第4話「風来坊の商人と運命の契約」
土壌改良と魔法の灌漑システムによって、私たちの畑は劇的な変化を遂げた。
ふかふかの黒土に植えられたカブやニンジンの種は、驚くべき速さで芽吹き、太陽の光を浴びてぐんぐん育っていく。
葉は青々と茂り、その勢いはベテランの農夫たちですら舌を巻くほどだった。
そして収穫の時期。
土から引き抜かれたカブは、赤ん坊の頭ほどもあろうかという大きさで、肌はつややかに輝いていた。
ニンジンは、まるで宝石のように鮮やかなオレンジ色をしている。
何より、その味が格別だった。
「うめぇ! こんなに甘くて瑞々しいカブ、食ったことねえ!」
「このニンジン、そのままで果物みてえだ!」
村人たちの歓声が、畑に響き渡る。
私も一つ、採れたてのニンジンをかじってみた。
口の中に広がる、濃厚な甘みと爽やかな香り。
土の力、太陽の力、そしてみんなの努力が、この一本に詰まっている。
「やった……やったわ……!」
思わず涙がこぼれた。
この成功は、ヴェルモント領の未来を照らす、大きな大きな一歩だ。
私たちは収穫した野菜を村の市場で売り始めた。
その規格外の大きさと美味しさは瞬く間に噂となり、近隣の村からも人々が買い求めに来るようになった。
ヴェルモント家に、わずかながらも現金収入が入り始めたのだ。
◆ ◆ ◆
そんなある日の午後、私たちのささやかな市場に、場違いなほど身なりの良い男が現れた。
上質な旅装に身を包み、腰には立派な剣を差している。
鋭い眼光は、品定めをするように野菜に向けられていた。
『なんだか、面倒そうな人が来たわね……』
警戒しながらも、私は店番として声をかける。
「いらっしゃいませ。うちの野菜は美味しいですよ」
男は私を一瞥すると、ふ、と面白そうに口の端を上げた。
「ほう。見事なカブだな。これほど艶と張りのある野菜は王都でもお目にかかれん。嬢ちゃん、あんたが作ったのか?」
「ええ、まあ……村の皆さんと一緒に」
「謙遜するな。この野菜からは、作り手の並々ならぬ情熱と知識が感じられる」
男はそう言うとカブを一つ手に取り、懐から取り出したナイフで手慣れたように一切れ切り取ると、口に放り込んだ。
「……っ! これは……!」
男の目が驚きに見開かれる。
「美味い! なんだこの凝縮された甘みと旨味は! ただ大きいだけじゃない、野菜本来の力が最大限に引き出されている……!」
身を乗り出し、目を輝かせながらまくし立てる男の気迫に、私は思わず一歩後ずさった。
この人、ただ者じゃない。
「お気に召したようで何よりです」
「気に入った。大いに気に入った! 俺はカイル・マーチャント。見ての通り、しがない旅の商人だ。この野菜、俺に独占販売させてはくれないか?」
カイルと名乗る男は、ニヤリと笑って言った。
その笑みには、人の心を掴むような不思議な魅力があった。
「独占販売、ですか?」
「ああ。俺の持つ販路を使えば、こんな辺境の村で売るより、遥かに高く、そして大量に捌くことができる。あんたたちにとっても、悪い話じゃないはずだ」
彼の提案は魅力的だった。
しかし、見ず知らずの男に全てを任せるのは危険すぎる。
私がためらっていると、カイルは私の心を見透かしたように言った。
「信用できない、か。それもそうだな。では、こうしよう。まずは試供品として、この市場にある野菜を全て俺が買い取ろう。代金は、王都での相場の2倍払う。その金で、さらに畑を広げ、生産量を増やすんだ。次の収穫からは、正式なビジネスパートナーとして契約を結ぶ。どうだ?」
破格の提案だった。
王都の相場の2倍。
それだけの金があれば、新しい農具を買い、より多くの畑を改良できる。
何より、彼の自信に満ちた瞳には、嘘の色が見えなかった。
「……分かりました。その話、お受けします」
私は覚悟を決めた。
このチャンスを逃す手はない。
「ただし、条件があります。ただ高く売るだけではなく、ヴェルモント領の農産物というブランドを確立させること。そして、不当に安く買い叩いたり、領民を欺くような真似は絶対にしないこと。約束できますか?」
私の真剣な眼差しを、カイルはまっすぐに受け止めた。
「ああ、約束しよう。商人カイル・マーチャントの名にかけて。いや……俺個人の名誉にかけて」
彼はそう言うと、私の手をとり、その甲に恭しく口づけをした。
まるでおとぎ話の王子様のような仕草に、思わず顔が熱くなる。
「これからよろしく頼むぜ、未来の大農場主殿」
悪戯っぽく笑うカイル。
胡散臭くて、強引で、でもどこか憎めない。
この男との出会いが、私の、そしてヴェルモント領の運命を、再び大きく動かすことになる。
この時の私はまだ知らなかった。
彼がただの商人ではなく、隣国フォレスティアの王子だということも。
そして、この契約が、やがて国境を越えた壮大な農業革命へと繋がっていくということも。
ただ、胸騒ぎにも似た不思議な高揚感が、私の心を支配していた。
新たな風が、この荒れた土地に吹き始めたことを、確かに感じていた。




