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魔道戦記 ~航空魔道師の伝説~  作者: 百夜


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第四話 合衆国

統一暦1925年、晩夏。

戦火は中央大陸全土へと燃え広がり、かつてない規模の消耗戦へと突入していた。

メルド帝国とエゴロ王国の同盟軍に対し、サントラ共和国、メードル合衆国、ウール王国からなる「三国協商」は、圧倒的な物量と工業力を背景に、戦線の押し上げを図っていた。中でも、西方の大国であるメードル合衆国は、これまで後方支援に留めていた正規軍の主力航空魔道師団をついに最前線へと投入。帝国軍の西方防衛線「アルデンヌ宙域」は、連日連夜、硝煙と魔力光に彩られる地獄の空と化していた。


アルデンヌ方面、メルド帝国軍前線基地。

むせ返るような重油の匂いと、絶え間なく響く砲撃の重低音が空気を震わせている。薄暗い出撃待機所ブリーフィング・ハンガーには、第1大隊の生き残りである航空魔道師たちが集められていた。彼らの顔には、連日の過酷な戦闘による濃い疲労と、迫り来るメードル軍の大攻勢に対する死の恐怖が色濃く刻まれている。


その重苦しい沈黙を破り、軍靴の足音が響いた。

壇上に上がったのは、小柄な銀髪の少女――先日の戦功により中尉へと昇進を果たし、現在は臨時の中隊長として12名の部下を率いるエリス・サントリー中尉であった。彼女の軍服は隙なく着込まれ、背中には使い込まれた長銃身の魔道銃剣が静かに収まっている。


エリスは無表情のまま、ずらりと並ぶ部下たち――マイヤー三曹、シュミット伍長、ワーグナー上等兵をはじめとする歴戦の、しかし疲れ切った兵士たちを見渡した。


「状況を手短に説明します」

エリスの透き通るような、しかし一切の感情を排した声がハンガーに響く。

「現在、我がアルデンヌ宙域に対し、メードル合衆国軍の第105航空魔道大隊、およそ48機が接近中。彼らの目的は、当基地の後方にある補給線の完全破壊です。対する我が中隊は現在12名。数の上では4倍の戦力差があります」


その絶望的な数字に、何人かの兵士が息を呑み、絶望の表情を浮かべた。4倍の敵。しかも相手は、最新鋭の魔道具を装備したメードル合衆国の正規軍である。生きて帰れる確率は万に一つもないように思えた。


「不安に思う必要はありません」

エリスは淡々と、しかし確かな力強さを持って言葉を紡いだ。

「敵は数に驕り、密集陣形を取って進行してくると予想されます。それは我々にとって、標的が重なっているということに他なりません。我々は遊撃任務に特化し、敵の指揮系統から順番に物理的な破壊を行います。魔力は機動にのみ回し、無駄な術式展開は控えてください」


彼女は一歩前に出た。

「皆さんに求めるのは、英雄的な犠牲でも、決死の突撃でもありません。ただ私の航跡に続き、私の指示したタイミングで引き金を引き、そして……生きてこの基地に帰還すること。それだけです」


エリスの氷のような視線が、兵士たちの心に灯る恐怖の炎を静かに鎮めていく。

「恐怖は判断を鈍らせます。感情は捨てなさい。我々はメルド帝国の剣であり、銃弾です。ただ冷徹に、効率的に、敵を空から叩き落とす。私についてきなさい。あなたたちの命は、私が保証します」


その言葉には、虚勢や熱狂は一切なかった。ただ純粋な「事実」として、彼女は生還を約束したのである。これまでに30機以上の敵を葬り去ってきた上官の言葉には、どんな熱弁よりも重い説得力があった。

「……第1中隊、出撃準備!」

マイヤー三曹が咆哮し、兵士たちの目に鋭い光が戻った。彼らは一斉に魔道具「スカイ」を起動し、青白い魔力の炎を噴き上げて鉛色の空へと飛び立っていった。


高度5000メートル。アルデンヌ宙域上空。

冷たい風が吹き荒れる中、メードル合衆国軍・第105航空魔道大隊は、大隊長であるスミス大尉の指揮のもと、整然としたV字陣形で帝国の空を我が物顔で進攻していた。彼らの装備する「スカイ」は最新型であり、出力・安定性ともに帝国の標準装備を凌駕している。


「スミス大尉、レーダーに感あり。前方より帝国軍の魔道師が接近中。数は……たったの12です。1個中隊規模に過ぎません」

通信手の報告に、スミス大尉は口元を歪めて笑った。

「たった12機で我々大隊を止めようというのか? 帝国の連中は正気を失ったらしいな。第1、第2中隊はそのまま前進。第3中隊で包囲し、一網打尽にしろ。数分で終わらせるぞ」


だが、メードル軍の将兵たちはまだ知らなかった。

その12機の先頭を飛ぶ単影が、どのような存在であるかを。


『敵編隊、視認しました。予定通り、私が敵の防衛陣形を突き崩します。中隊各員は散開し、崩れた敵の側背を突いてください』

エリスの冷静な通信が部下たちに届く。


「突撃します」


エリスは魔力を「スカイ」の推進機関に限界まで注ぎ込んだ。爆発的な加速。音の壁を突破し、衝撃波を撒き散らしながら、彼女はメードル軍の大隊の中央へと、たった一機で槍のように突っ込んでいった。


「なっ……速い!? なんだあの速度は!」

メードル軍の先陣を飛んでいた少尉が驚愕の声を上げた直後、彼の視界は銀色の閃光に埋め尽くされた。


術式展開などしない。純粋な物理的加速と、機体の質量を乗せた突進。

エリスは敵の弾幕を空中の微細な姿勢制御だけで全てすり抜け、最前列の少尉機に肉薄した。すれ違いざま、彼女の魔道銃剣の銃床が敵少尉の顔面を完璧なタイミングで打ち砕いた。


「ぐぁっ!」

悲鳴を上げる間もなく、敵少尉は意識を刈り取られ、空の底へと落ちていく。

その一撃を皮切りに、凄惨な近接航空戦闘ドッグファイトの幕が切って落とされた。


「迎撃しろ! 蜂の巣にしてやれ!」

メードル軍の魔道師たちが一斉に銃火を放つ。だが、エリスの動きは人間の反射神経の限界を超えていた。彼女は空中で急制動エアブレーキをかけ、追尾してくる敵の弾丸をやり過ごすと、そのまま背面の状態からボルトアクションで銃を操り、反撃の鉛玉を放った。


ズガン! ズガン!

放たれた魔力を帯びない純粋な徹甲弾が、次々とメードル軍の兵士の魔力防壁を貫通し、急所を的確に撃ち抜いていく。血飛沫が宙を舞い、統制の取れていたV字陣形は瞬く間に混乱の渦に飲み込まれた。


「ひ、ひぃぃっ! ば、化け物だ! 撃っても当たらない!」

「銀色の髪……まさか、サントラ軍から報告のあった『白銀』か!?」

「くそっ、あれは『悪魔』だ! 銀髪の悪魔だ!」


恐怖がメードル軍の間に伝染していく。

エリスは表情一つ変えることなく、次弾を装填し、引き金を引く。空中で舞うように飛び回りながら、銃剣で敵の「スカイ」を物理的に破壊し、隙を突いては精密な射撃で命を刈り取る。魔法による大爆発など必要なかった。彼女の研ぎ澄まされた純粋な戦闘技術そのものが、圧倒的な暴力となってメードル軍を蹂躙していた。


『中隊長殿! 敵の右翼陣形が崩れました!』

マイヤー三曹からの通信。

「了解。各員、掃討を開始してください。私は敵大隊長機を仕留めます」


エリスは混乱する戦場の中で、一段高い高度から指揮を執るスミス大尉の機体を見逃さなかった。

彼女は「スカイ」のノズルを真下に向け、急激に高度を上げる。


「来させるな! あの悪魔を落とせ!」

スミス大尉が絶叫し、周囲の護衛部隊が弾幕を張る。しかし、エリスは彼らの射程外から、魔道銃剣をライフルのように構えた。

「風速12、距離2500。……修正不要」


彼女は小さく息を吐き、引き金を引いた。

パァンッ、と乾いた発砲音が響く。放たれた一発の弾丸は、重力と風の抵抗を完全に計算し尽くした放物線を描き、護衛の隙間をすり抜け、スミス大尉の胸部装甲を深々と貫いた。


「が、はっ……」

メードル合衆国軍の誇るエリート大尉は、己の胸から噴き出す血を信じられない思いで見つめながら、その意識を深い闇へと沈めていった。


「敵指揮官の撃墜を確認。残存部隊は撤退を開始しています」

エリスが通信機に告げると、帝国軍第1中隊の兵士たちから地鳴りのような歓声が上がった。

たった12機で、48機の最新鋭大隊を完全に敗走させたのだ。エリス個人の本日の撃墜数は15機。純粋な銃器と銃剣術のみで、彼女はまたしても戦場の常識を覆してしまった。


メードル軍の生き残りは、恐怖に顔を引き攣らせながら撤退していく。彼らの脳裏には、無慈悲に死を振り撒く「銀髪の悪魔」の姿が、拭い去れないトラウマとして深く刻み込まれていた。


数週間後。

ウール王国、王都ルンディニウム。厳重な警備が敷かれた地下防空壕の奥深く。

そこには、サントラ共和国、メードル合衆国、そしてウール王国の軍部最高幹部たちが一堂に会する「三国協商・合同最高軍事会議」が秘密裏に開かれていた。


巨大な円卓を囲む将官たちの表情は、どれも一様に青ざめ、苦渋に満ちていた。


「……以上が、アルデンヌ宙域における我が合衆国軍、第105航空魔道大隊の壊滅的被害の報告である」

メードル合衆国軍の代表、ウィリアムズ大将が重々しい口調で報告を締めくくった。

「我が軍が誇る最新鋭の『スカイ』を装備した1個大隊が、たった1個中隊……いや、実質的にはたった1機の魔道師によって瓦解させられたのだ。生存者の証言によれば、敵は銀髪の小柄な少女。一切の魔法を使わず、純粋な射撃と白兵戦のみで我々の部隊を切り裂いたという」


その言葉に、サントラ共和国軍の代表であるルブラン少将が眉間を揉んだ。

「やはり、出たか。我々サントラ軍のラインハルト方面部隊を幾度となく壊滅させている『ラインハルトの白銀』……奴に間違いない」


「白銀、だと? 我が軍の兵士たちは、恐怖のあまり奴を『悪魔』と呼んでいるぞ」

ウィリアムズ大将が吐き捨てるように言う。

「味方の損害はすでに無視できないレベルに達している。あの一機の存在だけで、西方および中央戦線の制空権が帝国側に傾きつつあるのだ」


ウール王国の海軍大将、ネルソンが腕を組みながら口を開く。

「一個人の武力が戦局を左右するなど、近代戦においてあってはならないことだ。だが、現実に我々の将兵は彼女一人に狩られ続けている。敵の『ネームド』に対する共通の認識と、最優先の対策が必要不可欠だ」


ルブラン少将が深く頷く。

「同感だ。我々サントラが名付けた『白銀』と、メードル軍が呼ぶ『悪魔』。帝国軍の士気を削ぐためにも、我々三国協商はこの脅威を共通の敵として明確に定義づける必要がある」


ウィリアムズ大将が机の上に置かれた一枚の不鮮明な隠し撮り写真――銀色の髪をなびかせ、無表情で銃剣を振るう少女の姿――を指差した。

「ならば、こう呼ぼうではないか。我々の誇り高き兵士たちを無慈悲に屠る、血も涙もない存在。……『白銀の悪魔(The Silver Demon)』と」


会議室に重い沈黙が降りた。各国の将官たちが、その禍々しい二つ名を心の中で反芻する。


「異議はない」ネルソン大将が頷く。

「我がサントラ共和国も同意する」ルブラン少将も首肯した。


「決定だ。本日この時をもって、帝国軍の銀髪の魔道師を『白銀の悪魔』と呼称し、三国協商全軍における戦略級の最優先撃墜目標プライオリティ・ワンに指定する。遭遇した場合、大隊未満での交戦を禁止。直ちに増援を呼び、飽和攻撃をもって確実にすり潰せ。……あの悪魔を、これ以上帝国の空に飛ばせてはならない」


将官たちの目は、見えざる敵に対する恐怖と殺意でギラギラと光っていた。

この日、エリス・サントリー中尉は、正式に三国協商共通の「最大の脅威」として歴史の裏舞台にその名を刻まれたのである。


同じ頃、メルド帝国の前線基地。

激戦から帰還したエリスは、簡易シャワー室で冷たい水を頭から被っていた。

細く白い肌には、戦闘の凄まじさを物語るように無数の擦り傷や打撲の跡が青黒く残っている。しかし、彼女の表情は出撃前と何一つ変わらず、鏡に映る自身の瞳も硝子のように冷ややかなままであった。


水滴を拭い、新しい軍服に袖を通す。肩に輝く中尉の階級章を無造作に整え、彼女は再び血と油の匂いが染み付いたハンガーへと歩みを進める。


「お疲れ様です、中尉殿!」

通りがかったマイヤー三曹が、満面の笑みで敬礼をしてきた。

「今日の戦果、基地中で噂になってますよ! まさか本当に全員生きて帰ってこれるとは。あんたに一生ついていきますよ!」


「当然です。私は生還を約束しました」

エリスは短く答えると、自身の魔道銃剣の元へと歩み寄った。布を取り出し、銃身についた硝煙と、敵の返り血を丁寧に拭き取っていく。


敵国から「白銀の悪魔」と恐れられようが、味方から英雄と崇められようが、彼女にとってはどうでもいいことであった。

ただ、与えられた任務を遂行し、敵を撃ち落とす。彼女の存在理由は、ただそれだけで完結しているのだから。


統一暦1925年、秋の足音が近づく中。

白銀の悪魔の銃身は、次なる獲物を求めて冷たい光を放ち続けていた。

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