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「わ、あ…………っ!」
ベッドに乗せた箱の蓋を開けると、そこには今まで見たことないような、美しいドレスが入っていた。
柔らかい光を弾く、淡い金色のシルク生地。胸元から裾にかけて、鮮やかな青い糸で、繊細な蔦模様の刺繍が施されている。その配色に、リュシアン殿下の髪と目の色を思い起こす。青い刺繍の隙間には、深緑色の糸が控えめに縫い込まれていた。
もう一つの箱を開けると、中には同じ淡い金色の生地で仕立てられた華奢な靴が入っていた。つま先には、小さな青と緑のカットガラスが上品に輝いている。
そして。
黒いベルベットの小箱を開けると、そこには優美な銀の台座に嵌め込まれた、エメラルドのネックレスとイヤリングが鎮座していた。
「すごい……これを、私が当日に身に付けるの?」
あまりに高価な品揃えに、私は口元に手を当てて息を飲んだ。
ここは、学生たちの住む寮の一室。入学当初は一番安い相部屋にしていたけれど、リュシアン殿下の『恋人役』をするようになってからは、頂いた日当から少しお金を回して、一人部屋に移っていた。
舞台を数日後に控えた今日、私の部屋に荷物が届いた。綺麗なリボンで結ばれた上品な箱。添えられた手紙の送り主は、イリオス様だった。
「リュシアン殿下が私費で婚約者以外の女性にドレスを贈るには、醜聞につながる恐れがある。そのため、俺の方で君のドレスを用意させてもらった。気に入ってくれると嬉しい」
綺麗な文字で、丁寧に書かれていた。
「ありがたいなぁ……本当に」
手紙に書かれているイリオス様の署名のところを、指でゆっくりなぞる。当日着る服がないことを相談した時、真っ先に動いてくれたのが、イリオス様だったのだ。
ベッドに広げられたドレスや靴、宝石を見ながら思う。学園の入学式からまだ一年にも満たないが、随分と遠くまで来てしまったように感じた。
本来ならば――私は、同じくらいの爵位の貴族令嬢や平民の友達と共に、学園生活を楽しんでいたはずだった。一緒に授業の難しさに悩んで、昼休みは楽しくおしゃべりをして、放課後は町のカフェテラスに行ってお茶でもしていたかもしれない。
平凡な男爵令嬢が、平凡に過ごす学園生活。それが、本来の私が送る生活そのものだったはずだ。
でも――
入学式直後、イリオス様に連れられて、リュシアン殿下と出会った。そして、それからまたすぐに、アンナさんに連れられてオーレリア様と出会った。雲の上の存在だった王族と公爵令嬢に毎日会い、そのうち、同じ爵位だけどオーレリア様の縁戚のナタリーと友達になり、ハーゲン伯爵令嬢に因縁つけられ、シャンドール侯爵令嬢に助けられ……
思い出すだけでも、破茶滅茶なこの期間だった。いつも、自分よりも位の高い人たちを相手にしながら、必死に、がむしゃらになって走ってきた。どれが正解なのかも分からず、失敗も数多くしてきた。
それでも、私が出会ってきた人たちは、私のことを笑いながら受け入れ、支え、助けてきてくれたのだ。
「楽しかった……なぁ……」
小さく呟くと、手に持つ手紙に、ポツポツっと、小さなシミが浮かぶ。
「あ、いけないっ」
慌てて手紙を濡らしてしまった涙を拭き取るが、もう遅かった。目からこぼれ落ちる涙は、後から後から流れ出て、もう止められそうになかった。
数日後の断罪劇。
それが、オーレリア様の計画通りに上手くいくとしたら、きっとそこで本当の意味で、リュシアン殿下とオーレリア様が結ばれる。
その時ようやく、『恋人役』である私は、お役御免となるのだ。そして、きっと私たちは、元の『日常』に戻るのだ。本来、あるべきだった姿へと――
イリオス様の手紙に額を当て、私は溢れる感情のままに、涙を流し続けたのだった。
*****
断罪劇、当日――
「よし、こんなもんかな!」
ナタリーが満足げに頷き、鏡の前に立たされる。
イリオス様からドレスを贈られた翌日、私はナタリーにその報告と相談をした。貧乏男爵令嬢に侍女なんてつかないし、一人でドレスを着たことも髪を綺麗に結い上げたこともなかった。それを伝えると、ナタリーが「じゃあ、私がやってあげるよ!」と二つ返事で快く引き受けてくれたのだ。
鏡に映っていたのは、見慣れた自分とは思えない姿だった。いつもは適当に一つに束ねるだけの髪が、緩やかに巻かれ、後れ毛を残しながら結い上げられている。淡い金色のドレスに、控えめに輝くエメラルドのネックレス。
「……これ、本当に私?」
「当たり前だよ! ミリィはもともと素材もいいんだから、磨けばピッカピカだよ!」
ニコッと笑って、ナタリーが私の肩をポンと叩く。そして、私の全身をくまなく確認した。
「このドレスと宝石、ヴァンガード伯爵令息が用意してくださったんでしょ?」
「そうなの。もう、私には勿体無い品ばかりで、何だか恐縮しちゃうよ。絶対に高いだろうから、汚さないように気をつけて、後で返さないと」
「何言ってるの! そんなの、プレゼントしてくれたに決まってるでしょ!」
私の言葉に、ナタリーは頭を叩く振りをした。綺麗に整えたばかりだから、形を崩したくなかったのだろう。
「全く……鈍いにも程があるよ、ミリィ」
むふふと変な笑い方をするナタリー。なんの話をしているのだろう。不思議そうに見つめると、「ううん、何でもない」と流されてしまった。
「この後は、どういう流れになってるの?」
ナタリーが道具の片付けをしながら質問をする。
「うん。この後は、イリオス様の家の馬車が迎えにきてくれて、それで王城についてからしばらく一緒に行動するの。そして、リュシアン殿下とオーレリア様がファーストダンスを終えて少ししたら、殿下から声がかかることになってる」
「そう――……」
一つ一つ流れを確認するように、指を立てながら思い出す。あと数時間で、いよいよ断罪劇本番だ。落ち着いていたはずの鼓動も、少し早く動き出した。
もし本番途中でお手洗いに行きたくなるといけないから、水分補給もちゃんと調整しないとな。
そんなことを考えていると――
「ミリィ」
真剣な眼差しで、ナタリーが私を呼んだ。
「な、なぁに。ナタリー」
「……お嬢様からの言いつけよ。会場では一緒にいられないけれど、私も行く。そして、いざという時――ミリィを会場から連れ出し、逃がすのは私たちの役目よ」
「ナタリー……」
「だから、安心して。お嬢様は、準備は全て整えたとおっしゃっていた。後は、あなたたちが舞台に上がるだけだよ」
ナタリーがそっと手を繋いでくれる。あの断罪劇決行を決めた日以来、一度も会うことのできなかったオーレリア様。でも、その陰で、どれほど膨大な準備をして整えてくれたのだろうか。
涙が浮かびそうになったが、何度も瞬きをして耐えた。これから、私はリュシアン殿下の『恋人役』として、大舞台に立つのだ。せっかくの化粧を台無しにしてはいけない。
「うん……ナタリーも、本当にありがとう」
「行っておいで、ミリィ。健闘を祈るよ」
ナタリーと私は、結んだ手をお互いにぎゅっと強く握りしめた。




