棲み潜む空腹:第九話
「…………成程な。それは確かに、餓鬼憑きのような気がするな」
「ですよねぇ」
昨日の出来事を私から聞いた伊吹さんが、顎を撫でながら呟いた。
やっぱり、虎落さんのあの症状は餓鬼憑きで合ってたのね!
「だが、この帝都のどこでジキトリなんぞを拾ってきたのかがわからんな?」
「そういうものなんですか?」
「餓鬼憑きとは言うものの、その実〝行き倒れた者の魂が憑く〟とも言われていてな。たいていは、山中や磯辺りで拾ってくるのが普通なんだが……」
頭を捻る伊吹さんの言葉に、私もつられて首を傾げた。
行き倒れ、かぁ。この帝都でも、うらぶれた場所で起こってるといえば起きているんだけど……。
街中というよりは路地裏とか裏通りとか、そんなあたりで起こってる印象があるわね。
「うーん……でも、帝都は人が多いですから、すれ違った人から貰っちゃった、とかはどうでしょう?」
「考えられんこともないが、餓鬼に憑かれると動けなくなるからな。すれ違えるほどの元気があるとは、到底……」
「あ~~……」
「まぁ、最近は外つ国生まれの連中が入ってきてるから、雪の話も〝違う〟と断定はできんがな」
ふむふむ。だとすると、伊吹さんも知らないナニカに取り憑かれてた可能性はある……かもしれないのよね?
むむむ……ヒントを掴んだような気がしたんだけど、直接の解決につながる感じではないわねぇ。
「おいおいちょっと待てって! 伊吹の〝最近〟ってのはいつの話だ?」
私と伊吹さんの見解がある程度の一致を見た時、不意に玄関先が賑やかになったかと思うと、周さんがひょっこりと顔を出した。
そういえば、今日一日周さんの顔を見ていないと思ったら……いつの間に外に出てたのかしら? てっきり、この家のどこかにいると思ってたのに!
私が驚いている間に、身一つで戻ってきた周さんが、店の奥にある小上がりに座っている私の隣に腰を下ろす。
「なんだ、周。お前、雪を置いて外出していたのか?」
「あれ? 言ってなかったっけ? それはすまなかった!」
咎めるような色味を含んだ伊吹さんの言葉に、周さんが目を丸くして私を見た。心の底から驚いてる感じがする顔ねぇ。
周さん本人は言ったつもりだったけど、実際は言い忘れてた、ってことかしら。
…………というか、私だって一人でお留守番くらいできるわけで……そんなに甘やかさないでほしいわ!
「大丈夫です。梅さんや萩さんもいるわけですし、私一人でもお留守番くらいできます!」
私の傍らで待機していた梅さんと、急須と湯飲みを乗せたお茶セットを持ってきてくれた萩さんが、私の言葉にフンスと胸を張る。
小さく見えても、梅さんも萩さんもとっても力持ちなんだもの! これ以上ないほどに心強い用心棒だわ。
……だから、伊吹さんも周さんも、「そうは言ってもなー」みたいな顔をしないでほしいのよ……。
二人にしてみれば、まだまだ本調子じゃない猫を一人にしておくのも……みたいな感じなんでしょうね。
私としてはだいぶ回復したと思うのだけど……なかなか溝が埋まらないわ。
「まぁ、この失態の埋め合わせは後でするとして、だ。さっきも聞いたが、伊吹の〝最近〟は信用ならないんだよな」
「そうか? 維新革命なんてつい最近のことだろう?」
「何度も言ってるが、御一新は最近じゃないんだよな~~~! あれはもう半世紀も前の話だ!」
キョトンとした様子の伊吹さんと、〝頭痛が痛い〟とでも言いたげな周さん。
御一新っていうと、明慈の大革命のことだと思うんだけど……半世紀も前の出来事を〝つい最近〟って言えちゃう伊吹さん、いったい何歳なのかしら……?
「まぁ、吾のことはどうでもいい。周、お前、雪を放ってどこで遊んでいた?」
「お前のジェネレーションギャップは〝どうでもいい〟じゃすまないと思うんだが……まあいい。その様子だと、雪ちゃんから今日の話を聞いたんだろう?」
なおも追及を忘れなかった伊吹さんの言葉に、周さんが少しバツが悪そうに頬を掻く。
……そういえば、確かに……。周さんは、どこに行ってたのかしら?
「ああ。餓鬼憑きの話だろう? どこで拾ってきたのか、という話をしていたんだ」
「そこまで聞いてりゃ話は早い。昨日、一連の話の中で出てきた〝木蘭座〟ってのについて、ちょっとな」
目配せ……のつもりなのかしら? 〝バチコン☆〟と音がしそうなくらいの勢いで、こちらにウィンクする周さん。
普通にこちらを見てくれても伝わったとは思うし、ウィンクまでする必要はあったかどうかはわからないけど……とにかく、何に関して話したいのかは理解できたわ。
そういえば、虎落さんと話しているときに〝木蘭座の下調べには当てがある〟って言ってたもの。早速動いてくれたんでしょうね。
「まー、表向きは芝居やら、見世物やら、大掛かりな軽業やら……割と何でもやる興行一座ってところだな。借りた場所の中にいくつか天幕を張って、天幕ごとに違うものを見せるそうだぜ」
「かなり大掛かりな旅芸人一座、というところか?」
「んー……まぁ、そんな風にとらえてもらって構わんだろうな。各々型の理解が進んだところで、ここからが本題にはなるんだが……」
梅さんと萩さんが淹れてくれるお茶を飲みながら、周さんが私と伊吹さんの顔を順繰りに眺めてニマリと唇を吊り上げる。
これは……何かいろいろと〝あった〟時の顔だわ。
「仕入れてきた話を総合すると、だ。その出し物のうちの一つが、なんともキナ臭い感じがするんだよなぁ」
悪辣ぶって顔で笑う周さんの声が、静かな店内に妙に響いたような気がした。




