第4話 方位の悪いファミレス
――――――――――6月6日 14:20
今度はケーブルカーではなく、徒歩で登ると言い出した姫子に付き合って、頂上まで登りはした。
「……お兄さん、もう無理かも。歩けない……」
登りだけで体力を使い果たした姫子はそんな事を言いだし、おそらくは姫子の予定の半分も消化できないまま下山という流れになった。
有紀の登場で姫子は俺に良いところを見せようとしたのか、歩く速度がいつもより速かった事もあるのだろう。
ペース配分を乱してしまい、登りだけで体力を消耗しすぎてしまったようだ。
俺も同じようなものだったので、頂上に着くなりケーブルカーで姫子と二人で下山した。
「今日は不本意なんで、今日のデートはなかった事にして欲しい……かな?」
ケーブルカーに揺られている間、姫子は疲れ切った顔のまま懇願するようにそう言ってきた。
有紀が付いてきた事でケチが付いてしまっていたのかもしれない。
俺としても有紀との再会で気が削がれて、デートどころではなかったのは言い訳のしようが無い。
「それは俺も同じだ。また今度にしよう。すまないな、姫子」
「ううん、ごめんね、お兄さん。私もダメダメだった」
高尾山口駅まで行き、電車に乗ると、ちょうど席が一つだけ空いていたので、姫子を座らせた。
ぐったりとしていた姫子は、座るなり目をゆっくりと閉じた。
すると即座にすやすやと可愛い寝息を立て始めた。そんな姫子を見下ろしながら、俺は有紀との再会を思い返していた。
有紀は転校に伴い、引っ越しもしていたはずだ。
どこに引っ越したのかまでは今日は訊かなかったが、公立八尾ヶ原高校に通っている以上、茜色駅からさほど遠くない場所に引っ越しているのだろう。
公立八尾ヶ原高校は、茜色駅の二つ隣の駅『北夕陽丘駅』から徒歩六分の場所にある公立高校なので、そういった事が推測できる。
アルバイトも住んでいる場所の近場でしているであろう堅実さもあり、特定しようと思えばできそうではあった。
再会した有紀の意図は雲に隠れてしまった月のように明瞭ではなかったが、元の鞘に戻ろうとかそんなものではなかった。
まるで俺の現状を確認しようとしていた節さえある。俺に対して、何か思うところでもあったのだろうか。
白ワニ事件では、古城有紀は何を思って、えん罪と分かっていてもその罪を受け入れようとしていたのか。
古城有紀は何を思って停学処分の後に誰にも何も言わずに転校していったのか。
そういった事をさりげなく訊けばよかったのかもしれない。
そうすれば、有紀が何を思って、高尾山まで俺に付き添っていたのか分かったのかもしれない。
「……」
ぐだぐだ考えていてもしょうが無い。
メールアドレスを訊いたのだから、メールしてみよう。
そうすれば、俺が知りたい真実へと辿り着けるはずだ。
有紀が何を思い、何を考えていたのかを……。
* * *
――――――――――6月6日 17:30
「お兄さん、私、お腹がぺこぺこなの! この駅で降りて、どこかに食べに行こう!」
私鉄神五目線に乗り換えする二子社市駅に着く数分前に姫子を起こすと、お腹を華麗に鳴らしながら、そうのたまった。
姫子は電車が駅に滑り込んで、ドアが開くなり、俺の手を取って、ホームを足早でかけていき、改札を抜けて街へと繰り出した。
「……えっと、ご飯どこでたべられるんだろう?」
改札を抜けたはいいが、姫子は駅の出入り口のところで立ち止まると、俺の右手を握ったまま、救いを求めるかのように笑いかけてきた。
姫子が考えなしで行動することはよくあるし、俺は呆れつつも、救いの手は当然差し伸べる気だ。
「笑って誤魔化そうとしない」
「でも、私は笑って誤魔化すの。にひひっ」
「……やれやれ」
俺はフリーになっている左手でスマートフォンを取り出し、この辺りで食事ができそうな場所を検索する。
「ふむ……」
二子社駅付近にある、この時間でも食事ができそうで、すぐに行けそうなお店は六カ所ほどだった。
ファミレスが二軒、チキン屋が一軒、ラーメン屋が三軒ほど。
「ファミレス、チキン、ラーメン、どこがいい?」
「お兄さん、姫子の事全然分かってない!」
姫子は怒っているというよりも、何かよろしくない事を企んでいる顔をして微笑んでいた。
「お兄さんが食べたいなぁ」
「カニバリズムか。それはちょっと厳しいかな」
「そうじゃなくって。元カノさんを食べちゃったりしたんですか? 付き合っていたのが三ヶ月って言っても、進んじゃう人は進んじゃうし、どうなの、お兄さん!」
「中一の付き合いだぞ? それは想像にお任せする」
姫子には言いたくはないが、そこまでは進んではいない。せいぜい手を握って下校したくらいだ。
成り行きで付き合い始めたのもあって、俺も有紀も距離感を計るのに苦労して、手探り感が強かった。
それだけに絶妙な距離感が分かった時にはお互いの気持ちが分かってきていたように思えた。
「むぅ……。お兄さんの手を引っ張っていきそうな雰囲気もあったし、私じゃそんな事もできなさそうだったし……」
「俺の手を……引っ張る?」
有紀はそんな事ができただろうか。
当時はどんな付き合いをしていただろうか。
思い返してみても、有紀はどちらかと言えば受け身だったはずだ。歳月が人を変えてしまったのか、それとも……。
「だから、私だって! って思ったのにダメだったし……。大人の女の人ってああいう人を言うんだろうなぁ。むぅ……」
姫子はふくれっ面で俺に抗議の視線を投げかけてくるが、俺はさらりと受け流し、
「ファミレスでいいか?」
「お兄さんにお任せ!」
俺は姫子の手を握り返して、先導するようにここから一番近いファミレスへと足を向ける。
姫子の手は小さいが、柔らかい。強く握ってしまっては壊してしまいそうなほどに。
それにしても、姫子が何を考えているのかイマイチ分からん。
やはり、女の子ってのは、たまに理解不能なところがあるな。分かるようになったら、大人っていうのかもしれない。
「……他に行こうか」
徒歩四分のところにあったファミレスの前まで来たはいいが、店内を見て俺は即座にきびすを返した。
「ここじゃないの?」
姫子がお店に入ろうと歩み始めたのを、握っていた手を引っ張ることで押しとどめさせた。
「よく考えたら、この店は方位が悪い。もうちょっと良い方位の店で食べよう」
「……方位? お兄さん、そんなの気にしていたっけ?」
俺は口を閉ざして、もう一軒の方のファミレスへと行く事にした。
そのファミレスの制服を着て、店内で働いているある男の姿がチラリと窓越しに見えた。
その瞬間、嫌悪感に全身が襲われた。清潔感があり、さっぱりとした顔立ちの美男子である、その男の顔を俺が決して忘れるはずなどなかった。
中高一貫なのに、高等部には進まずに少し離れた場所にある私立高校へと進学をした男だ。
唾棄すべき所業を中等部の頃に起こし、俺たちに多大な迷惑をかけた頭の足りない男だ。
あんな奴がいるような店でご飯などを食べたくもないし、あいつの顔や影や名前を見ただけでも吐き気が催してくるかもしれないから食事をするような場所ではない。
一条銀次と同じ場所の空気を吸いたくもない。
あくまでも俺は、だ。




