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一話目冒頭の断罪劇からの続きです。
――断罪の場が、終わった。
大広間を静寂が支配していた。誰もが声を発せず、身動きすらせず、ただ息を潜めてこの場の行方を見守っていた。
大勢の注目が、痛いほど私たち三人に刺さる。
だが、私の頭はつい先程まで、イリオス様の「金貨の枚数でも数えていたらいい」という言葉が律儀に再生されていた。
緊張のあまりに意識が飛んだのかもしれないが、それにしても、がめつすぎないか?
一瞬とはいえ、場違いな空想に耽った自分につい口元が引き攣る。今はそんなことを考えている場合ではない。問題は、この後なのだから。
私の前には、オーレリア様と彼女の腰にしがみついているリュシアン殿下がいる。オーレリア様は、慈しむような優しい目で殿下を見つめていた。
「……ぃやだ。グリーンウッドとの結婚は嫌だ。私は、オーレリアがいいんだ」
小声だけど、確かに聞こえてくる、リュシアン殿下の本音。
ようやく、引き出すことができた。
「オーレリアだけがいいんだ。私が愛しているのは、オーレリアなんだ。……私の妻は、君以外考えられない」
「……なぜ。ずっと、黙っていらっしゃったの?」
オーレリア様が、リュシアン殿下の頬にそっと手を添えて尋ねる。涙目の殿下が、オーレリア様を見上げた。
「……すまない、本当にすまなかった。情けない自分が、嫌だった。君に、相応しい男になりたかった。ただ、それだけだったんだ」
「……馬鹿なお方」
ふふっと、オーレリア様が笑う。けれど、その碧眼には今にも零れ落ちそうな涙が浮かんでいた。
「……わたくしが、あなたを嫌いになると思って?」
「……オーレリ、ア?」
「ずっと……今も変わらず。あなたのことをお慕いしておりますわ、リュシアン様――」
そう告げると、オーレリア様は少し屈んでそっと顔を寄せた。そして、涙を零すリュシアン殿下の額へ、優しく口づけを落とした。
すれ違い続けた二人の想いが、ようやく交わった瞬間だった。
「良かった……」
思わず、私の口から声が漏れる。ずっと願っていた二人の姿を見ることができて、私もじんわり涙が浮かんできた。
……けれど。
周りの招待客は、ずっとこの成り行きを見守ったままだった。国王陛下ご夫妻も、一言もお話にならない。
一体この後、お二人はどうするおつもりだろう。オーレリア様のお考えを、リュシアン殿下はご存知ではないはずだ。
ちらっと、壁際にいるイリオス様へと視線を向ける。目が合った。しかし、イリオス様も小さく顔を横に振った。この後の計画については、知らされていないらしい。
緊張で、私の額を一筋の汗が伝った。この後の動き一つで、この舞台が本当の成功となるのか、それとも全てが水泡に帰すのかが決まる。
……オーレリア様、どうなさるおつもりですか――?
固唾を飲んで見守っていると、オーレリア様が高らかに片手を上げた。
「国王陛下ご夫妻、ならびにご来場の皆様! いかがでしたでしょうか!」
――えっ?
私も、リュシアン殿下も。そして、イリオス様も、一瞬目が点になった。
「わたくしたちは、このリュシアン王太子殿下の生誕パーティーを盛り上げるため、一つの計画を立てました!」
えっ、計画? 計画ってなに?
「それは――隣のカルディナ王国で、多くの方々に親しまれている、王族と平民の女性との恋の物語。その劇を基に、このローエングラム王国内では、男爵令嬢との恋物語として再現し、皆様にお楽しみ頂こうというものです!」
なにぃ――――っ!!
え? 一体どういうことっ!?
私もリュシアン殿下も、イリオス様までも愕然としながら、オーレリア様を見つめていた。しかし、オーレリア様は誰もが見惚れるほどの美しい笑みを浮かべるだけだった。
「もちろん、この日のために急ごしらえで用意したものではございません。わたくしたちは、学園へ入学したその時から、この舞台の準備を始めておりました」
その時、「えっ?」というどよめきが、実際に学園でこの三人を見てきた貴族子弟たちから上がった。
「皆様の中には、学園へ通うお子様方から、殿下とグリーンウッド男爵令嬢についての噂を耳にされた方もいらっしゃることでしょう。『親しい関係なのではないか』『王太子殿下が、身分差を越えた恋をなさっているのではないか』と」
その学園に通う我が子から話を聞いていた貴族の親たちは、小さく頷いた。
「しかし……それら全ては、この日のために用意された演出だったのです!」
――その時、誰もが、これまでの出来事を思い返す。
学園で囁かれた噂も、今日この場で繰り広げられた断罪劇も――全てが、この日のための一つの物語だったのだと。
「ですから、この場にいらっしゃる皆様は! 観客であり、大舞台の最後を盛り上げる、演者でもあらせられたのです!!」
オーレリア様が両手を上げてそう宣言されると、大広間全体から、わぁっと盛大な歓声と拍手が沸き起こった。
「…………え?」
私の口から掠れるように出た疑問は、周りの歓声にかき消されて誰にも届かない。
オーレリア様は、今、なんとおっしゃった?
学園内でリュシアン殿下の『恋人役』として過ごしてきた期間が、実は全てこの日のための演出にすぎなかったのだと?
壁際のイリオス様も、信じられないような顔でオーレリア様を見ている。一体、今、何が起きているのか。本来なら当事者であるはずの私たちが、まるで違う世界に取り残されてしまったかのようだった。
その中で。リュシアン殿下だけは、オーレリア様の腰に手を回したままの姿勢で、彼女の顔をずっと見つめ続けていた。
最初は戸惑いの色を見せたその青い目は、だんだんと彼女の意図を汲み取り、今や完全に理解の光を宿していた。
「――皆の者! 驚かせてすまなかった!!」
スッと立ち上がったリュシアン殿下は、オーレリア様の肩を抱きながら、声を張り上げた。
「慣れない演技ゆえ、少し情けない姿を見せてしまうことにはなったが――しかし! 私はこの演劇を通して、一つの素晴らしい結論を得ることができた!」
先程まで涙を流し、オーレリア様に縋っていた少年の姿は、もうそこにはなかった。今や、次代の国王としての気品と威厳が、彼から溢れ出ていた。
「『真実の愛』という言葉がある! なるほど、確かにお互いに燃え上がるような恋の世界は、素晴らしいものがあるだろう。しかし、私は実感したのだ! 長い間、お互いに努力しながら信頼関係を築き、一つ一つ積み上げていくなかで育まれていく愛こそが、『真実の愛』なのだということを!!」
その瞬間、大広間はさらに大きな拍手に包まれた。
リュシアン殿下の言葉を一番近くで聞いていたオーレリア様が、目を見開く。そして、今にも溢れそうになる涙を堪えるように、そっと目を細めながら殿下へ寄り添った。
「…………………」
私は驚きのあまり、一歩後ずさった。
――まさか。
まさか、私たちが入学直後から行ってきた『恋人関係』という演技そのものが、この日のための下準備だったのだと、招待客全員に思わせてしまうとは……
招待客たちの「いやぁ、素晴らしかった」「私も、一人の演者として殿下の道を開けましたぞ」という喜びの声が、どこか遠くに聞こえる。
その中で、リュシアン殿下がゆっくりと片手を上げる。拍手と歓声が少しずつ収まり、また大広間が静まり返った。
「――皆の拍手、感謝する。私もこの劇を無事に終えられて、嬉しく思う。しかしっ! この劇は、私とオーレリアだけの努力で成功できたのではない! 共に汗し涙しながら準備してきた、我が友たちがいるのだ!!」
サッと、リュシアン殿下が片手を向けた先は――
私!?
「ミリアーナ・グリーンウッド男爵令嬢!」
ざわっと観衆の視線が一気に私に集まった!
ひ、ひぇぇっ!?
「彼女は! 王太子である私の『恋人役』という役を見事演じ切った! この役を務めるにあたり、困難なことも数多くあったはずだ! しかし、その全てを乗り越えて、今日のこの時まで共に走り切ってくれた! 彼女の功労を讃え、盛大な拍手を送ってほしい!!」
次の瞬間、わぁぁぁっという歓声と、割れんばかりの拍手が大広間に響き渡った。
待って、やめてっ! 私の情緒が追いつかないっ!!
「そして、さらに!!」
次にリュシアン殿下は、壁際に立つイリオス様へと手を差し向けた。突然の振りに、イリオス様もびくっと肩を揺らす。
巻き添えきた――!!
「彼は、イリオス・ヴァンガード伯爵子息、私の最側近だ。私がこの無謀とも思える計画を思いついたその時から、最後まで共に歩んでくれた。時には私の未熟さを厳しく指摘し、時には迷う私の背中を押してくれた! そして、この舞台を成功へ導くため、誰よりも多くの準備を重ね、支えてくれたのだ!」
熱く語るリュシアン殿下を、イリオス様は黙って見つめている。その口元はわずかに震え、その瞳には隠しきれない感情が滲んでいた。
「彼なくして、この舞台を成功させることはできなかった! 影からずっと我々を支えてきてくれたイリオスにも、どうか盛大な拍手を送ってほしい!!」
再び、大広間を歓声と拍手が埋め尽くす。私はどう反応したらいいか頭がパンクしそうだったが、イリオス様は静かに頭を下げていた。私も慌てて頭をゆっくりと下げた。
リュシアン殿下が、また手を上げた。拍手と歓声は落ち着き、この場にいる全員が、次の殿下の一挙手一投足に注目する。
殿下はオーレリア様の耳元で何かを囁くと、国王陛下ご夫妻に向き直った。そして、一歩前に出ると、並んで深く礼をとった。
その瞬間、私やイリオス様をはじめ、大広間にいた者たちもまた、深く頭を垂れた。
「国王陛下、並びに王妃陛下――」
静かでありながら、朗々と響き渡るリュシアン殿下の声。
「先にお願い申し上げていたこととはいえ、本日はこのような大掛かりな催しをお許し頂き、さらに最後まで温かく見守ってくださいましたこと、心より感謝申し上げます」
殿下とオーレリア様が、深く頭を下げる。
「私は、この劇を通して多くのことを学びました。人との出会いの尊さ。人を信じ、支え、共に努力することの素晴らしさ。そして、一人では何も成し得ないという、自らの無力さを――」
その言葉に、私はサロンでの打ち合わせを思い出した。何度も「オーレリアに告白できない」と頭を抱え、苦しみ続けていたリュシアン殿下の姿を。
「しかし、私は友と出会いました。私の弱さを叱ってくれる者がいました。共に歩んでくれる者がいました。そして、どれほど情けない私であっても、変わらず信じ続けてくれた人がいました」
リュシアン殿下はオーレリア様の手を取った。二人は静かに視線を交わし、柔らかく微笑み合う。
「未熟な私ではございますが、オーレリアと共に、皆様に誇って頂ける王となれるよう、これからも努力を重ねて参ります」
そう告げると、リュシアン殿下は隣にいるオーレリア様と共に、静かに立ち上がった。そして、殿下はゆっくりと胸に手を当てる。
「――これが、十六歳を迎えた私の決意でございます」
言った。リュシアン殿下は、自分の思いを全て言い切った。そう感じた。
再び、静寂が大広間に満ちた。リュシアン殿下の演説に胸を打たれ、静かに目を閉じる者、そっと目頭を押さえる者の姿があった。
国王陛下の口は、まだ固く結ばれたままだった。しかし、隣に座る王妃陛下は、手を取り合う二人のお姿を見つめながら、溢れる涙を隠すように、そっと目尻へ指を添えていた。
私は思わず、ごくりと唾を飲み込む。
やがて、国王陛下は大広間を見渡し、最後にリュシアン殿下へと視線を向けると、ゆっくり口を開かれた。
「……………見事だ」
次の瞬間、この日一番の歓声と拍手が、大広間を包み込んだ。
うちの王太子殿下は恋愛以外は優秀なので、オーレリアの気持ちを確認できたら、一気に覚醒してしまいました。
しかし……最後においしいところを全部持っていくのは、流石にやりすぎだ、リュシアン(笑)




