第11話「豊穣の女神が拓く未来」
私とカイル王子との婚約は、アルセリア王国とフォレスティア王国、両国を揺るがす大きなニュースとなった。
最初は、「婚約破棄された公爵令嬢が、隣国の王子をたぶらかした」などという心ない噂も流れた。
しかし、私がヴェルモント領で成し遂げた農業革命の実績と、カイルが語る「両国の農業発展という未来のビジョン」が伝わるにつれ、世論は次第に祝福ムードへと変わっていった。
特に、アルセリアの王家は、この婚約を大歓迎した。
落ち目のヒロインにうつつを抜かし、リリアナという金の卵を逃したエドワード王子との差は歴然。
国王は、カイルとの連携を強化することで、南部の農業改革を国全体の政策として推し進めることを決定した。
私の設立した農業組合と農業技術学校は、王家の全面的なバックアップを受けることになったのだ。
ヴェルモント家は、完全に復活を遂げた。
いや、以前よりも遥かに大きな存在となった。
父は長年の心労から解放されてすっかり元気になり、今は組合の名誉顧問として、穏やかながらも的確な助言をくれる。
母は、隣国の王妃となる娘のために、嬉しそうに準備に奔走している。
セバスも、涙ながらに私の幸せを喜んでくれた。
私の農業技術は、カイルの手によってフォレスティア王国にも導入され始めた。
私が書き記した教本は彼の国の言葉に翻訳され、多くの技術者がアルセリアの農業学校に留学に来るようになった。
二つの国が、農業という共通の目的で手を取り合う。
それは、かつて誰も想像しなかった、新しい形の国際協力だった。
食料の安定供給は国を富ませ、民の心を安定させる。
やがて両国の間では争いごとも減り、確かな友好関係が築かれていった。
人々は、いつしか私のことをこう呼ぶようになった。
「豊穣の女神」と。
悪役令嬢と呼ばれた私が、女神と呼ばれるなんて、なんだかおかしな気分だった。
でも、私が育てた作物で人々が笑顔になり、私の知識で大地が豊かになるのなら、その呼び名も悪くないと思えた。
私は、ただ前世の知識を使い、目の前の問題に必死に取り組んできただけだ。
でも、その一つ一つの積み重ねが、いつの間にか国を動かし、歴史を変えるほどの大きな力になっていた。
◆ ◆ ◆
婚約から一年後、全ての準備が整い、私たちは結婚式を挙げることになった。
式は、私の故郷であるヴェルモント領で執り行われることになった。
王宮の壮麗な教会ではなく、私たちが共に汗を流した、あの丘の上で。
その日、丘は領民たちが育てた色とりどりの花で埋め尽くされていた。
アルセリアとフォレスティア、両国の王族や貴族たちが、信じられないといった顔で、畑の真ん中に設けられた質素ながらも美しい式場を見つめている。
私は、母と村の女性たちが縫ってくれた、シルクと木綿を編み込んだシンプルな白いドレスに身を包んだ。
頭には、ティアラの代わりに麦の穂で編んだ冠を飾っている。
父に手を引かれ、豪奢な絨毯の代わりに花びらが敷き詰められた土の道を歩む。
その先には、フォレスティアの正装に身をまとった、私の愛する人が待っていた。
「リリアナ、綺麗だ」
カイルは、感嘆のため息と共にそう言ってくれた。
「あなたこそ、素敵よ、カイル」
私たちは、両国の王と、そして何より、私たちを支えてくれた組合の仲間たちに見守られながら、永遠の愛を誓った。
誓いのキスを交わした瞬間、どこからともなく、無数の光の蝶が舞い上がった。
それは、この土地の精霊たちが、私たちの結婚を祝福してくれているようだった。
農業革命は、今や完成の域に達し、両国に豊かな実りをもたらしている。
でも、私たちの挑戦はまだ終わらない。
世界には、まだ飢えに苦しむ人々がたくさんいる。
私たちの知識と技術が、もっと多くの人を救えるかもしれない。
悪役令嬢リリアナ・ヴェルモントの物語は、ここで一つの終わりを迎える。
そして、農業の女王リリアナ・フォレスティアとしての、新しい物語が始まるのだ。
私は、歴史に名を刻む革命家として、そして愛する人の妻として、この大きな未来へと、今、歩み出す。




