棲み潜む空腹:第四話
「二ツ門大学っていうと、あの南極調査隊員を何人も輩出してる、っていう……あの二ツ門大学ですよね?」
「え、ええ。その二ツ門大学です。先日出発した調査隊に、僕の先輩も参加しています」
「二ツ門大学っていうと、年に数人、ナニカを見たせいで精神を病んでやめてく人間がいる、っていう噂の……」
「えっ!? 待ってください、何ですかその噂!? 初耳なんですが……!」
質問攻めする私たちに答えつつ、虎落さんが「うちの学校は巷でどんな風に見られてるんだ……」とブツブツ呟いてる。
……まあ、ねぇ。根も葉もない噂とはいえ、母校がそんな風に言われてたら、そんな反応にもなるわよね。
「……というか、うちの学校をご存じなんて……お二人はこの近くにお住いなんですか?」
「ああ、まぁ。朝草通いに抵抗はない程度の距離ではあるかな」
「なるほど……それはそれは……」
湯呑に口を付けた周さんの答えに、虎落さんがふと何かを考えるように口元に拳を添えた。
「あの、えぇと…………」
そのまま私たちに話しかけようとして、困惑したように視線を彷徨わせてる。
「……あ! そういえば、大学に驚いてこちらの名乗りを忘れてたな。不躾で申し訳ない。オレは、天星周。今は探偵業と珈琲店のオーナーを兼業してる。それで、こっちが……」
「藤嶺雪です。天星さんのお店で働かせてもらってます」
「なんだか複雑そうですけど、天星さんは探偵さんなんですね……これは、また……なんともタイミングが……」
虎落さんが困ってる原因に気が付いたらしい周さんの行動は早かった。
颯爽と名乗りを上げつつ、私にも自分で自己紹介するよう促してくれる。
ついでに、どこからともなく取り出した名刺を虎落さんに渡してるんだけど……いつどこでも人脈を築こうとするその精神は流石だと思うわ。
名刺を受け取った虎落さんは、意味深な呟きを零しつつじいっと名刺を見つめてる。
そのまましばし思索にふけり……何かを決めたのだろう。
キリッと表情を引き締めて私たち二人に視線を向けた。
「あの……大変なところを助けてもらった挙句、こんなことをお願いするのは厚かましいと思うのですが……どうか探偵としての力を貸していただけないでしょうか?」
「ん? んん? それは、オレに依頼したい、ってことか?」
「はい。こんなことを突然お願いをして困惑されると思うのですが、僕だけの力ではこれ以上どうにもならなそうで……」
「ほうほうほうほう! 袖振り合った人からの突然の依頼なんて、いかにも探偵らしくて浪漫があるな! むしろ、ぜひ話を聞かせてほしい!」
虎落さんの申し出に、途端に周さんがキラキラと目を輝かせた。
それどころか、勢い良く身を乗り出して虎落さんの手をガッシリと掴んでる。
この様子だと……心の底から面白そう、って思ってそうね。
「早速話を聞きたいのはやまやまなんだが……流石に、ここで込み入った話をするっていうのもなぁ……」
ワクワク気分を隠そうともせずに手ぐすねを引く周さんだったけど、賑やかな店内を見回してちょっと冷静になったらしい。
気恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをしながら、浮きかけた腰を下ろす
……まぁねぇ。お客さんでいっぱいの甘味屋で以来の話をするのは、ちょっとねぇ……。
深刻な話をしてる時に、隣のテーブルの人に聞き耳たてられたりしたら嫌じゃない?
「事務所に場を移した方がゆっくり話を聞けると思うんだが、だいぶ回復したとはいえ行き倒れかけた兄さんを今日のうちに連れ回すのは気が引けるしなぁ……」
「……確かに、身体を休めたいのも事実ですが、事態は急を要するような気もしていて……ご迷惑でなければ、今からでも話を聞いていただけないでしょうか?」
腕組みをして考え込む周さんを説得するように、今度は虎落さんが身を乗り出す番だった。
その鬼気迫るような気迫に、私と周さんは思わず顔を見合わせる。
光の加減か、他の要因か……ほんの一瞬金色に輝いた瞳が、「予定がパァになっちゃうけどいいかい?」って語りかけてくる。
私は、それに一も二もなく頷いた。
そりゃあ、朝草観光ができなくなったことを残念に思わないわけじゃないけど……困りごとがあるようなら、それの解決が先決ですもの。
周さんが前に行ってたように、来ようと思えばまた来れるわけだし。
「よーし。それじゃあ決まりだ。今食べてるものをやっつけたら、うちの事務所に移動しようか」
「あ、ありがとうございます! 助かります……!」
ニカッと笑って座り直した周さんを見て、虎落さんが明らかにほっとしたのが見て取れた。
なんていうか、こう……肩の荷が下りた……って言えばいいのかしら。
無意識に強張ってた表情が、すこし和らいだような気がする。
何か深刻なものを抱えていそうねぇ。周さんに相談することで、解決に向かえばいいんだけど……。
話が決まったことで食べるスピードが増した男性陣に負けじと、私も目の前のお饅頭に手を伸ばした。
山芋を混ぜたしっとりした薄皮の生地と、粟善哉の餡子よりもねっとりと練られた漉し餡の滑らかさがよく合ってて、とっても美味しいお饅頭よ。
パクパク食べられちゃって怖いくらい。
……でも、この先、このお饅頭以上に怖いことが待ってるような予感がするのよね……。
美味しいお饅頭なのに、なんだか胸に詰まるような気がしたわ……。




