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「ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー」
ナタリーがカウントしながら、私の手を引く。慣れない足の運びに戸惑いつつ、ナタリーに合わせながら必死で動きについていこうとするが――
「ワン、ツ――あいたっ!」
「わ、わぁっ! ごめん、ナタリー!」
蹲ってつま先を押さえながら悶絶するナタリーに、私は慌てて謝罪した。ナタリーは少し涙目になりながら「だ、大丈夫だよ」と返事をし、再び立ち上がる。
今日はこれで何度目だろうか。自分のあまりの不出来さに、がっくりと項垂れた。その様子を見たナタリーが、くすっと笑って私の肩をポンポンと叩く。
「ほら、ちょっと休憩しよう。あまり根詰めすぎて、変に怪我しても良くないしさ」
「う、うん。確かにそうかも。少し休憩する」
ナタリーに促され、私たちは舞踏室の端にあるベンチに腰をかけた。
あの断罪劇決行を決意した日以来、私たちは生誕パーティーに向けて様々な準備を進めている。断罪劇を表立って話す訳にもいかないので、私たちの間では『舞台』という隠語を作った。学園祭も直前ではあったが、もはやそれどころではなくなったので、私は手伝いも辞退させてもらった。
リュシアン殿下と共に人前へ立つことを考え、今はダンスや淑女としての立ち居振る舞いの練習に励んでいる。王族の、それも王太子の『恋人役』として登場するのだ。下手な姿は見せられまい。
しかし、王城に行くのは十五歳のデビュタント以来。しかも、片田舎の貧乏男爵家の私は、淑女教育も母から学んだし、ダンスの練習よりも厨房での調理、領民たちの畑の収穫、屋敷の掃除、内職の方に時間をかけることが多かった。そのため、学園で学ぶ機会こそあったものの、人様にお見せできるような腕前ではなかったので、ナタリーやシャンドール侯爵令嬢に頭を下げて教えてもらっているのだ。
「さ、貸切の時間ももう少しで終わるから、また続きやろう」
ナタリーが立ち上がって、手を差し伸べてくる。イリオス様が伝手で貸切にしてくれた舞踏室。時間を無駄にはできない。私も立ち上がり、再びダンスの練習を始めたのだった。
リュシアン殿下は生誕パーティーの準備の方が忙しくなり、今はあまり一緒に過ごしていない。でも、たまに会う時は、断罪劇の打ち合わせをしている。オーレリア様に告げる断罪の文言は殿下自ら準備してきた。恋愛小説を読み漁った成果ではあるのだろう。
しかし――
「う――ん……」
先日、その台本を見せてもらったが、その内容に私は首を傾げた。
「リュシアン殿下。ここですが……オーレリア様と婚約破棄というのは分かるのですが、その後、なぜ私と『結婚する』という流れになるのですか?」
婚約者と婚約破棄をした後なら、また別の人と婚約を結び直すのが自然ではないだろうか?
「ここはだな。グリーンウッドと結婚をすると宣言することで、オーレリアに脅しをかけるのだ。『私はこのままだと、オーレリアと婚約破棄だけでなく、グリーンウッドと結婚することになるぞ、いいのか?』とな。私が自分で考えたのだ!」
「……………………………」
リュシアン殿下……そんな回りくどい脅しかけるなら、いっそ「オーレリアと結婚したい」に素直に変換してあげてほしい。
殿下は公務の合間に、この台詞を暗記しながら、発声練習もしているとイリオス様が教えてくれた。今回はギャラリーも大勢だ。ぜひ、大根役者の棒読みからは卒業してほしいものだ。
一方、オーレリア様とは、今はほとんど会えていない。ナタリーの情報では、生誕パーティーの準備で一番忙しくされているのは、オーレリア様とのことだった。招待客への手紙もオーレリア様が書いていたそうで、今、改めて手紙を書き直して各方面に送っているそう。この断罪劇が最悪の展開にならないようにと、きっと根回しをしているのだろう。
「えっと……イリオス様。よろしくお願いします」
今日はイリオス様との練習日だった。忙しいリュシアン殿下の代わりに、ダンスとエスコートの練習をお願いした。ナタリーも男性パートはできるが、やはり身長や体格の差もあるため、実際に男性相手での練習も必要と考えたからだ。
「ああ、今日はよろしく頼む」
イリオス様は少し衣服を整えると、スッと私の目の前に立ち、片手を胸に当てて静かに頭を下げた。
「ミリアーナ嬢。一曲、私にお相手願えますか?」
その言葉に、イリオス様が『舞台』モードに切り替わったのが分かった。先程までの気安さは消え失せ、洗練された紳士として、無駄のない美しいお辞儀。それだけで、まるで本番の夜会にいるかのような、ピンと張り詰めた空気が漂った。
「……ええ、喜んで。イリオス様」
ごくりと息を飲んだ後、私もお腹に力を入れつつ、カーテシーを取って応えた。顔を上げると、イリオス様は柔らかく目を細め、スッと手を差し出してきたので、私も指先をイリオス様の手に重ねる。
ゆっくりと歩きながら、舞踏室の中央に向かう。イリオス様の少し硬い手のひらの感触と温もり。私の指先から、この緊張が伝わってしまわないだろうか。心臓が口から飛び出そうなくらいに、私の胸は激しい鼓動を繰り返していた。
中央に着くと、私たちは互いに向き合った。演奏はない。しかし、舞台本番を思い浮かべながら視線を交わし、もう一度、お互いに深く一礼を取る。
「……では、参りましょう」
「よろしくお願いします……っ!」
イリオス様が私の背中にそっと手を回し、私は彼の肩に手を添える。それだけで、私の心臓が大きく跳ねた。
待って!? 近い、近い近い近い近い近いっっ!!
ずっとナタリーと一緒に練習していたので、この距離感になることは知っていた。しかし、実際に男性を相手にすると――そしてその相手が、イリオス様であると意識した途端、顔がぶわっと熱くなった。きっと耳まで赤くなっているかもしれない。
イリオス様とは、リュシアン殿下の『恋人役』を始めてからずっと一緒にいた。私の手作りクッキーや昼食も食べたことがあるし、階段落ちの時は抱き止められ、お姫様抱っこで医務室に運ばれたこともある。
でも、こうして改めて一緒にダンスをすると、イリオス様の背の高さ、見かけによらずしっかりとした体躯、力強さを感じさせられる。それでいて、私を気遣うような優しさもその手から感じた。
「――――っ!!」
やばい、やばいやばいっ。もう頭がパンクしそうーー
ぎゅむっ
「「……………………」」
二人の視線は。
イリオス様の足を上から踏みつける、私の足に注がれていた。
「――い、いっやぁぁぁぁぁぁぁっ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃっ、イリオス様――――っ!!!」
あまりの恥ずかしさと申し訳なさに、私は頭を抱えてその場で勢いよく蹲った。
そりゃあ、確かに、ナタリーの足はガンガン踏みまくってきたけどさ! イリオス様の足まで踏みつけるなんて、なんて足癖が悪いんだ、私の足は!?
もし本番でリュシアン殿下の足を踏んでしまったらどうしよう!? 今みたいに踏まれた殿下の足に、私や殿下だけでなく、周りの人たちまでも注目したりしたら――
「………ぷっ。く、くく……はははっ」
頭上から聞こえてくる笑い声に、私はその姿勢のまま見上げた。イリオス様がお腹を抱え、口元を手で押さえながら、声をあげて笑っている。年相応に、顔をくしゃくしゃにしながら。
……こんな風に笑うイリオス様、初めて見た。
イリオス様はどうやら笑いが止まらないようで、だんだん体を折り曲げて笑い始めた。私は最初の気恥ずかしさよりも、だんだんと悔しさが滲み出て、つい唇を尖らせてしまう。
「……ちょっと笑いすぎなんじゃないですかね、イリオス様?」
「い、いや……その…くくっ。す、すまないっ、ミリアーナ嬢」
目尻に浮かんだ涙を拭いながら、イリオス様が謝罪する。涙が出るほど面白かったのかな? そう疑問に思うが、イリオス様があまりにも楽しそうだったので、私もフッと頬が緩んだ。
イリオス様が手を差し出してくれたので、私は甘えてその手を掴み、立ち上がった。
「……本当に君は、どんな時も変わらないな。いつも一生懸命で、まっすぐで――」
イリオス様は、自分の手に乗っている私の手を、目を細めながらじっと見つめる。
「……イリオス様?」
「……いや、何でもない」
頭を軽く振った後、イリオス様はいつもの様子に戻った。
「舞台当日は、君がリュシアン殿下とダンスをするとは限らない。会が始まり、国王陛下ご夫妻のお言葉の後に、まずは王族のファーストダンスがある。もしも君が踊ることがあれば、その次になるが――殿下のことだ。たぶん、ランツベルグ公爵令嬢以外の女性と踊ることはしないだろう」
そう言われて、リュシアン殿下のことを思い浮かべる。確かに、「なぜ私が、お前とダンスをせねばならんのだ」としれっと言いそうだ。
「それに。本番は、君のダンスの品評会ではない。だから、多少なりとも踊ることさえできれば、それで構わない。……でも、君のことだ。それでも、もしもの場合を考えて、少しでもダンスを上達するよう練習するんだろうな」
「……そう、ですね」
ナタリーと練習を繰り返してきたお陰で、最初よりもだいぶ形にはなった。でも、目前に迫る大舞台に向けて何もしないというのは、心が落ち着かない。何でもいいから、体を動かしたり何かをしたい心境だった。
「さぁ。もう少し続きをしよう。それと、俺の足を踏むのは特に気にしないでくれ。そこでダンスを止めるのではなく、足を踏んだ後でも続けられる練習をした方がいい」
「はい、分かりました」
私たちはもう一度お互いに一礼をした後、ダンスの練習を再開したのだった。




