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王太子から恋人役を依頼されましたが、さらに高額報酬で婚約者からも依頼が入りました。儲け話をありがとうございます!  作者: 海月あお


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「……え? …………えぇ?」


あまりの衝撃に、喉の奥から掠れた声が出る。

あれ? 幻聴? 私の幻聴かな? いや、そうであって欲しいけど……


「………………………」


隣で無言になって固まっているイリオス様は、リュシアン殿下を見る目が完全に座っていた。

ああ、夢でも幻聴でもなかった。


「そういう訳だから、さっそく断罪劇に向けて相談を――」


「殿下」


あの例の本を抱えながら、ソファに座ろうとする殿下に、イリオス様が声をかける。地の底から這い出るような低く静かな声に、思わずゾッと身震いしてしまう。


「な、なんだ、イリオス」


「――本気でおっしゃっているのですか?」


「わ、私は本気だ」


リュシアン殿下も、イリオス様のただならぬ雰囲気にびくっと肩を震わせた。それでも頑なな殿下に対し、イリオス様は長く大きな息を吐いた。


「――あなたは、馬鹿なんですか?」


「……なっ、なんだとっ? イリオス!?」


「だってそうでしょう。オーレリア様に対して恋心を抱いているというのに、わざわざ第三者を巻き込んで嫉妬心を煽ろうとしたかと思いきや、まさか全く謂れのない罪を突きつけて断罪までしようとは。ただ一言、あなたの想いを告げれば済む話なのに、なぜこうまで間違った方向に突き進むのですか?」


「そ、そうですよ! 私も『恋人関係』の契約を結んだ当初に言ったじゃないですか! わざと嫉妬させて断罪までするなんて、それではあまりにも、オーレリア様が可哀想すぎますよ!」


イリオス様と私に突きつけられ、リュシアン殿下が怯むように体を後ろに引いた。しかし、目線は手元の小説にまだ向けられている。


「――だ、だが! この小説でも、同じように訳ありな王太子が婚約者を断罪し、処刑した後――」


「はぁ! 処刑ですって!?」


あまりに聞き捨てならない言葉に、私は大声で叫んだ。


「ま、待て! 最後まで話を聞くのだ! そ、そう……処刑された後、またもう一度生まれ直した婚約者は、様々な状況を乗り越えていく中で、改めて王太子の置かれた難しい状況を理解してだな――」


「あなたのは、ただの恋愛拗らせだけでしょう! 空想で作られた物語と一緒にしないでくださいよ!」


まさかあの本の内容が、断罪された後に婚約者と王太子がもう一度くっつく話だったとは! なんて余計な本を読むんだ、このポンコツ王太子は!!


「ミリアーナ嬢の言う通りです、殿下。市井の本など、現実から遠く離れた内容ばかりです。もし実際に王太子が断罪したり、後ろ盾もない下位貴族や平民と婚約を結ぼうとしたら、王太子はよくて廃嫡と幽閉。悪ければ鉱山送り、あるいは毒杯です」


イリオス様は恐ろしいことを話すが、しかしこれが現実だ。


「そ、そうですよ! それに、王太子の恋人関係になる下位貴族や平民は、良くて修道院送りか、悪くて鉱山の男たちに辱めに遭うか毒杯ですよ!! 私、そんな結末嫌ですからね!?」


あ、自分で言いながら、嫌すぎて鳥肌が立ってきた。ぶるっと震えが出て、私は両手で体を抱きしめる。


「ぐ、ぐぬぬぬ」


私とイリオス様の畳み掛けに、殿下は額にびっしょり汗をかき始めた。そうだ、このまま現実に立ち返り、断罪劇案を取り消すのだ。


「だ、だが! 別に私は、オーレリアを処刑にするつもりもないし、毒杯なども、あらかじめ父上たちにも話を通していれば――」


「甘い。考えが甘すぎます、殿下」


ずずいっとイリオス様が前に出る。逃げ場のないリュシアン殿下は、そのままソファの背もたれの後ろにまで身を反らせた。


「殿下の生誕パーティーには、国王陛下ご夫妻だけでなく、国内の貴族たちはもちろん、隣国からも王族や高官が招かれています。その方たちには、どうご説明される予定です?」


「そうですよ、殿下! わざわざ、こんな大掛かりなことなどしなくてもいいんですよ! 一言、オーレリア様に一言でいいから気持ちを伝えに行きましょう? もし自信がないなら、私も一緒についていきますから」


どうか、どうか前言撤回してくれ!

切実な思いで私も訴える。


リュシアン殿下は、とても苦しそうに顔を歪めている。イリオス様と私が突きつける現実の重さと、一言想いを伝えれば済む話とを、天秤にかけているのかもしれない。私からすれば、後者の方が圧倒的に負担も被害も少なく見えるのだけど。


私たちに追い詰められたリュシアン殿下は、呻き声を続けた後、大きく頭を左右に振ると――


「え、えぇい! うるさい、うるさいっ! 私はもう決めたのだ! ひと月半後に行われる生誕パーティーで、私はオーレリアを断罪する!!」


サロンに響き渡るほどの大声で、リュシアン殿下はそう叫んだのだった。





*****





「………………………」


扇で顔を隠しながら、完全に無表情になるオーレリア様を私は今まで見たことがない。


「「………………………」」


その沈黙の重さに、私とイリオス様も思わず言葉を失った。


昨日の階段からの転落、そしてリュシアン殿下のとんでも断罪計画。その報告と相談をするため、今日の放課後にオーレリア様に時間を取ってもらっていた。


最初は、私の元気な姿に安堵されながらも、イリオス様と代わる代わる報告を続けると、オーレリア様はだんだん表情を無くされていった。やはり、意中の相手が自分を断罪しようとしているという話は、あまりにも衝撃が大きかったのだろうか。


「……ふ、ふふ……そう、あの方が……ね」


ぽつり、と静かに呟くオーレリア様。笑っているようで、目は全く笑ってはいなかった。


「あの方は、本当……昔から……全く、お変わりがなく……」


パチンと閉じられる扇。オーレリア様は無表情のまま、目を細められる。手元の扇から、ミシっという音が聞こえたような聞こえないような……


ああ……本気で怒る美人って、背筋が凍るほど恐ろしいっ。私はもはや、泣き出したい気分だった。


「――っ、大変、申し訳ございませんっ!!」


突然、イリオス様が立ち上がったと思ったら、勢いよく上半身を折り曲げて頭を下げた。


「昨日、帰城してから何度も殿下を説得したのですが、お考えを変えられることはありませんでした。これは、側近である私の落ち度です! どうか、どうかお許しをっ!!」


はっ、そうだ! 私もリュシアン殿下を説得できなかったんだ!

慌てて私も立ち上がり、イリオス様と共に頭を下げる。


「私も、本当に申し訳ありません! 半年もリュシアン殿下の傍にいながら説得できず、結局、オーレリア様を大きく傷つけてしまうような方向にいってしまってっ!!」


「……なぜ、あなたたちが謝罪する必要がありますの? これは、リュシアン様ご自身の問題ですわよ」


必死に謝罪をする私たちに対し、オーレリア様の言葉はどこまでも冷え切っていた。

どうしよう。これは。オーレリア様、完全に怒っている。一体これは、どうしたらいいのか。


頭を下げたまま、思考がぐるぐる回りすぎて目眩がしそうになった時、オーレリア様が小さく呟いた。


「……えぇ、構いませんわ。リュシアン様がそのようなお考えを貫かれると言うのなら――」


――あ、これ本気でやばいんじゃ?


「イリオス・ヴァンガード。ミリアーナ」


顔から血の気が引いた時、オーレリア様が私たちの名を呼ぶ。


「――はっ!」


「ひゃ、ひゃいっ!」


未だ謝罪の姿勢のまま、イリオス様と私が返事をした。しまった、あまりの恐怖から裏返った。


「この断罪劇――わたくしたちも乗るわよ」


オーレリア様ははっきりとした口調で、断言した。


「――え?」


顔を上げた私の口から、小さく声がこぼれ落ちる。隣のイリオス様も目を見張りながら顔を上げた。


「「――ええええぇぇぇぇぇぇっ!!?」」



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