第1話 ヒステリックな彼女
『告知
中等部一年D組 古城有紀
右の者、重大な事件を起こしていた事が発覚したため、本学生としての本分の自覚を促す目的として、学則第九十一条に基づき、本日より一週間の停学処分とする』
中等部の人間が停学処分を受けたのは前代未聞だとして話題に上った事で、古城有紀が停学処分を受けるような事に関わっている事を初めて知った。
その事を知るやいなや、有紀に何が起こったのか知りたかった事もあったし、励ましてやりたかったし、自宅に電話をするも誰も出なかった。
有紀は携帯電話などを持っていなかったため、自宅に電話するしかなかったのだ。そして、何度かかけているうちに、その電話は現在使われておりません、というアナウンスに変わった後、有紀が転校した事を学校で知らされた。
何の釈明もしないまま、俺に事情を説明しないまま、有紀は茜色学院を、この街を去っていった。
俺は得も言われぬ虚脱感を味わうと共に、有紀が何故停学を受け、何故学校を去らなければならないのか知りたいと切望し、停学処分を受けるほどの『重大な事件』がなんであるのか調査し始めたのだ。
関係者の口は重かった。
俺は関係者らしき人たちに接触を図り、何度も何度も懇願した結果、尼子美羅だけが事情を話してくれた。
尼子美羅は尼子宗大という実業家の娘で、ある意味『社長令嬢』もとい『会長令嬢』と言えた。父親の宗大は茜色市でいくつもの会社を経営していて、関連会社も含めて『尼子グループ』として呼ばれる事が多く、市内では知らない者がいないほどであった。
そんな尼子宗大と古城有紀の両親が親友という事もあり、有紀と美羅が幼なじみだったからなのだろう。尼子美羅が有紀について語ろうと思ったのは。
「これは部外秘ですわ。これを外に漏らしたら、あなた……ううん、あなたの家族が茜色市に住めなくなりますわよ」
そんな脅し文句と共に、どこから入手したのか気にはなったが、市の教育委員会に送られてきたという怪文書のコピーを見せてくれた。
このコピーを見た瞬間、悟った。
尼子家がその気になれば、俺みたいな一般人を茜色市から追放する事などたやすいのだろう、と。尼子が本気なのが分かったので、当然今も昔もあのコピーの入手経路は口外していない。
『茜色学院中等部1年D組の五十嵐麗子、錦屋いなり、桜庭美奈、愛川ひとみ、三富一穂、赤城絵里、古城有紀、大塚珠希、尼子美羅の九人がいじめを行っている。早急に対処して欲しい』
達筆で書かれた告発状であった。
その怪文書を読んだ瞬間、この文章に問題点がある事に気づいた。
「お前らは誰をいじめていたんだ?」
いじめていた側に名が連なっていた尼子美羅に答えるように促すと、
「私達にも分からないんですの」
「分からない?」
「ええ。そもそもいじめなんて誰もしてなかったんですの。それなのに、こんな怪文書が突然送られてきて、学院で問題視されたものですからたまったものではありませんでしたわ」
「ありもしない『いじめ』がでっち上げられたという事なのか?」
俺は何度も首をひねった。
いじめなどなかったのならば、否定すれば済むことではなかったのかと。
尼子美羅はそんな俺の考えを見透かしていたようで、
「これも部外秘ですの」
美羅は数十枚の写真を撮りだして、俺に見せてくれた。
人のお腹の辺りを撮影したものらしい写真で、男のものではなく、女のお腹だとはすぐに理解できたのだが、痣のようなものがいくつもできているのが窺えた。
微妙に体格が違う事から、複数人のものだというのが分かった。
これがいじめられた証拠として提出でもされたのだろうか。
「これがいじめの証拠として添付されていた、と?」
「違いますわ」
美羅にきっぱりと否定され、何の写真であるのかさっぱり分からなくなった。
「なら何だ?」
「私達が藤沼先生に受けた暴行の証拠写真ですわ」
美羅は感情を押し殺して滔々と語ってくれた。
一回目の呼び出しでは何もなかったのだが、二回目、三回目の呼び出しで藤沼善治郎がいじめの件を自白させるために、美羅達に暴行を加えていた事実を。
泣きじゃくっても、胃の内容物を吐き出した者がいても、止めてくださいと叫んでも止めずに、床に這いつくばっている美羅達を藤沼が蹴り続けていたという事実を。
三回目の呼び出しの後は、九人は暴力に怯えるようになり、このままでは大怪我を負うか、全員いじめを行っていた者だと処断されてしまうのかと考えるようになっていた。
『藤沼先生。私がいじめを行っていました。他の人は無関係です。解放してあげてください』
そして、四回目の呼び出しの時に、古城有紀がありもしないいじめを事実として認めたのである。
自白した後のシナリオがもう有紀にはあったのか、誰をいじめていたのかなどをよどみなく説明し、えん罪を受け入れたというのだ。
その話を最後まで聞いて、俺は頭に血が上って、目の前にいる有紀を見殺しにした美羅を張り倒したい衝動に駆られたほどで、思わず胸もとを掴んで、その顔を殴りそうになってしまった。
「あなたの怒りはごもっともですわ。ですが、あなたに何ができて?」
「有紀の無実を証明するために、この怪文書を送った奴を見つけ出して罪に問う。そして、藤沼の暴行問題を公にしてやる。有紀のためにな」
藤沼に暴行をうけた証拠写真については、怪文書問題が片付いてから俺が学院側に問題提起する、ということにして、俺は怪文書のコピーだけを借りて、怪文書事件の真相を探り始めた。
この一連の事件が『白ワニ事件』と呼ばれるようになったのは、怪文書事件の犯人が見つかり、藤沼先生が暴行の件で処分を受けた後の話だ。
古城有紀を囮にして、他の八人が逃げられたからなのか、関係者の間でそう呼ばれるようになったのである。
そして、俺が『探偵』などという、名誉なのか馬鹿にされているのか分からないあだ名を付けられたのは、この事件を解決したからでもあった。
* * *
――――――――――6月7日 8:41
俺と尼子美羅との関わり合いがあったとするのならば、あの時だけだろう。
それ以前も以後も全くと言って良いほどない。
高等部になってからは、美羅とはさらに疎遠になったと言っても過言ではなく、向こうから話しかけてくる事など皆無であった。
「昨日、古城有紀と再会したらしいな。バカが根掘り葉掘り聞いてきて大変だったぞ」
姫子とのデートの翌日、いつものように学校に行って席に腰掛けていると、登校してきたばかりの八丁堀瀬名が笑顔で話しかけてきた。
俺と有紀と姫子が三角関係になって、泥沼になる事を期待しているかのような表情が引っかかったが、俺は無愛想に、
「電車の中で偶然再会してな。何故かしら高尾山まで付いてきたんだ」
「有紀はまだお前の事が好きなんじゃないか?」
「それはないだろ。好きだったりしたら、引っ越した後にでも、俺に連絡くらい寄こすだろうよ。それがなかったって事は気まぐれか何かだったんだろ」
偶然再会した事もあって、有紀は何らかの目的のために俺に探りを入れたかったのではないか。
その目的とやらは、皆目見当が付かないが。
「そりゃそうだよな」
瀬名は俺の言葉で納得したようで、何度も頷いた。
「そういや、古城有紀って尼子美羅と仲が良かったよな」
瀬名が何かを思い出したような顔をして、そんな事を急に言い出した。
「幼なじみだったかな。ん? なんで、そんな事を急に言うんだ?」
「その尼子美羅が数日前に、教室の窓ガラスを数枚割ったらしいんだよ。本人は何も語らずに弁償しますの一点張りらしいから問題になっているんだとか聞いてな」
「あのお嬢様が……ねえ」
「むしゃくしゃして割ったのかもしれないな。ヒステリックなお嬢様っていう話だしよ」
「ヒステリック? あいつはそうだったか?」
俺が知る尼子美羅は落ち着きを払った育ちの良いお嬢様だという印象だったが、俺が知らない間に、尼子美羅の性格が変わってしまったのかもしれない。
そういうのは、間々あることだ。
「それ以外にも問題行動を起こしているらしいな。先生達は腫れ物にはノータッチなんで見なかったことにしているが、あの様子だとヒステリーをよく起こしているんじゃないか」
「気にならないと言えば嘘となる」
あの時、唯一署名してくれたのが尼子美羅だったし、縁が無いわけではない。
何か悩み事があるなら聞いてもいいかもな。




