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流離の葛篭・溝出:第五話

待ち合わせ場所から、歩くこと約二十分ほど。

和装洋装が入り乱れる人ごみをすり抜け、肩で風を切って通りを闊歩するモガ・モボを横目に角を曲がり、人力車の軋みを置いてけぼりにして……辿り着いたその場所は、文明開化そのものだったわ。


「わぁ……わぁぁぁ……!」

「雪ちゃん、完全に魂消えてるねぇ」


からからと笑う周さんの揶揄う声さえ聞こえないほど、五精堂の偉容に圧倒されちゃった。本当に素敵なお店だったのよ!

白いタイルと紫の窓枠との対比も眩しい建物は、何ともモダンな雰囲気が漂ってる。

こんな素敵な場所でご飯が食べられるなんて、夢みたい!


「雪、雪。ほら、こっちだ」

「あ、伊吹さん」

「建物に見とれるのも悪くはないが、五精堂は中もなかなかだぞ」


くつくつと低く笑う伊吹さんに手を引かれて向かった入り口には、周さんがこれまた笑顔で手招きしてくれてて……。

ニコニコ笑顔の周さんが明けてくれた木製扉の向こうは……ここが極楽かと思ったわ……!


「はわ……わぁ……!」


外観と同じく白を基調にした店内は、色ガラスが嵌った大きな窓から差し込む光で満たされてる感じ。

色とりどりの洋服と着物で埋まった席の合間を、清潔でパリッとした服を着た給仕さんがキビキビと歩き回ってお仕事をしてる。

さすが……モダンでハイカラなお店は、働いてる人の動き一つとっても違うわね……!

はち切れんばかりの元気を制服に押し込めたような溌溂としたボーイさんに案内されて、ちょうど空いていた窓際の席に通された。

ホールの一番奥まった場所……壁際の席だったせいか、なかなか人目にはつきにくい場所だ。


「さっきも話してはいたんだが……雪は、何か食べたいものはあるか?」

「えーと……こーとれっと、たんしちゅう、ふるーつぱっふぇ……うーん……」


給仕さんが持ってきてくれたお品書きを、伊吹さんが渡してくれたんだけど……。

パーラーのお品書きだから、てっきりお料理の写真が一緒に乗ってるものだと思ってたんだけど……まさか文字だけだったなんて……。

どれもこれも美味しいものに違いない、っていうのはわかってはいるんだけど、名前だけ見てもそれがどんな料理なのかちっとも見当がつかないのよ……!


「雪ちゃん、洋食もなじみがないみたいだし、今いきなり〝何がいい〟って決まれてもピンと来ないよなあ」

「ん? ああ、そうか。それなら、今日は(おれ)たちに任せてらってもいいか?」

「はい、お願いします! むしろ、選んで貰えて嬉しいです」

「よーし、任された! 初めての洋食に相応しいのを選ばないとなぁ」


得意げに胸を張った周さんが手を上げると、シュッとボーイさんが飛んでくる。ホールの隅々にまで目を配ってるのねぇ。

周さんが注文をしている様は、まるで呪文でも聞いてるみたいだったわ。

返したメニューを小脇に抱えてキッチンに向かう給仕さんを見送って、周さんが私に向き直ってにまりと笑う。


「雪ちゃん、雪ちゃん。ちょうどいい機会だから、料理が出てくるまで照魔鏡で周りを見てみなよ」

「え……は、はい……!」

「だが、あまり熱中しすぎるなよ? この先まだ予定があるからな」

「はい! 無理はしないようにします!」


悪戯っぽく笑う周さんが、自分の胸元を指先でトントンと叩く。

あら。私が、頂いた照魔鏡を胸元に入れてること……どうしてわかったのかしら?

心配そうに私を見据える伊吹さんに大きく頷いて見せて、私は胸元にしまっておいた照魔鏡を目にかけた。

途端にくらりと揺らぐ視界の中、伊吹さんには角が生え、周さんには狐の耳と尻尾が生える。

そのままぐるっと店内を見回す、と……。


「あら、まぁ……!」

「っ、くく……っ……。お前が想像していた以上に、馴染んでいる奴が多いだろう?」


驚きの余り声を上げてしまった私を見て、伊吹さんが愉しそうに笑う。

見える世界の殆どは片眼鏡をかける前と変わらないんだけど、その中にポツポツと異質なモノが混ざってたの!

商談の最中のような男性たちに混ざる一つ目の人とか、日本髪の真橋(しんばし)芸者さんと思しき集団から、一人だけ首がひょろりと長く長く伸びてたり……。

思った以上に人ならざるものが存在してるのね……!


「木の葉を隠すには森の中なら、世に紛れるのなら人の中、ということなんだろうな」

「あ、ああぁ……なるほど。人がいっぱいいた方が隠れられそうですものね」

「帝都は恵土(えど)の頃から人は多かったけど、最近は夜でも明るくなっちゃったからね。大変なやつは大変みたいだよ」

「うぅん……知られざる苦労があるんですねぇ……」


てっきり、こういう人ならざる人達って、人の(ことわり)を離れて悠々自適に過ごしてるものだとばっかり思ってたんだけど……意外とそうじゃない人たちもいるのね。まぁ、人って言っていいのかどうかわからないけど。

バレない程度に周りをキョロキョロ見てると、銀のお盆を携えたボーイさんがこちらに向かってくるのが見えた。

この人は……年は私とおんなじくらいに見える。照魔鏡越しにも変化がない事を鑑みるに、ごくごく普通の人間みたいね。


「お待たせしました。ご注文の品です」


コトリコトリと硬質な音を立てながら、料理のお皿が次々と提供される。

周さんの前に置かれたのが、鮮やかなオレンジ色のご飯が乗せられたお皿。その後、狐色にあがった揚げ物が伊吹さんの前に置かれる。

さっきの会話を思い出して、周さんが注文したのがチッキンライスで、伊吹さんのがコートレット、なんだと思うわ。まぁ、私にはコートレットがなんだかよくわからないんだけど。

……そして……。


「こちら、お嬢様のクリームソーダです」

「わ……! あ、ありがとうございます……!」


私の前に置かれたのは、緑色の液体と、真っ白な球体が乗った背の高いグラス。

グラスには縁までいっぱいに氷が入ってて、その中で小さな泡が弾けてて……。

も、もしかしてコレが……かの有名なクリームソーダ!

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