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一瞬、オーレリア様が何を言っているか分からなかった。
え? リュシアン殿下が暴走の末に決断した『オーレリア様の断罪劇』に、断罪される予定の本人が、その作戦に乗るだって!?
「ちょっ、ちょちょちょちょっ!? な、何をおっしゃっているんですかっ、オーレリア様!?」
衝撃発言に石化していたイリオス様も、私の叫びにハッと正気を取り戻した。
「そ、そうです! ミリアーナ嬢の言う通りです! どうか、お考えを改めくださいっ!!」
私たちの必死の制止に、オーレリア様はパチンと扇を開き、口元を隠した。
「いいえ。わたくしは、もう決めましたわ。これは決定事項よ」
その言葉には迷いもなく、揺るぎない強い意志を感じる。こうなってしまっては、もはやオーレリア様は意見を変えることはないだろう。
「で、でも――オーレリア様は、私の嫌がらせには何一つ関与されていないじゃないですかっ! それなのに、なぜ――?」
オーレリア様は私に嫌がらせをするどころか、多くの場面で助け、支えてきてくれた。物理的にも、精神的にも。もし、オーレリア様の存在がなければ、私はきっと、リュシアン殿下の『恋人役』を続けるのは厳しかったかもしれない。
それなのに……愛する人に、大勢の前で謂れのない罪を突きつけられるなんて。あまりに辛すぎる内容に心が苦しくなり、目に涙が浮かんできた。
「……ミリアーナ」
悲しみのあまりに涙を流していると、オーレリア様が私の名を呼んだ。
「……オーレリア、様」
その顔には、先程の無表情ではなく、私を労るような優しさが浮かんでいた。
「話を聞いてちょうだい。わたくしはね、よく、王城で王妃様のお茶会に誘われて参加するの。その時に、リュシアン様もご一緒されることがあるのだけれど……リュシアン様は、王妃様の御前でも、わたくしに対しては変わらずに振る舞われるのよ」
オーレリア様が静かに話される。殿下の変わらない振る舞いということは、つまりそれは、王妃様の前であっても、オーレリア様に対して仏頂面でいるということだろう。
母親の前だから余計に恥ずかしさは増すのかもしれないが……リュシアン殿下、それはあまりにも重症すぎませんかね。
「王妃様は、わたくしとリュシアン様との関係を、とても心配していらっしゃるの。婚約を結んでから、もう九年ですものね。だからわたくしは……今の関係に、終止符を打ちたいのよ」
「オーレリア様……」
私の涙は、気がつけばもう止まっていた。
「……ミリアーナ」
私を見つめるオーレリア様の目は、今までの報告会でも何度か見かけた切なさと寂しさが宿っていた。
本当に泣きたいのは、もしかして、オーレリア様の方なのかもしれない。でも、公爵令嬢という立場は、彼女から涙を流すことを奪ってしまった。
「たったひと言……たったひと言だけでいいの。わたくしは、リュシアン様からお気持ちを聞きたい」
沈黙が部屋に満ちる。オーレリア様の思いを、私もイリオス様も、ただ無言で受け止める。
「……だから、ヴァンガード伯爵子息、ミリアーナ」
ゆっくりと目を閉じ、そして再び開かれたオーレリア様の碧い瞳には、断罪劇に乗る話をされた時と同じく、迷いのない強い意志が宿っていた。
オーレリア様は居住まいを直して、改めて私とイリオス様に向き合われる。私とイリオス様も、背を伸ばしてオーレリア様と目を合わせた。
「――わたくしに協力してちょうだい」
「………かしこまりました」
「わ、わかりました……」
イリオス様と私は、静かに頭を下げる。オーレリア様は、開いた扇で顔を隠しながら目を細めて、承諾を受け止めた。
断罪劇は、もはや翻すことのできない計画として確定した。リュシアン殿下の方も、いろいろな準備や計画も立てないといけない。
特に、『恋人』相手に対して、殿下は賛美はもちろん、愛情表現すらぎこちない中で、突然オーレリア様に断罪を突きつけ、その上で私との婚約も宣言しないといけないのだ。殿下の恋愛教材小説であり、もはや私には呪いの本にしか見えない「わたくしの王太子殿下」にも、断罪後の他の令嬢との婚約話についても書かれていたから、きっと殿下はそのまま実行なさるだろう。
そうなると、やはり気掛かりなのは……
「あ、あの……ランツベルグ公爵令嬢」
しばらく黙っていたイリオス様が、オーレリア様に尋ねた。
「断罪劇に乗るのは……結構――ではないですが……了承致しました。しかし、どのようなご計画をお立てになるのでしょうか?」
そうだ、確かにイリオス様のいう通り。ハッとして、私もオーレリア様の顔を見る。
「た、確かに……恋愛小説の断罪劇では、よくあるのは王太子の廃嫡、幽閉、悪ければ鉱山送りや毒杯。断罪される婚約者も、追放されるか、下手をすれば処刑というのもありますしね」
断罪劇の結末を挙げれば挙げるほど、その悲惨さを改めて実感する。そして、それを目の前にいるオーレリア様はもちろん、リュシアン殿下も被るかもしれないというのは、あまりに現実離れしすぎて、まるで想像できなかった。
「そこは……そうね。今はまだ、わたくしに任せて、としか……言えないわね」
折り畳んだ扇を口元に寄せながら、オーレリア様が答える。生誕パーティーは、国王陛下ご夫妻や国内の貴族だけでなく、他国の王侯諸侯が集まるほどの規模で行われる。そのような大舞台での断罪劇を、全てオーレリア様一人に任せてしまってもいいのだろうか。
「それに……ミリアーナ嬢のことは、どうお考えなのでしょうか」
イリオス様がオーレリア様に問いかける。名前を出されて、私はひゅっと息が詰まる気がした。
「彼女はただ――最初から最後まで、本当に巻き込まれただけなのです。ランツベルグ公爵令嬢のご計画がどのようなものかは、私には推し量れませんが、断罪劇の結果次第では、彼女の未来は……」
イリオス様は、その後については言葉を濁した。
そうだ。よくある断罪劇では、王太子の『恋人』にも、それ相応の結末があるのだ。つまり、リュシアンの『恋人役』である私も……
「ミリアーナ」
さぁーっと血の気が引いていく私を、オーレリア様が呼ぶ。
「オーレリア・ランツベルグの名において誓います。あなたと、あなたの領地はーーこのわたくしが、必ず守る」
その目には、先程よりも強い意志の光が現れていた。
「――――ふ、ふぅっ」
体が震える。目から熱いものがぼろぼろと流れてくる。声にならない声が溢れそうで、私は両手で口を押さえた。
オーレリア様が近寄って、私の肩に手を添えてくれる。柔らかく細い彼女の手の温もりに、堪えていた感情が溢れ、私は二人の前で大きく泣き出してしまう。
そんな私の視線の先で、イリオス様は苦しそうに顔を歪めているのが見えた。強く握りすぎたその拳からは、一雫の赤い血が流れて床を濡らしていた。
家のため、領地や領民のために始めた、リュシアン殿下の『恋人役』。ただ得られる報酬だけを目当てに飛びつき、そしてそれがどういう結末を迎えるだなんて、まるで想像もしていなかった。少しでも家族の助けになると思っていたのに、今ではそれが私や領地、領民の生存をかけるほどの事態にまで発展してしまった。
でも――
オーレリア様。
リュシアン殿下。
そして……イリオス様。
ずっと一緒だった。ずっとこの三人と過ごしてきた。リュシアン殿下はオーレリア様に告白こそできなかったものの、大切に思っている姿を見てきた。オーレリア様は、そのリュシアン様とのやりとりの報告をいつも嬉しそうにしながら、時折寂しそうに聞かれる姿を見てきた。そして、その二人の不器用な恋を、イリオス様とずっと側で支え、応援し続けてきた。
だから。
どんな結果になったとしても、この三人で頑張ったなら、きっと何とかなる。不安も恐怖も大きかったけど……私はオーレリア様の手を握り返し、涙を流しながら、そう願わずにはいられなかった。
――こうして、前代未聞の断罪劇へ向けた準備が、静かに始まったのであった。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!
ようやく、断罪劇へ向けた覚悟が固まりました。ここから先、彼らがどんな結末を迎えるのか、ぜひ見守って頂ければと思います。もし物語に心を動かされましたら、評価やブックマークで応援頂きますと励みになります。




