62、一瞬の隙
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「この分からずや…」
タクマは怯むことなく一発の拳を突き出す。放たれた銃弾はその一撃によって粉々に砕け散った。聖剣アフロディアンによってタクマの身体能力は極限まで高められていた。
――この程度なら聖剣を抜くまでもないってことか。
「…勝った気になるな。こっからだ」
ナタリアを気合いを入れるように髪をかきあげる。そして銃声が続けざまに響く。破裂音と同時に放たれた銃弾は、唯一装備が薄い勇者の脳天へと一直線に向かっていく。
「無駄です」
それでもタクマは腰に差した聖剣へ手を伸ばそうとはしない。
一発目は身体を僅かに傾けて避けると、二発目はわざと籠手に当てて軌道から外し、三発目を地面へ叩き落としそれをスカした。
「簡単にかわしやがって…」
「こんな戦い、すぐに終わらせてやる!」
間髪入れずにタクマが駆ける。ナタリアにとって有利だった間合いも一瞬で詰められてしまう。
「ッ……!」
このまま後退しても、再び距離を詰められてしまうだけ。ならば、こちらも前へ攻める。
「付き合ってやるよ」
ナタリアは距離を取ることを諦め、近接戦へと持ち込む。ベレッタを逆手に持ち替えると、銃床で勇者の頭をを狙って勢いよく振り抜く。しかし勇者は余裕の様子で首を傾けそれをかわすと、ナタリアの手首へと掌底を打ち込む。
「ぐっ…!」
腕に痺れが走る。だが関係ない。それでもナタリアは銃を離さない。寧ろ、勢いのままに捨て身で身体を回転させると、肘打ちと同時にベレッタを横薙ぎに振り払う。
ナタリアの意思に共鳴するようにベレッタの銃身が鈍く光る。タクマはそれを瞬時に左腕で受け流すと、空いた右拳を全力で突き出す。
「はぁぁっ!!」
ナタリアは咄嗟にベレッタを盾代わりに使い、衝撃を和らげる。
「浅いか……!?」
拳はスライド部分へめり込み、銃身を大きくひしゃげた。
「ありがとよ……!」
自らを犠牲に身を守ってくれたベレッタに感謝を告げると、ベレッタをタクマに投げつける。
全力ストレート。ベレッタが至近距離でタクマの顔面に直撃したことでほんの一瞬気を逸らすことに成功した。
「ほらよ!」
その隙に、ナタリアはタクマを蹴り上げるようにして飛び上がると、栓を抜いた手榴弾を投げつける。すぐに爆発が起こると、その爆風を利用するようにして後方へと退がる。
「おい、そんなものか?あの時の勢いはどうした!」
さっきの一撃で死ぬようなら、世話は無い。が、それで死ぬような奴じゃないことは俺がよく知っている。
「…もうやめてください」
爆炎の中から無傷のまま、表情一つ変えずその姿を表した。
「あの時と今とは違う。これはアナタを止めるための戦いだ。今の僕にアナタを殺す意思はない!」
「心配するな。俺がその気にさせてやる」
ナタリアは目眩しがわりに、着ていた真っ赤なコートを投げつけ、数秒の間だが視界を塞いだ。
「これならどうだ!」
ベレッタの代わりに構えられたショットガンが火を吹いた。爆裂魔法が込められた専用のスラッグ魔弾が直撃すると、強靭な勇者の鎧の一部を破壊した。
「!……」
「へっ、やっとかよ……」
僅かだがタクマの表情に変化が見えた。ようやく感じた確かな手応え。
相手に考える間を与えさせないよう、直ぐにリロードすると、二発目、三発目と次々と追い打ちをかけていく。
「だから、無駄だって言ってるでしょ!」
砕ける鎧。傷つく体。それでも臆することなく、爆炎を一身に受けながら、ナタリアめがけて一心不乱に突き進む。
「このバケモノが……」
ナタリアの首根っこを捕まえると、力づくで宙に浮かし、地面に叩きつける。
「ぐはっ…!」
とてつもない速度と衝撃の前に受け身など無意味だった。それもそうだ。魔王やバハムートと渡り合えるような力を持った奴が普通なわけが無いのだ。
「これが、本当の勇者の、力ってやつか……」
圧倒したタクマは馬乗りになってナタリアを力で拘束する。
「もう勝負はついた。降参してください!」
「……プッ!」
タクマの顔面に唾を吐きかける。ナタリアは憎ったらしい顔でほくそ笑んだ。
「……もう結果は見えてるんです。いい加減諦めてください」
吐きかけられた唾も気にせずタクマは懲りずに説得を続ける。しかし、タクマの言葉はナタリアには全く届かない。
「勝ちたいならさっさと殺せ……。どちらかが死なない限り勝負は終わらない」
「これ以上は無駄だと言っているんだ!それが何故わからない!」
タクマは勝利を確信し、ナタリアは敗北を決して認めようとはしなかった。
だから気づかなかった。
二人は余りにも戦いに夢中になっていたことで、その時まで忘れていたのだ。これまでの度重なる衝撃によって既に衣服がボロボロになっていたことを。
ボロン。
「…ふぁっ!!」
ダメージによって服がはだけ、見えていた下着。誰かの悪戯か、その下着のホックが外れたことで、胸がポロリと露わになってしまったことで、タクマは思わず視線を逸らしてしまう。
これぞまさにラッキースケベ。これは正しくナタリアにとって最大のチャンスだった。
「…おっぱい見たくらいで油断してんじゃないわよ!!」
隠し持っていたコルトパイソンから放たれた魔弾が肩を貫き、僅かに力が抜けたタイミングを狙って一気に姿勢を崩す。
「しゃあぁぁぁぁっ!!」
立ち上がったナタリアは、柄にもなく、感情を剥き出しにし、雄叫びを上げながら側頭部を蹴り上げる。
「ぐっ…」
その勢いのまま腹部を思いっきり蹴りつけ、タクマを蹴り飛ばした。
「…悔しかったら本気を出してみなさいよ。この童貞が」
無我夢中。今ので完全にスイッチが入ったナタリアは、自らが男であることも忘れ、ナタリアとしての本能に従っていた。
「誰が、童貞ですか……バカらしい……」
「その反応が童貞だって言ってんのよ」
ここまでして、ようやく、ボス戦か……。
「だから俺は…童貞じゃないって言ってるでしょ!!」
ムキになればなるほどそれを認めているようなもの。タクマを本気にさせた理由は実にシンプルなものだった。
「もう遠慮はしない……そっちがその気だって言うのなら、俺がこの手で、殺してでも止めてやる!」
満を持して抜かれた聖剣。溢れ出る殺気、凄まじいオーラのようなものが目に見えるようだ。
「そうこなくっちゃね」
ポーションの蓋を口で開けると、喉の音を鳴らしながら一気に飲み干す。ボロボロになった服までは治らないが、受けた傷は完全に塞がり、痺れも感じなくなった。
「さてと、」
魔法鞄から予備の赤いコートを取り出し、丸出し状態だった胸元を隠す。
「サービスショットはこの辺にして、」
更に取り出した魔弾を宙に放り投げる。一度はバラバラに散った魔弾だったが、吸い込まれるように空になったコルトパイソンの弾倉に込められていく。
「始めましょうか。本当の殺し合いを」
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