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前略、灰色青春探偵様【連作ミステリィ・三流探偵シリーズ】  作者: 佐久間零式改
姫子とのデートの夜に
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第3話 姫子と有紀

――――――――――6月6日 10:40




 古城有紀は本当に高尾山まで付いてきた。



 お互いの状況を確認し合うだけで時間はあっと言う間に過ぎてしまい、乗り換えをしたりしていたはずなのに、もう高尾山に着いてしまったのかという感想を抱いたほどだ。



 今、有紀は公立八尾ヶ原高校に通っており、成績はそこそこ優秀なのだとか。



 大学は都内のそれなりの大学に行きたいらしいが、向こうの生活費は自分で稼ぐ事になりそうなので気後れしているらしく、地元の大学に行こうか迷っているみたいだった。



 将来のためにと、アルバイトもしていて、一円でも多く貯めたいので通信費交際費なども含めて必要最小限な出費で生活しているとの事だ。



 将来の事を色々と考えている有紀とは対照的に、俺は将来の事を全く考えていなかった。



 その辺りを有紀から突っ込まれると言葉に詰まった。そういうやりとりがある度に、有紀が大人なんだと思えて仕方がなかった。



 俺はまだまだ子供だったのだ。



「で、友達以上恋人未満の女の子はどこにいるの?」



 高尾山口駅のホームに降り立つと、有紀はきょろきょろと周囲を見回して、それらしき女の子がいないかと探し始めた。



「いるとしたら、改札を出た辺りじゃないかな」



 俺はそう言って、改札へと向かう。



 有紀は視線を色々なところに向かわせながら、そんな俺に付いてきた。



 何故、今更、有紀は俺などに興味をもっているのだろうか。



 感傷なのだろうか?



 それとも、興味本位なだけなのだろうか?



 数年ぶりな上、元彼氏というだけで、この反応は普通なのだろうか?



 それとも未練……はないか。



 俺にはわからない事ずくめだ。



「お~に~い~さ~ん!!」



 聞き覚えのあるというべきか、もう聞き慣れた元気だけが取り柄のような声が駅の構内に響いた。



 登山客が大勢いるというのに、こんな恥ずかしいことを臆面もやれるのは姫子らしいと言えばらしい。恥も外聞も無い、というのはこういう事を言うのだろうか。



「おにいさ~ん! こっちー!」



 大声を出している姫子をこれから高尾山に登ろうとしている人たちが見て、笑みを投げかけ始めていた。



 本当の兄と登山に来て、浮かれている妹みたいに思われているのだろうか。



 そういった人たちには微笑ましい兄妹みたいに思えているのだろうが、実の兄でもない俺にとっては、見世物になっているみたいで複雑な気分であった。



「可愛い女の子ね」



 俺の横にいた有紀が顔を寄せてきて、耳元で囁くようにそう言った。



「……まあな」



 姫子が可愛いのは確かだ。



 おバカな一面と、冴えている一面とが混在しているものの、基本的には元気系馬鹿というところが可愛いと思える。



「あれ?」



 姫子が俺を見て、そして、横にいる古城有紀を見て、小首を傾げた。



 そして、もう一度俺を見て、また古城有紀を見て、顎のあたりに人差し指を添えながら小首を傾げた。



「ふ~ん」



 有紀は小走りで姫子の傍に行くと、値踏みするように姫子の全身を何度も何度もねめ回すように見つめ、後ろに回るなり、同じような視線を姫子に投げかけた。



 当の姫子は困惑と当惑とが入り乱れた表情をして、有紀と距離を置くように身構えていた。



「お兄さん、誰なんですか、この人。何なんですか、この人」



 俺が困った表情でオロオロとしている姫子の傍に行くと、俺に救いを求めてきた。



「偶然、電車の中で再会したら、何故か付いてきたんだ」



 当時の事を姫子に説明すべきなのか、俺には判断できなかった。



 古城有紀がどういった思惑で、ここまで来たのかが不明瞭であったし、ただの気まぐれとも思える節もあった。



「端的に説明すると、元カノになるのかな?」



 有紀が挑戦的というべきか、姫子の反応を見極めるような気色を隠すことなく、姫子を見つめていた。



「も、元カノ!?」



 姫子が目を大きく見開き、宇宙人にでも遭遇したかのような驚きを顔一面に表現して、有紀を見た後、俺の顔をまじまじと見つめてきた。



「お兄さん! そんなの初耳だよ!!」



 絶叫に近い叫びであった。



 衝撃的な事実であったのだろうか、姫子にとっては。



「瀬名は知っていたはずだが、何も聞いてないのか?」



「聞いてなんていない! 今、セナに文句言ってくる!」



 姫子はふくれっ面をして、スマホを取り出すと、セナに電話をかけたようだ。



 そんな姫子を有紀は物珍しい生き物でも観察するように見ている。



「あ、セナ。どういうことなの、これ! どういう事も、こういう事なの! どういう事! お兄さんに彼女さんがいたなんて初耳なの。えっ? 有名な話……なの? でも、私、知らなかったもん。だから、有名なんていうのは嘘に決まってる。えっ? 三ヶ月で別れたの?」



 姫子が口元を緩ませて、にやついた顔に変わるなり、俺に哀れむような視線を送り始めた。



「捨てられた? ふ~ん、お兄さん、捨てられたんだぁ。ふ~ん。ひどい元カノだね、その人」



 視線を俺から有紀に移して、勝ち誇ったかのような面持ちになった。



「今、目の前にそのひどい元カノさんがいるんだけど、どんな人なの? ふんふん……ふん……ふん……」



 姫子の表情に段々と陰りが出始め、しまったという表情に段々と移ろっていく。



 古城有紀の境遇を知ったのならば、当然といったところか。



『月くんはミラちゃんと同じで、私の環境が変わっても前と変わらない接し方だったから好きになったの……かも……』



 付き合い始めた頃、どうして俺が好きなんだ? と有紀に訊ねた時にそんな事を言われた記憶がある。



 ミラちゃんというのは尼子美羅の事で、古城有紀と尼子美羅は幼なじみな上、二人の親同士も親友という間柄であるからなのか絆で結ばれているような関係だったりする。



 小さい頃から父親同士がライバル関係にあり、尼子美羅の父親である尼子宗大と有紀の父親とが、尼子美羅の母親となった女性の取り合いをしたのだとか。



 有紀の父親は負けてしまったというのに、その後も親友同士であるのが変わらないのは素直に凄いとは思う。



 それに引き換え、俺は有紀とは小学生の頃に同級生だった程度で、尼子みたいな深い付き合いはなかった。そのためか、その言葉の意味が当時は全く分からなかった。今だと否が応でも分かるのだが……。



「……うん、分かった。ありがとうね、セナ」



 姫子は電話を切ると、目をきゅっと閉じてから、ふうっと深く息を吐き出した。



 意を決したように目をパッと見開き、有紀に勝ち誇ったかのような表情を向けた。



「私は負けませんからね!」



 宣戦布告をしてどうする姫子。



 有紀はそんな姫子の宣言をやんわりと受け止めたのか、愛想笑いなのか判断が付かない笑みを浮かべる。それが有紀の返事だという様子で。



 そんな有紀の笑みは、やはり薄幸さが漂っていた。



 今、有紀がどんな状況に置かれているのかを推し量ることはできない。



 だが、当時は不幸のどん底にあったはずだ。だからなのか、笑みに不幸がにじみ出始めたのは確かだ。



 あれは、小学五年くらいの時だったか。



『尼子宗大が会長を務める尼子グループとの取引で取り返しの付かない発注ミスを行ってしまい、父親の会社が債務超過に陥って倒産した。その直後、精神的なショックからなのか、倒産によって鬱になってしまったのか、父親は自殺をしてしまった。父親が自殺した後、有紀と母親に残されたのは、数千万円にのぼる借金だった』



 そんな話を当時聞いた覚えがある。



 確か、そこまでは事実であったりする。



 その先にはまだ噂の域を出ていない話がある。



 数年前、尼子美羅の親である尼子宗大という尼子グループの会長が古城家の借金を肩代わりしたという。



 親友同士だからと言って、数千万の借金を全額受け持つとは思えないので、ただの噂だと俺は思っている。



 どこの誰だか忘れたが、俺が有紀に捨てられた事を知っている奴がそんな噂話を語って聞かせてくれたのだ。



「ころころと表情が変わって可愛い」



 姫子を子供扱いですか。



 さすが将来をちゃんと考えているだけに心に余裕があるな。



「でも、二人が惹かれ合う理由が分かった気がする」



 有紀は俺の事を横目で流し見て、そうぽつりと呟いた。



 どう分かるというんだ、古城有紀。




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