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王太子から恋人役を依頼されましたが、さらに高額報酬で婚約者からも依頼が入りました。儲け話をありがとうございます!  作者: 海月あお


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「なにっ、階段から落ちただとっ!?」


いつものサロン。ばさりと本をテーブルに置き、リュシアン殿下が叫んだ。

医務室で医師に診てもらい、「問題なし」の太鼓判を押してもらった後、イリオス様が私をここに連れてきた。なんでも、リュシアン殿下が私に相談したいことがあるとのことだった。


「――は、はい、殿下。イリオス様に助けて頂いたので、怪我もなく無事に済みましたが……」


「私が、殿下に頼まれた本を受け取りに図書室へ向かい、その帰りにたまたまミリアーナ嬢が階段から落ちかける姿を目撃しました。咄嗟に駆け寄り、何とか地面に叩きつけられる前に受け止めることができましたが……」


私の後を追うように、イリオス様が状況をより詳しく説明する。


「そうか。大事にならず済んで良かった。イリオス、よくやったな」


その話を聞いて、リュシアン殿下は小さく息を吐いた。そして、テーブルに置いた本を再び手に取って続きを読み始める。

もはや、サロンでの殿下の読書姿はほぼ日常と化してしまった。それにしても、シャンドール侯爵令嬢に勧められたとはいえ、殿下は一体、今までに何冊読破されたのだろう?


王城にいる時は流石に読めないらしく、「学友との交友を深める」と称して、こうして執務をサボりつつサロンで読んでいるという話を、以前イリオス様から聞いたことがある。その間、執務室に書類がどんどん溜まっていくそうだが、帰城すると文官たちが驚くほどの速さで、その書類を捌いていくらしい。何だか、無駄なところで無駄に才能を発揮しているのも、ある意味リュシアン殿下らしさではあるのかもしれない。


今読んでいる本のタイトルは「わたくしの王太子殿下」と書かれている。いかにも恋愛小説らしいタイトルを、当の王太子本人が真剣な顔で読んでいるというのは、なかなかにシュールな光景だった。


「ただ……先程、ミリアーナ嬢が落ちた階段の途中に、ランツベルグ公爵令嬢と、シャンドール侯爵令嬢がおられました。その場にいた他の生徒の中には、ランツベルグ公爵令嬢がミリアーナ嬢を階段から突き落としたのではないか、と勘ぐる者もいるようです」


「何だと? 馬鹿な奴だ。オーレリアがそんなことをするはずがないだろうに」


リュシアン殿下の否定は即答だ。オーレリア様に関してのみ、殿下は本当に反応が早い。


「むしろ、オーレリア様は落ちそうな私を助けようとしてくれましたよ。シャンドール侯爵令嬢が支えてなかったら、私と一緒に落ちていたかもしれませんし」


私も加勢する。私が落ちたのは、紙くずを踏んだのが原因だ。犯人を問うというなら、紙屑を捨てた人間を探すべき。オーレリア様への不名誉な噂はやめてほしい。


「オーレリアはそんな稚拙な真似はしない。やるなら証拠など決して残さぬだろう。くだらん噂話を流されても堪らん。イリオス、お前が対応しておけ」


「かしこまりました」


イリオス様が静かに一礼した。

リュシアン殿下のオーレリア様への信頼が厚すぎる。なぜそれほどまで、オーレリア様という方を理解しているのに、恋愛に関してはとことん鈍いのか。全く不思議でならない。


「――っと。ところで、殿下。私に相談したいこととは……?」


ついつい忘れるところだった。イリオス様が入れてくれた紅茶を一口飲んだ後、殿下に質問する。


「おおっ、そうだった」


リュシアン殿下は組んでいた足を直し、本を置いてから二回ほど咳払いをした。


「実はな、グリーンウッド。お前と『恋人関係』のふりをして、そろそろ半年になるだろう?」


「はい、そうですね?」


手を組んで急にソワソワし始める殿下。視線も居心地悪そうに彷徨っている。


「だから――その。お、オーレリアは、私とお前の姿を見て……さ、寂しそうとか、辛そうな顔はしているか、と確認したくてな」


「寂しそうとか、辛そう……」


「そ、そうだ。お前も、私と一緒にいる時に、オーレリアが通り過ぎる姿を見ているだろう。彼女はお前に、ちゃんと嫉妬しているだろうか?」


そう尋ねてくる殿下は、ほんのり頬を染めていた。

私は、殿下と行動している時に見かけるオーレリア様の様子を思い出す。


オーレリア様は、最初こそは私たちの『恋人関係』のぎこちなさに対し、失笑に耐えるような素振りを見せていた。しかし、少しずつ表情が無くなり、今はどんなに仲の良さを見せつけるようにしても、すぐに視線を逸らして私たちの前から立ち去るようになった。傍から見れば、まさに浮気をする婚約者に愛想尽かした姿そのものだ。


しかし――私は、知っている。


今でこそ毎日ではなくなったものの、オーレリア様との報告会の時。リュシアン殿下とどのように過ごしているか、そしてその背後で、殿下がどうオーレリア様との関係を深めたいとヤキモキしながら努力されているか。それらを話す時、オーレリア様は僅かに目を細められる。その眼差しは優しさと愛おしさに満ち――そしてその奥に、僅かな切なさが宿っていた。


「そう、ですね……」


正直に言えば、本当のことを伝えたい。オーレリア様は寂しく思っていらっしゃることを。でも、それを伝えたところで、リュシアン殿下は素直に気持ちを伝えるようになれるのか。


だから……リュシアン殿下、ごめんなさい。


「恋人役を始めた当初と、あまりお変わりないように感じます」


私は偽りの報告をすることにした。殿下はあからさまに、がっくりと肩を落とす。

イリオス様が私を見つめてくるが、無視することにした。


「そ、そうか……オーレリアは、お前に嫉妬心は見せていなかったか……」


「はい……ですから、殿下。そろそろ、本当のお気持ちをオーレリア様にお伝えになりませんか?」


殿下からオーレリア様に、たった一言でも伝えられたら、全てが解決するのだ。私も切実な思いで訴えてみるが、リュシアン殿下はまだ覚悟が決まらないのか、顔を横に背けていた。


「……いや、待てよ?」


ふと、何かを思い出すかのように呟く殿下。その視線は、先ほどまで読んでいた本に向けられていた。


「グリーンウッド。お前は確か、階段から落ちたと言っていたな?」


「…………はい」


何だろう。嫌な予感から、汗が一筋垂れてくる。


「今まで受けてきた被害は、どういうものがあるのか?」


「えーっと……転倒、教科書やノートの破損、机の落書きと花瓶置き、悪口、無視、クッキー踏み潰し、そしてバケツでの水濡れ、です」


受けてきた嫌がらせを思い出せるだけ列挙する。我ながら、なかなかたくさんの嫌がらせを受けてきたものだな、と改めて実感する。


「ふむ。なかなかの被害だな、グリーンウッド」


「……殿下。そこは、ミリアーナ嬢の苦労の方を労るべきではないでしょうか」


イリオス様、ナイスアシストである。しかし、悲しいかな。リュシアン殿下は考え事をしていて、耳に入っていないらしい。


「そして、階段落――か」


「いや、階段は別に嫌がらせではなく、ただの偶発的な出来事ではありますが――」


「まるで、この本に書かれている内容と同じではないか!」


どーん、とテーブルの本を指す。そう、先程の「わたくしの王太子殿下」である。マジか……


「やはり……これだ。オーレリアの気持ちを引き出すには、もはやこれしかない!」


リュシアン殿下は本を勢いよく手に取ると、パラパラとページを捲り出す。私とイリオス様は顔を見合わせた後、中腰になって体を震わせながら本を凝視する殿下を見た。


「イリオス、グリーンウッド……」


「は、はいっ!」


「何でしょうか、殿下…」


「私は、この冬にある私の十六歳の生誕パーティーで、オーレリアに対し、断罪劇を決行するぞ!!」


ガバッと上半身を起こすと、リュシアン殿下は高らかに腕を掲げて宣言した!!


「「ええええぇぇぇぇぇぇっ!!?」」



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