9、命より大事なモノ
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淡い月明かりが石畳を照らす夜。
パーティー会場には輝かしい自慢の一張羅で着飾った多くの貴族やセレブ達が集まっている。
その会場で静か異彩を放つ一人の女。
「さてと…」
すらっと伸びた脚のラインがくっきりと目立つ美しい赤いドレスに身を包んだナタリア。
特徴的な耳は長い髪を流して隠し、目元は白銀の仮面で覆われている。フードを被らず、こんなに堂々と外を出歩いたのはこの世界に来て初めの時以来だ。
この姿になってからもう数ヶ月。この無駄に高いヒールを履くのにも慣れたものだ。
しかしマスターの言うとおりドレスを着てきて正解だったな。この会場で、いつものコート姿は流石に目立ちすぎる。
それにしても、渡されたこのドレス。やけに肌の見える部分が多いのは気のせいか?まぁ、動きやすいに越したことは無いし、これはこれで使えるか。
「貰うぞ」
何故マスターがこんなドレスを持っていたのかは気にしないことにして、ナタリアはウェイターからワインを拝借すると、辺りを一通り見て回る。
出口は入り口と同じあそこだけ。至る所に護衛らしき男達が配置されている。
今の所、ターゲットの姿はどこにも見当たらない。
「あのー」
だが目星は付いている。恐らく勇者の居場所は会場奥のVIPルーム。その付近だけには何故か護衛の姿が見当たらない。その不自然さが余計に怪しい。
「あのーー」
他にやることもない。取り敢えず行ってみるか。
「あのーー!!」
目の前に俺の前を塞がるように立つ一人の男に気がつく。
「…邪魔だ」
「いやいや、待ってよ!」
無視して前へ進もうとするが、男は中々俺に道を開けようとはしてくれない。
「君、すっごくかわいいよね。良かったら一緒にお酒でもどうだい?」
「それはどうも。でも、酒なら間に合ってる」
「そんなこと言わないでよ。ね、」
しつこいな。
「ちょっとくらいいいでしょ?ほら、僕の頼みなんだからさ」
男は意味深に自分の付けている仮面を指差す。
「ほう…?」
よく見たら男は金色の仮面を付けている。この舞踏会では、仮面の色はざっくりと二つに分けることができる。所謂貴族やVIPは金色。それ以外の招待客は銀色。
つまりこの男とならあの奥に堂々と入れる。強引に突入する気だったが、丁度良い。ここは利用させてもらおうか。
「まぁ、少しくらいなら、」
「本当に?」
「でも、その代わり少し静かな場所の方がいい」
俺は徐に奥のVIPルームを指差す。
「へぇ〜、見た目通り大胆な子だね。いいよ、君が望むなら」
単純だな。考えてることが顔に書いてあるようだ。
男にエスコートされながら、ナタリアはVIPルームへと足を踏み入れる。
中は会場より薄暗く、なんだか甘い香りがする。いかにもって怪しい雰囲気が漂っている。
「お、また誰か呼んできたのか?」
「ああ。あの人が気にいると思ってな」
あの人?
「ほら座って。お酒もあるから」
男に言われるがまま俺はソファーに腰掛ける。
「ワインでいいかい?」
「ああ」
渡されたのはさっき会場で受け取った物と同じワイン。
しかしエルフの目と嗅覚は誤魔化せない。会場のものと比べて若干色が濁っていて、匂いも微かに違う。大方、何かやらしい薬でも入っているのだろな。
「ほら、飲みなよ?僕も飲むからさ」
男はこれ見よがしにワインを飲む姿を俺に見せつける。
これまたご丁寧に男の飲んでるワインは会場の物と同じ。同じ物を飲んで安心させる作戦なのだろうが、ここまでこれ見よがしでは怪しすぎる。
まぁ、飲むけど。この程度の毒物とアルコール、エルフの体ならあっという間に分解してしまう。
ワインを一気飲みするナタリアの姿にVIPルームにいる男達が湧く。
「君、本当に凄いね〜!!よーし僕も飲んじゃうぞー!!」
陽気に盛り上がるこちらと違って、奥のソファーでは薬を飲んだせいか、様子のおかしい女が項垂れていた姿に目が止まる。
「おーい、大丈夫?」
「だいじょうぶですよーー……」
しどろもどろな返事をする女の様子を見て、横で介抱する男はニヤリと笑う。
「もう酔い過ぎだってば」
「よってませんよー、でもね、なんかからだがふわふわするーー!!」
「しょうがないな〜。もうちょっと静かなところでゆっくりしようか」
男は女をソファーから抱き抱え移動しようとする。
どいつもこいつも、やってることが単純過ぎる。この手の金持ちのボンボンはどの世界も似たようなものだ。見ているだけで虫唾が走る。
それにしても、VIPルームに来たは良いが、肝心の勇者の姿は見当たらない。
てっきりここで派手に騒いでるとたかを括っていたのだが、俺の勘は外れたらしい。
「じゃあ君も僕と一緒に、」
「その前におかわり」
「え?でもさ、そんなものより」
「おかわり」
「う、うん。喜んで」
かといって他に当ては無いし、これ以上無断に時間を消費するのもごめんだ。こうなったらいつも通り、素直に聞くしかないか。
するとナタリアは汲まれたワインを一口も飲まず、奥の男にワインをぶっかける。
「うわっ!汚ねぇ!!」
男は思わずそっちに意識が向き、女をソファーに落とす。
ちょっとの衝撃でも女が気づくことなく、そのまま静かにいびきをかきながら寝てしまう。
「ちょっと君、何してんの!?」
「スミマセン、ツイテガスベッテ」
「はぁ!?」
まるで一昔前の機械音声。現代技術ならAIでももっと感情を込められるだろう。
「このスーツ、今日の為に用意した特別品なんだよ。それがこんなに汚れちまって、どうやって責任取ってくれるんだ?」
「……」
本当に単純だ。くだらない。
「待てよ。この女は俺の獲物だ。邪魔するなよ!」
「知るか。お前はあっちの女とでも楽しんでろ」
「え〜俺はこの子の方が好みなんだけどな」
どいつもこいつもお盛んだね。たまには違う趣味でも見つけろよ。
「そんな怖い目をするな。どうせお前も、直ぐにあっちの女みたいに何もできなくなる」
「……」
すると男は俺の頬を優しく摩る。
「どうだ?そろそろ気持ち良くなってきた頃だろ?」
「生憎、毒物は効かない体質でね」
「は?」
ナタリアは肩までの金髪を揺らしながら、一歩近づく。気づいた時には男の右手は既にナタリアの両手に絡め取られている。
「なっ、」
くるりとナタリアは体を半回転させると、男の腕を自分の肩に乗せるようにして引き込み、腰を落とす。
ぐいっと関節の向きとは逆方向へ確実に折り曲げられた。
「ぐあぁぁ!!…」
勢いと衝撃で男の膝が崩れ落ちる。
ナタリアはそのまま体勢を崩さず、腕を固定したまま男の背中へ回り込み、手首を押さえ、更に角度を深くしていく。基本に忠実で典型的な関節技。しかし、幾つものの実戦によって磨き上げられたその技は正に必殺技。逃げようと力めば力むほど、男の関節に負荷がかかる。
「お、おい!!」
「動くな」
男を制圧する女の声は慌てる男達と違ってやけに落ち着いていた。
「勇者の居場所を教えろ」
「ゆ、勇者?…知るかよそんなの」
「そうか」
ナタリアはほんのわずか、腕を締める。
ミシッとした音が響き、関節が悲鳴を上げた。
「ぐあぁぁ!!」
「殺しはしないから安心しろ。だが、殺さない程度に痛めつけるのは俺の得意分野だ」
更に厳しく、腕を絞めていく。
「ま、待ってくれ!」
響き渡る男の悲鳴。それを見ていた男が先に音をあげた。
「言う。言うからそこまでにしてやってくれ!」
「おい、何勝手なこと言ってる!ぐっ、」
「でもこのままじゃ、」
「だからって俺達があの人を裏切れるわけないだろ!いいからお前は黙って、ぐあぁぁぁ!!」
男はどんなに悲鳴をあげても口を割る様子はない。ああ見えても案外根性だけはあるらしい。
「早く答えろ。折るぞ」
「好きにしろよ。俺は何をされても口を割らない!!」
「……もういい」
ナタリアはうんざりした様子で男達から手を離す。
勇者に対しての異常な執着ぶり。ここまでされて口を割らないということは、よっぽど信頼しているのか、それとも口を割らないように何か施されているのか。
「少しやり方が甘かったかもな…」
「なに?」
目に付いた空き瓶をテーブルの端で割ると、その破片を持って男に突きつける。
「少し厳しくいかせてもらう」
「やっぱり殺すのか…?」
「いいや。お前らにとってこっちの方が殺されるより辛いだろ」
破片は首元では無く、男の局部に向く。
「は……」
「な、何をするつもりだ!?」
「女に言わせるな」
ナタリアは顔色一つ変えず、破片をその手で握りしめる。流れる血は破片に伝って、男の局部付近に垂れる。
「マジかよ……コイツ、どうかしてる……!」
握りしめられた破片は勢いよく振り上げられ、局部に迫る。
「うわぁぁぁぁ!!!」
男は何も出来ず、言葉にもならない程の絶叫をあげる事しかできなかった。
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