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流離の葛篭・溝出:第六話

翡翠を溶かしたような透明な緑色のソーダ水が、口の中と言わず喉の奥と言わず、いろんな場所でパチパチ弾ける。

冷たくて、甘くって……でも、思った以上にすっきりしてるの!

その合間に口に運んだアイスクリームが、しゅわしゅわとプチプチでちょっと痛めつけられた舌の上で優しく蕩けていく。

アイスと氷がくっついてたところがちょっとカリカリになってて……私、ここの部分好きかも……。


「んはは! 雪ちゃん、いい顔で食べるねぇ」

「だって、これ……とっても美味しいです!」


いつの間にかチッキンライスの半分を平らげていた周さんが、蕩けるような目で私を見ている。

……この目は、なんとなく覚えがある。一生懸命ご飯に齧り付いてる仔猫を見てる時の目だわ……。

気恥ずかしさとちょっぴりの居心地の悪さを感じながら、アイスクリームとソーダ水の混ざったところをチューと吸い込む。

ソーダ水だけのところとは違ってちょっとトロッとしてるのも、これまた美味しい。


「……そういえば、今日はこれから波間離宮公園に行く、って言うのは聞いてますけど……具体的に何をしに行くんですか?」

「何をしに……と言われると……。今回のことに繋がるモノがある気がして、海を見に行こうと思ったんだ。雪の言葉がきっかけなんだが、(おれ)としても少々気になるところができてな」

「え……なんだか、お手数をおかけしたようになってごめんなさい」


……そういえば、事の発端は私の譫言なのよね。

それで、事態を重く見た周さんと伊吹さんが、こうして動いてくれたんだっけ。

なんだかあやふやなことで大人二人を動かしてしまって、なんとも申し訳ないわ……。

なんとなく顔が上げられないままクリームソーダをちるちると啜っていると、瞬く間にチッキンライスを完食したらしい周さんが手を伸ばして頭を撫でてくれた。


「雪ちゃんが謝る事じゃないさ! 思いもかけず愉しそうな案件に化けそうだから、オレも伊吹もこうして動いてるんだ」

「ああ。言葉が足りなくて済まなかった。吾としても面白そうなことになりそうと思ったから動いたんだ。きっかけこそ雪の言葉だが、お前のせいじゃない」


口々に宥められ、助け舟を出されて……我ながら単純だとは思うけど、心が軽くなったわ。


「まぁ、公方様から天子様に渡って、最近は公民向けに開放されてるとはいえ、昼間っから大っぴらに動ける場所じゃないからなぁ。もうちょっと暗くなってから動こう、って話ではあるんだけどな」

「そう、なんですね……???」


なんだか、飲み込み損ねて喉に刺さった小骨みたいに、違和感がちくちくと突き刺さる。

確か、〝()離宮公園〟が一般公開されるようになったのって、昭和に入ってからじゃなかった?

大正時代はまだ、皇室の管理下にあるんじゃなかったっけ?

あれ? でも、波間離宮公園が魚市場になるっていう号外を読んだような……気もするし……???


「ん、ん゛~~~……」


急に頭がクラリとして、私はあわててかけていた片眼鏡を外して胸元にしまった。

視界から摩訶不思議なものは消え失せて、何の変哲もない穏やかなカフェーのホールに戻る。

しばらくパチパチと目を瞬かせているうちに、ようやく視界の揺らぎが治まった。


「大丈夫か、雪? 照魔鏡を使いすぎたか?」

「あ、え…………そう、かもしれません。でも、今はもう大丈夫です、治りました」

「ほんとに? 噓ついたりしてないかい?」

「ウソもついてないです! また、ちょっと休めば問題ないです!」


私の変調に気付いたらしい伊吹さんが、眉根を寄せてこっちを見つめていた。

心配そうに私の顔を覗き込んでくる伊吹さんに、〝元気!〟と主張してみせる。

私のそんな姿を目に泊めて、伊吹さんも周さんもほっとしたような雰囲気になった。


「それならいいが……。まぁ、まだ出発まで時間があるからな。クリームソーダ以外にも何か頼むか」

「あ! それなら、オレ、ビーフシチュウも食いたいな」

「自分の分は自分で払えよ、周。ああ、ほら。雪はサンドウヰッチでもどうだ? 合衆国から伝わった、具沢山なサンドウヰッチらしいぞ」

「はい……いただきます」


心配をかけて申し訳ないと思う反面、具沢山なサンドウヰッチと聞いた途端にクウとお腹が鳴った。

途端に、耳が燃えちゃいそうなくらいに熱くなる。

……うう……思っていた以上に力を使ったみたいで、それを補おうとしてるんだわ……。

周さんと軽口を叩きあいながらボーイさんを呼ぶ伊吹さんの声を聞きながら、改めて店内を見回した。

一人だけ飛び抜けて首が長かった真橋芸者さんはもうお店を出ていたようだったし、一つ目だったはずの人は何食わぬ顔で商談を続けてる。

まさか、人ならぬものがこんなに身近にいるなんて……生きてた頃はちっとも気付かなかった……というか、思って見たこともなかったわ。

……もしかしたら、これから先……こうして超常の存在と関わる機会が増えていくんじゃないかしら……?

理由はないけど、そんな思いが頭を掠める。

でも、不思議ね。それを怖いは、ちっとも思わないの。

むしろ、ちょっとおもしろそう……って思っちゃう辺り、死んだことで感性が変わっちゃったのかもしれないわね。


「……ここから少し歩くつもりだったが、念のため陸蒸気でも使うか」

「陸蒸気って……いつの時代の言葉だよ! 今どきは路面電車って言うんだぜ?」

「……デモクラシーだか何だか知らんが、最近は言葉の変遷が早くてかなわんな……」

「言葉の流行り廃りとデモクラシーは関係ないだろ~……。そういうことばっかり言ってると、世の中から取り残されるぞ?」


奇妙な高揚感に包まれた私の耳を、丁々発止とやり取りをする伊吹さんと周さんの声が上滑りしていく。

……それでも、今日のところは平和に終わってほしいと思いながら、汗をかいているグラスの中身を一気に飲み干した。

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