第3話「令嬢、畑に立つ」
私の「農業革命」は、まず村人たちの説得から始めなければならなかった。
しかし、それは想像以上に困難な道のりだった。
「はぁ? お嬢様が、俺たちに農業を教えるだぁ?」
村の集会所に集まってもらった十数人の村人たちを前に、私は立て直しの計画を説明した。
しかし、返ってきたのは、村長らしき初老の男の、あからさまに馬鹿にしたような声だった。
他の村人たちも、訝しげな顔で私を見ている。
「土も触ったことのねぇお貴族様が、何言ってんだか」
「どうせ、新しい税金でも搾り取るための口実だろ」
非難と嘲笑が、四方八方から飛んでくる。
無理もない。
今まで領民を顧みなかった領主の娘が、突然「一緒に農業をしよう」などと言い出したのだ。
信じろと言う方が無理な話だろう。
「気持ちは分かります。ですが、このままでは皆、飢え死にするだけです。私に、一度だけチャンスをいただけませんか」
私は頭を下げた。
プライドなど、とうの昔に捨てている。
「もし、私の言う通りにやっても成果が出なければ、その時は何を言われても構いません。ですが、もし成功すれば、皆さんの暮らしは今よりずっと良くなるはずです!」
私の必死の訴えに、村人たちは顔を見合わせる。
沈黙が場を支配する中、一人の若い男がおずおずと手を挙げた。
「……具体的に、どうするんだ?」
その一言を待っていた。
私は持参した紙を広げ、前世の知識を元に描いた計画図を示した。
「まず、土作りから始めます。この辺りの雑草や家畜の糞を集めて、堆肥を作るんです。それを畑にすき込むことで、土を肥沃にします」
「堆肥なんざ、昔からやってる」
「やり方が違います。ただ積んでおくだけではダメなんです。米ぬかや油かす、そして少しの魔力を込めた水を混ぜて、適切な温度管理をしながら発酵させる。そうすることで、作物の栄養になる最高の肥料が作れます」
私の説明に、村人たちは半信半疑ながらも、少しずつ耳を傾け始めた。
次に、私は「輪作」の概念を説明した。
「同じ土地で同じ作物を毎年作り続けると、土地の栄養が偏り、特定の病気が流行りやすくなります。ですが、マメ科の植物のように、土地を豊かにする作物を間に挟むことで、土地を休ませながら収穫を続けられるのです」
それは、彼らが聞いたこともない理論だった。
それでも、長年の経験から連作の弊害を肌で感じていた者もいたのだろう。
何人かが「なるほど」と呟くのが聞こえた。
結局、「どうせこれ以上悪くなりようがない」という諦めにも似た空気の中、村の片隅にある最も荒れた畑を一つ、私に貸してくれることになった。
◆ ◆ ◆
翌日から、私の挑戦が始まった。
まず、村の子どもたちに協力を頼み、雑草や落ち葉を集めてもらった。
お礼に、母がけなげに焼いたクッキーを渡すと、彼らは大喜びで手伝ってくれた。
大人たちは遠巻きに見ているだけだったが、それでいい。
まずは結果で示すしかない。
集めた有機物に、家畜小屋から分けてもらった糞尿、市場の隅で手に入れた米ぬかなどを混ぜ合わせ、大きな山を作る。
そこに、私は掌からごく微量の魔力を込めた水を振りかけた。
私の魔力は微々たるものだが、微生物の活動を活性化させるくらいの効果は期待できるはずだ。
「令嬢がウンコ混ぜてるぞ……」
そんな陰口も聞こえてきたが、気にしない。
むしろ、最高の堆肥を作るための神聖な作業だ。
泥と汗にまみれ、髪を振り乱しながら堆肥の山を切り返す私の姿は、もはや令嬢のそれではなかった。
数週間後、堆肥はいい感じに発酵し、芳しい土の香りを放つようになった。
それを実験用の畑にたっぷりとすき込む。
カチカチだった土は、ふかふかの黒い土へと生まれ変わった。
「すげぇ……土が、生き返ったみてぇだ……」
遠巻きに見ていた村人の一人が、黒く湿った土から立ち上る芳醇な香りに目を丸くしてつぶやいた。
次なる課題は、水だ。
この土地は川から遠く、水不足が常態化している。
そこで、私は新たな魔法の活用法を考案した。
私は村に残っていた数少ない若者たちに指示し、畑に細い溝を幾重にも掘ってもらった。
そして、一番高い位置にある貯水槽に、有りっ丈の魔力を注ぎ込む。
「『小さき水の流れよ、我が道筋を辿れ』!」
私の詠唱に呼応し、貯水槽の水が意思を持ったかのように、ゆっくりと溝を流れ始めた。
私が描いた設計図通りに、水は畑全体に満遍なく行き渡っていく。
魔法による毛細管現象の応用だ。
これなら、最小限の水と魔力で、広範囲を効率的に潤すことができる。
「水が……畑の隅々まで……!」
「こんなやり方、見たことねえぞ!」
目の前で起きた奇跡のような光景に、村人たちの間にどよめきが広がった。
嘲笑は、いつしか驚嘆へと変わっていた。
最初に私を馬鹿にした村長が、呆然とした顔で私の前に進み出て、深く頭を下げた。
「お嬢様……いや、リリアナ様。俺たちは、間違っておりやした。どうか、俺たちにも、その知恵をお貸しくだせぇ!」
その言葉を皮切りに、他の村人たちも次々と頭を下げた。
口々に「お願いします」「俺たちも手伝います」と声を上げてくれる。
その光景に、私は思わず目頭が熱くなるのを感じた。
令嬢が農業なんて、と馬鹿にされた。
それでも、信じて進んできてよかった。
「顔を上げてください。これは、私一人でできることではありません。皆さんの力が必要なんです。一緒に、この土地を蘇らせましょう!」
私の言葉に、村人たちの顔に、長い間失われていた希望の光が灯った。
それは、ヴェルモント領の農業革命が、本当の意味で始まった瞬間だった。




