親
玄関まえでは冷たい風が吹いていて、本当なら肌寒いと感じるだろう。
僕は今、緊張でそれどころではない、何とママへ説明するべきか、未だ決められずただ玄関をうろついている。
(もしかすると、いや、確実にママはバイトの事を聞いてくるはずだ)
(どうやって説明するんだ、妖を相手にしているなんて、しかも自分は遭難してしまった事になっていたし)
(まだ跡が残っていて恥ずかい…)
「ふぅ…」
僕は何時まで考えていても埒が明かないと覚悟を決めてドアを開ける。
ガチャ…
ドアを開けると、温かい風が吹いてきた。
その風に乗ってほんのりとアルコールの匂いがしてきた。
ドタドタドタ!!
と何かが迫ってきて…
「バガァ゙息子ォ゙!!」
とママが飛びついてきた!
「うぁぁ!」
あまりの勢いで僕は尻もちをついてしまった…。
「痛てて…」
「マジでぇ゙…っ…よがっだ…っ…無事でぇ…」
「ごめん…ママ」
「私ぃ゙…っ…アンタぁ゙まで居なぐなっだぁ゙らぁ゙…っ」
「…ごめんなさい」
僕はママを抱きしめる、
僕は…最低だ。
こんなにもママを悲しませてしまった…。
特別になりたかったのに、結局ママを泣かせてしまったら、意味がないじゃないか。
パパと…約束したのに。
「……すぅ…すぅ…」
ママは抱きついたまま寝てしまった。
離れようとしても、強く、強く、抱きしめて離さない。
仕方なく、そのままママを抱えて、ベッドまで連れて行った。
ママは昔ギャルをしていたらしい、今もでは?と、時々思う、そして十八歳の時、僕を産んだんだ、パパとはいわゆるデキ婚と言う奴だ。
パパは芸術オタクで天才だった。
パパはアトリエを持っていて、いつも様々な絵の具の匂いがしていた。
僕はよくそこで遊んでいてパパの邪魔を何回もした。
だから僕は幸せだった。
きっとパパもママもどちらも幸せだったはずだ。
パパが亡くなるまでは。
あれは今から一年前、僕が中学生のころ、パパは癌で亡くなった、
パパは突然倒れた訳じゃ無い、日に日に徐々に元気を失くしていったんだ。
ママの料理を、いつも美味そうに食べていたパパが、ある日、食事を抜いた。
その時は仕事のストレスで胃が荒れているんだ、とパパは言っていたがその後も度々ご飯を抜いていた。
いつしかパパは全くご飯を食べなくなって、アトリエに籠りっきりになった。
流石にママも我慢できずアトリエに突撃した。
そこには…絵の具の匂いに混じった血生臭さが、地面に這いつくばいながらも、指で絵を描くパパの姿があった…。
ママはすぐに救急車をよび、パパを止めようとした。
しかしパパはママの手を払い除け絵を描き続ける。
ママは…泣いていた。
救急車が到着し、パパは運ばれていった。
担架に乗せられてもなお抵抗しようとしているのか、何かを描こうとするように手がかすかに動いていた。
「あぁ……」「うぅ……」
と、意味のある言葉にならないうめき声を上げているだけだった。
担当医が言うには、スキルス胃癌のステージ4らしく、見つかった時にはもう遅いと。
「かかりつけ医の先生から申し送り(診療情報提供書)を受け取りました。」
「……ご本人からは『家族には絶対に伏せておいてほしい』と強く頼まれていたようですね」
担当医はカルテに目を落としたまま、感情の起伏がない声で告げた。
「ですが、こうして倒れて運ばれてきた以上、もう隠し通すことは不可能ですね」
「待って……じゃあ…あの人は…知ってて、うちに隠してたの!?」
「彼なりの…配慮です」
「……何なのよ!!それ!!」
「今は…お辛いでしょうが、病院ではお静かに」
「…っ」
それからどれだけたっただろうか?
ママは椅子に俯いたまま座り暗い顔をしていた。
キィィ
とドアが開き主治医がでてきた。
「……処置が終わりました。お父様は今、ICU(集中治療室)のベッドに移されたところです」
担当医は淡々と手元のカルテを閉じ、僕とママを見下ろした。
「会えるうちに会っておいた方が良いでしょう」
「夫は…助からないんですか…?」
「残念ながら…」
その時のママの顔を僕は一生忘れないだろう。




