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「え? 情報の提示……ですか?」
リュシアン王太子殿下との交渉を終えた後、寮への道を歩いていた時のこと。突如として現れた女子生徒に豪華な馬車に乗せられた私は、思わずそう聞き返した。
「ええ、そうですわ」
クッションの効いた向かいの座席に座るのは、リュシアン殿下の婚約者である、オーレリア・ランツベルグ公爵令嬢だ。きつく巻いた長い金髪に宝石のような碧眼の瞳。
同じ制服を着ていてもこんなにも気品が違うとは、さすがは高位貴族である。
「先程、リュシアン殿下の側近に連れられて、サロンに入っていかれたでしょう? その間、どんな話をしたのかをわたくしに教えて欲しいのだけれど」
「あの……公爵令嬢に申し上げるのは大変心苦しいのですが――」
貴方の嫉妬心を煽るための恋人役を交渉されていましたなんて、さすがに言えるわけもなく。私は冷や汗を垂らしながら、恐る恐る口を開く。
「王太子殿下から口外するなと言われた内容ですので……」
「ふふふ、これならどうかしら」
オーレリア様は組んでいる腕を解くと、おもむろに私に手を差し出した。指に挟まれているのは1枚の金貨。
「殿下に内緒にして頂けるのでしたら、全てをお話しします!!」
私は速攻で前言撤回した。
「まぁ、面白い方ね。嫌いじゃないわ」
かくかくしかじか。かくかくしかじか。
「………………………」
全ての説明を終えると、オーレリア様は扇で顔を隠した。やはり、私のような芋娘が恋人役を務めることを、不快に思ったのだろう。
いや――でも待てよ。肩が僅かに震えている?
「く……ふ、ふふ。ふふふふふ」
何だか怪しい状況になってきた。つい、私の隣に座る女子生徒の顔を覗き込むが、彼女は窓の外を見ている。カーテンで仕切られて何も見えないはずなのに。
「あの……だ、大丈夫でしょうか?」
不敬かと思いつつ、下から覗き込むように顔色を窺おうとすると――
「何っっっっとまぁ、可愛らしいお方なのかしら!」
バタンッと折り畳まれた扇の音に、私の方がびくっと震えた。
「最近しかめっつらばかり浮かべていらっしゃったから、一体何を悩んでおられるのかと思いましたら! まさか――まさかそんな、こんな芋娘に恋人役まで依頼して、嫉妬するわたくしの姿を見たいだなんて!」
あ、やっぱり芋娘扱いだった。
「ああ、本当に、あの方は――幼少の頃から全くお変わりない。実力はあるのに、情けなくて、弱虫で、そしてそれなのに負けず嫌いで」
扇をぎゅっと強く握りしめながら、オーレリア様が熱く語り続ける。隣の女子生徒に助けを求めたいのに、窓のカーテンに顔を向けたままピクリとも動かなかった。
「いつもわたくしと張り合おうとするけれど、そのたびに負けては悔し涙を浮かべてらっしゃって。そして、誰にも見られない場所に行って密かに訓練なさるんですもの。ふふふ、でもわたくしは全部知っていますのにね」
頬を染め、どこか遠くを見るように目を細めるオーレリア様。これは語りが終わらないクチとみた。心を無に、私も石のように黙ってオーレリア様が満足するのを待つことにした。
かくかくしかじか。かくかくしかじか。
延々と続くかと思われた惚気話――いや、オーレリア様の語りは、私たち二人がそろそろ真っ白になりかけた頃にようやく終わった。
「ふふふ。ごめんなさいね。殿下のことになると、ついわたくしも、興奮してしまって」
オーレリア様は「恥ずかしい限りですわ」と扇を開くと、先程の奇行……ではなく、完璧な令嬢の微笑みを湛えていた。
「いえ……あの、まぁ――はい。私は大丈夫です」
途中からは何も見ていないし、聞いてもいません。私も貴族の端くれなので、心の中でそう呟いた。
「それで……一応確認させて頂きたいのですが」
「ええ、何かしら?」
「リュシアン殿下はランツベルグ公爵令嬢に塩対応されているとおっしゃっていましたが、実は公爵令嬢としてはそんなことはなく……で宜しいでしょうか?」
何となく明言を避けてしまった。オーレリア様は気にせず、にこりと微笑みを返してくる。
「ふふ、グリーンウッド男爵令嬢」
「はい、何でしょうか」
「わたくしね。ひんひん泣くポチが好きなのよ。分かるかしら?」
にこりと私も微笑みを返す。分かりませんと、声を大にして言いたい衝動を抑えた。
「わたくしには、何と申し上げたら良いのか……」
「ふふふ、構わなくてよ。アンナ」
「はい」
隣に座る女子生徒がようやく反応してオーレリア様に向き直った。
「あれを」
「はい」
さっと背後から、そんな質量がどこに隠れていたのかというほどに膨れた白い袋が現れた。
「ミリアーナ・グリーンウッド男爵令嬢」
「は、はい!」
重たそうな白い袋に目を奪われていた矢先の声掛けに、思わず力一杯返事をしてしまう。
「殿下の『恋人役』、どうぞお引き受けなさって?」
「はい………はい?」
え? 今この人なんつった?
「え? こ、『恋人役』を引き受けてよろしいのですか?」
「ええ、もちろんよ。ご実家の方が困窮していらっしゃるのでしょう? 昨年起きた暴風雨と土砂崩れに、領地の方が大変困難な状況に置かれているという話は知っていてよ」
さすがは公爵令嬢。片田舎の貧乏貴族の情報までバッチリである。
「ですから、殿下の依頼を受けて、その報酬でご実家を援助なさったらいいわ。その上で――」
「……ええ。交渉の時間ですね」
「ふふ、そうよ。貴方、分かっているわね」
ニヤリと目を細めるオーレリア様に、私も微笑む。
「これは前金よ。殿下の『恋人役』を務めながら、あちらの情報を全てわたくしに流しなさい。状況によっては、成功報酬はこの金額にさらに上乗せするわ」
アンナさんから白い袋を受け取ると、オーレリア様は私の膝に乗せた。その重み、音、そして中から見える輝きの強さに、思わず息を飲み込んだ。
「ははー!! 全て包み隠さずお伝え致します!」
「ふふふ、本当に面白いわね、貴方。気に入ったわ」
こうして私の学園生活は、王太子殿下の『恋人役』とその婚約者への情報提供という、予想もしなかった二重契約と共に始まったのであった。




