつも後回しで、人の恋路の応援ばかりして。最後は、自分や領地がどうなるか分からない状況でも、最善を尽くそうと頑張っていた」
「………………」
「気が付いたら――もう、君から目を離せなくなっていた」
「……イリオス、様」
イリオス様の言葉に、胸が激しく鼓動を打つ。
ずっと傍にいてくれた。ずっと、私のことを見守ってくれていた。
あの、断罪劇に向かう場。
彼がいてくれたから、私は殿下の隣に立つことができた。
「――好きだ」
イリオス様が躊躇いがちに、それでも真っ直ぐに私を見つめて言った。
「君が、好きだ」
彼はスッとその場に跪き、私の片手をそっと手に取った。
「ミリアーナ・グリーンウッド男爵令嬢」
緑色の優しい眼差しが、私を見上げる。
「……どうか、俺と結婚してはくれないか?」
「――っ」
息が、詰まった。
つぅと一筋の涙が、私の頬を流れ落ちる。
「……傍にいても、いいの?」
掠れた声で尋ねる。
「……ああ」
「わ、私……お役目終えても。まだ、イリオス様の傍にいて、いいの?」
「もちろん。ずっと、俺の隣にいて、笑っていてほしい」
溢れる涙を止められず、両手で顔を覆う。
「わ、私も……イリオス様が、好き」
「ミリアーナ」
「イリオス様と、ずっと、一緒にいたい」
立ち上がったイリオス様が、私をそっと抱き寄せる。彼の胸に体を預けた私は、そのまま泣き続けた。彼は、私が落ち着くまで、何も言わずに抱きしめてくれた。




