番外編2「元王子エドワードの後悔」
◇エドワード・フォン・アルセリア視点
アルセリア王国の第一王子、エドワード・フォン・アルセリアは、執務室の窓から、活気に満ちた王都の様子をぼんやりと眺めていた。
市場は「南部組合」から届く新鮮な野菜で溢れ、人々の顔色も以前よりずっと良い。
国の食糧事情が安定し、国全体が豊かになっている証拠だ。
そして、その立役者が、かつて自分が何の躊躇もなく切り捨てた元婚約者、リリアナ・ヴェルモント――今や隣国フォレスティアの王妃であるリリアナ・フォレスティアであるという事実が、重くエドワードの胸にのしかかっていた。
『私が、彼女の価値を見抜けなかった……』
何度、そう後悔したか分からない。
婚約していた頃のリリアナは、ただプライドが高く、自分に執着するだけの、つまらない女だと思っていた。
可憐で健気なエリーに心を奪われ、リリアナの存在を疎ましくさえ感じていた。
だから、彼女から婚約破棄を申し出られた時、心底ほっとしたのだ。
厄介払いができた、と。
しかし、その後の彼女の変貌ぶりは、エドワードの想像を遥かに超えていた。
没落寸前のヴェルモント領を、前代未聞の農業改革で立て直した。
その手腕は、並みの領主など足元にも及ばない。
彼女が見せる指導者としての顔、困難に立ち向かう強い意志、そして領民たちから慕われる慈愛に満ちた姿。
そのどれもが、エドワードの知るリリアナとはかけ離れていた。
いや、あるいは、あれこそが彼女の本当の姿だったのかもしれない。
自分は、彼女の表面しか見ていなかった。
彼女の内に秘められた輝きに、気づこうともしなかったのだ。
コンコン、と扉がノックされる。
「殿下、エリー様がお見えです」
侍従の言葉に、エドワードは顔をしかめた。
エリー。
かつては彼女こそが自分の運命の相手だと信じていた。
しかし、リリアナへの嫉妬から罪を犯し、修道院へと送られた彼女の名を聞くのは、今となっては苦痛でしかなかった。
今回の騒動で、エドワードの王太子としての立場も大きく揺らいでいる。
全ては、エリーの浅はかな行動と、それを見抜けなかった自分の愚かさが招いたことだ。
「……今は会えないと伝えてくれ」
エドワードは、冷たくそう言い放った。
かつての愛情は、今はもう失望と苛立ちに変わってしまっている。
彼は、机の上に置かれたフォレスティア王国から届いた公式書簡に目を落とす。
そこには、リリアナ王妃とカイル王子の連名で、両国のさらなる農業技術協力に関する提案が記されていた。
その流麗な文字を見るだけで、彼女の聡明さが伝わってくるようだった。
彼女の隣には今、カイル王子がいる。
彼は、リリアナの価値を最初に見抜き、彼女を支え、共に夢を追いかけ、そして彼女の心を射止めた。
商人として身分を隠していた時でさえ、その瞳には自信と知性が溢れていた。
それに比べて、自分は……。
エドワードは、自嘲の笑みを浮かべた。
リリアナを失っただけでなく、彼女という稀代の才能を隣国に明け渡してしまった。
国益という観点から見ても、これ以上の失策はない。
もし、あの時、自分が彼女の言葉にもう少し耳を傾けていたら。
もし、彼女の内に秘めた情熱に気づいていたら。
もし、自分が彼女を正しく導き、支えることができたなら。
そんな「もしも」が、彼の頭の中をぐるぐると駆け巡る。
しかし、どれだけ後悔しても、時間は戻らない。
選択は、もう終わってしまったのだ。
エドワードは、そっと窓を閉めた。
自分が手放したものが、どれほど大きく、そして輝かしいものだったのかを噛み締めながら。
彼の後悔は、これから先もずっと、消えることなく胸に燻り続けるのだろう。
それが、運命の分岐点で、正しい選択のできなかった自分に与えられた、当然の罰なのかもしれない。




