8、表裏二刀流
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マスターは表の看板をしまい、代わりに〈closed〉と書かれた看板を掲げる。
店内に戻ってくると、自分の分の酒を酌み俺の前にやってくる。
「もう客は来ない。いい加減、その暑苦しそうなフードを取ったらどうなんだ?」
「…それもそうだな」
するとナタリアはなんの躊躇いも無く、被っていたフードを脱いだ。
「相変わらずキレイな髪色だな。眩しいくらいだ」
「ただの地毛だ」
「分かってるよ。こんなに輝かしい金髪はエルフならではだからな」
マスターはこの世界でも俺がエルフだということを知っている数少ない人物だ。尚、本当の俺の正体については何も知らない。
小洒落たバーのマスターは表の顔。真の姿は殺しの依頼の斡旋から、情報や武器の売買まで行う、いわば何でも屋だ。表から裏まで、マスターに知らないものは無いらしい。
俺はそうして、マスターから殺しの依頼を受けて仕事をしている。因みに手数料は報酬の約三割。まぁ、妥当だな。
「これ、例の依頼の分だ」
「毎度。じゃあ俺からは領収書のお返しだ」
ナタリアは受け取った領収書を早速くしゃくしゃに丸めると、カウンター奥のゴミ箱に投げ捨てる。
「また何か仕事が会ったら言ってくれ」
「勿論だとも。なんてたってアンタはウチの専属だからな」
「専属になった覚えはない」
「そうかっかするな。ちょっとした冗談みたいなもんだろ」
「怒ってない。しかし、マスターもその見た目で冗談とか言うんだな」
さっきまでの寡黙さも二人きりになった途端、口数が多くなりフランクに接してくる。こっちの方がイキイキしているように感じるのは気のせいだろうか。
「エルフのくせに酒やタバコを嗜む奴の方が俺にはよっぽど冗談に見えるがな」
「他のエルフのことは知らん。俺が好きなだけだ」
「分かってるよ。好きじゃなきゃこんな強い酒も、それだけの数のタバコを吸ったりなんかしない」
気づけば空っぽだった灰皿には吸い殻の山ができていた。
「エルフの体は、酒もタバコも全く効いてる気がしなくてな、つい量も数も多くなっちまう」
「だけど程々にしておけよ。それで体を壊して使えなくなっちまったら、数少ないウチの貴重な戦力を失っちまう」
「安心しろ。受けた依頼を終えるまでは死んでも死ぬ気はない」
「それは心強い」
吸っていたタバコを灰皿に捨てると、持っていた拳銃を取り出す。
「いつものを頼む」
「あいよ」
マスターはカウンター隣に置いてある砂時計を逆さまに回転させる。
すると歯車が回る音と共に、酒やグラスが並んだ後ろの棚も回転する。
回転して現れた棚には幾つものの銃火器が並び、美しく飾られている。
マスターはそこから小棚を開け、銃弾を取り出して俺に渡す。
「俺の貴重なコレクションだ。幾らでも数があるわけじゃない。少しは大事に使ってくれ」
「分かってる」
異世界では存在しないと思われていた銃。確かにこの世界で銃は作られていない。しかし、この世界の数多ダンジョンと呼ばれる遺跡の中には、どういうわけか別世界からの過去の遺物が眠っているらしい。
その遺跡の中で手に入る遺物の一つが銃だ。
前にも言った通り、魔法が当たり前に存在するこの世界では銃の価値はガラクタ同然で皆無に等しい。そんな武器など頼らずとも人を殺せる力がこの世界には無数に存在するからだ。この世界の人間がその気になれば手から炎を出したり、目からビームを出すことだって難しいことじゃない。そんな人間からしたら銃などおもちゃのようなものだ。
だが、どこの世界ににも変わり者はいる。
この世界では、大変珍しい銃の形やその不自由な利便性を気に入ったマニアが、高額で売買を行なっているのだ。
これらの銃や弾丸などは全てマスターのコレクション。それを俺がマスターからこうして言い値で譲り受けているというわけ。
「この前のコルトパイソン。それに例の魔弾も悪くなかった」
「そりゃ良かった。因みに使った魔弾は何発だ?」
「一発」
「なんだ、たった一発か。個人的にはバカスカ使ってくれる方が嬉しいんだがな」
俺が使った魔弾は過去の遺物では無く、マスターが趣味で作った自作品。遺跡で手に入ったマグナムをモンスターの素材と組み合わせして改造しているらしい。
前に方法をザッと教えてもらったことがあるが、俺にはよく分からなかった。
「必要なら使うさ。だが、一発の値段がバカにならないのに無駄に撃つほど俺もバカじゃない」
詳しい値段はここでは伏せるが、魔弾一発の値段はさっきの依頼の報酬役十件分。一応、ヴェノムカズラの魔弾の他にも数種類の魔弾のストックを持っているが、数は乏しく俺の切り札のようなものだ。
「でも、使ったら買ってくれるんだろ?」
「いざという時、無いと困るんでな」
そういうと予め用意していた金の入った小包を渡し、魔弾を受け取る。
「そういえば、もう噂になってるぞ。鮮血の妖精〈ブラッディーフェアリー〉がまた勇者を殺したってな」
「そうか」
随分と早いな。それだけ俺の名も広がってきてしまったということか。
「これで四人目か。この調子だったら本当に全員殺せちまうかもな」
「意地でも全員殺すつもりだ」
「どうしてそこまで勇者殺しに拘る?」
理由は簡単。それが仕事だから。しかし、女神に依頼されたからだと言ったところで、信じて貰えるわけも無いし、信じて貰おうとも思わない。黙っておくのが利口だな。
「だんまりか……まぁいい。でも気を付けろよ」
「それは相手が勇者だからか?」
「当然だろ。今や勇者はこの国にとって、一人を除いては戦争を見事勝利に導いた英雄だ。この世界で勇者以上に影響力を持ってる奴なんていない。誰も勇者には頭が上がらないのさ。近々王の娘と勇者の一人が婚約するって噂もあるくらいだからな」
結婚か。目立てばそれだけ殺せる機会が増える。そうなれば俺にとっては好都合だな。
「その話、詳しい情報が入ったらまた教えてくれ」
「これだけ言っても考えは変わらずか。やっぱり鮮血の妖精〈ブラッディフェアリー〉は陰の英雄だな」
「英雄?俺はそんな大層なものじゃない」
「謙遜するな。裏でお前のことをそう呼んでる奴も最近増えてきてる。世間的に鮮血の妖精〈ブラッディフェアリー〉は勇者殺しの悪い奴だが、案外勇者が殺されて喜んでる奴らも少なくないってことだ」
ただの殺し屋が英雄か。物はいいよう。どこも変わらないな。
「それこそ、お前がこの前殺した剛力も勇者だなんて言うが、やってることはそこら辺にいるただのチンピラと変わらない。脅迫、恐喝、暴力で弱者から金を巻き上げてはその殆どをクラブで溶かしてたらしい」
「あながち、理想の鍛えた肉体を手に入れてモテるとでも勘違いしたんだろ。ただのバカだ」
「言うね。まぁ、店の子の話じゃ金払いこそ良かったけど、女の扱い方はまるでど素人だったって話だ。要するに身の丈以上の力を手に入れて、ちょっと調子に乗り過ぎたんだな」
このような勇者の悪い噂は何も剛力〈マッスル〉だけに限った話ではない。内容は違えど、勇者其々に同じような悪い噂が飛び交っているらしい。
中にはそんな噂を全く聞かない珍しい勇者もいるらしいが、俺もよくは知らない。
「死んだ奴のことはもういい。それより聞きたいのは他の勇者の情報だ。何かないのか?」
「せっかちなアンタのことだからな、そう言うだろうと思って調べておいた。はらよ、サービスだ」
マスターは一枚のチケットを俺に渡す。
「これは?」
「明日、屋敷で行われる仮面舞踏会の入場チケットだ。因みにその主催者は前にも話した魅了〈ファッシネイト〉の勇者様だぞ」
「確か生粋の人たらしだとか言ってたな」
「人たらしなんてもんじゃない。勇者の妙な力で骨抜きにされた女は数知れず。しかも全員決まって消息不明ときた」
寵愛の勇者。どいつもこいつも似たような趣味をしている。
「噂じゃ勇者が骨抜きにした女達は臓器売買なり奴隷商やらに売られてるんじゃないかって話だ」
「それを知ってるってことは、実はマスターも関わってたりしてな」
マスターだって裏社会の人間だ。関わっていたって不思議ではない。
「冗談でもやめろ。裏の仕事をしてる俺が言えた台詞じゃないのは分かってるが、俺をそんなつまらない金稼ぎで飯を食ってる奴らと一緒にしないでほしい。やっていいことと悪いことの区別くらいはできるんだよ」
急に口数が多くなり早口になった。よっぽど勇者と一緒にされたことが気に障ったらしい。
「……とにかく、勇者の居場所が分かればそれでいい。これは有り難く使わせて貰うぞ」
「そうしろ。俺にとってもソイツらみたいなのがいなくなるのは願ったり叶ったりだ」
俺は微かに残っていた酒を一気に飲み干すと、お代を置いて席を立つ。
「じゃあ、今日はこれで失礼する」
「待てよ」
するとマスターが徐に俺を止める。
「念の為一応聞いておくぞ。まさかとは思うが、明日の仮面舞踏会にもその派手なコート姿で行くなんて言わないよな…?」
「何か問題でもあるのか?」
「大アリだ。仕方ない。だったらそんなお前の為に良いものを貸してやるよ」
「は?……」
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