57、ルーティーン
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身を忍ばせ、その傷を庇いながら、マスターのいるバーに向かうナタリア。
「どうしてあんな約束しちゃったかな……」
俺は今更になってあの時のことを若干後悔している。大きな傷は塞がり、体もそこそこ動けるまでには回復した。しかし、頭はいつものように回らないし、動かす度に体のどこかに痛みが走る。お世辞にも全快とはいえないこの条件で、アイツとどこまで渡り合えるのか……。
「…やめた。変なこと考えるのは無しだ」
とにかく今は準備が最優先。前を向くしかない。自分にそう言い聞かせるように、喝を入れ、早足で進んでいく。
以前のバハムート戦で持っている弾の殆どを使い切ってしまった。これでは勝てる勝負も勝てやしない。これが最後の戦いだ。その為にも準備は念入りに行わなくては。
なんとか人影を避けて、無事バーにまで辿り着いたナタリア。いつもと距離はたいして変わらない筈なのに、今日は妙に遠く感じた。これも騒動をきっかけにして警備や懸賞金狙いの輩が増えたのが原因だろう。
念の為周囲に目を配り、何もないことを確認すると、バーの中に入っていく。中はいつも通りの薄明るい照明がぼんやりと照らしていた。
「…やっと来たか」
「世話をかけてすまない、マスター」
「気にすんな。それより体の調子はどうなんだ?」
「問題ない。と、言いたいところだが、正直完全じゃない」
「あれだけの傷だ。高級ポーションや治癒魔法で、傷は塞がっても、心身に受けたダメージまでを完全に回復することはできない。体が悲鳴を上げていたって不思議じゃない」
ここに来て、今まで無理をしてきたツケが回ってきた気がする。回復が遅れているのは酒やタバコといった不摂生な生活も原因だとしたら、自業自得だな。
「そういえばアルレイシャはどこだ?」
「さあな。昨日は来てたんだが、今日はまだ来ていない」
「そうか…」
「相棒のことが心配か?」
「相棒じゃない。ただ…」
「ただ?」
「…アイツの回復魔法が無ければ、俺の体はここまで再生していない。その礼を言おうと思っただけだ」
「意外と素直だね、鮮血の妖精〈ブラッディフェアリー〉は」
そう笑いながら、マスターはいつものようにグラスに酒を汲むと俺に渡す。
「…いや、今日は遠慮しておく」
正直、喉から手が出るほど飲みたい。しかし、追われている身である俺に、そんな悠長な時間を過ごしている暇は無い。悲しいが、我慢するしか無い。
「いいから飲めよ。今日はサービスでいい」
「だが、」
「らしくないな」
「仕方ないだろ。こんな状況だ…」
「こんな状況だから飲むんだろ。アンタにとって酒は活力で、原動力だろ」
すると、マスターは俺がいつも吸っているタバコと同じ銘柄のタバコをテーブルを滑らせ、目の前で止まらせる。
「ここで色々な客が酒を呑んできたが、これをつまみのようにするのは、アンタくらいだよ」
「そうだな。これさえあれば、俺は失敗しない」
そういうとナタリアは割り切って、いつもの席に座る。酒を一口飲んでは、タバコの煙をつまみにもう一口。
俺はいつの間にか焦らなくていいのに焦っていた。こんな時だかからこそ、いつものようにいるべきだと、改めてマスターに気付かされた。焦るのと急ぐのとでは別の話。猶予は無いが、時間が無くなったわけじゃない。
「ようやく元の顔に戻ったな。それでこそ勇者殺しの鮮血の妖精〈ブラッディフェアリー〉だ!」
「お陰で今日も勝てそうだ」
「アンタに死なれちゃ困るんだよ。俺もアルレイシャもよ」
ジリリリリ!!!
その時、聞きなれない音が店中に響き渡る。
「なんだこの音は…?」
それはまるで昔懐かしい目覚まし時計のアラームのようだった。マスターはテーブル裏のスイッチを押すと、音がピタリと鳴り止んだ。
「悪いな。どうやらあちらさんはアンタをゆっくりさせるつもりはないみたいだ」
「まさか…」
「そのまさかだ。店の周辺に貼ってあったセキュリティ用の結界魔法が作動した」
「一応聞くが客の可能性は?」
「それは無い。この魔法は近づく人の敵意や悪意に反応するようになってるからな」
「なるほど。それは便利だ」
ここまでの道中に付けられていたのか。俺としたことが、なんてザマだ。
「モタモタしてる時間はない。お代はツケといてやるからこれを持って裏口から出ろ。こんなこともあろうかとバシリッサを待機させてある」
「だが、そんなことをしてマスターは大丈夫なのか?」
「人の心配してる場合か。まぁ、こっちはなんとかなる。いいから行ってこい」
マスターは予め用意していた弾丸一式と裏口の鍵を渡す。
「必ず、戻って来いよ」
金の心配か、それとも他の心配か。にしても今日はよく約束をする日だな……。
ナタリアは勿体無さげに残っていた酒を飲み干す。
「今まで一番高い酒を用意しておいてくれ。そうすれば俺も戻ってきたくなる」
「…あいよ」
ナタリアは弾丸一式と裏口の鍵を受け取り、店の裏口へと急ぐ。
「相変わらず素直じゃないんだからよ……」
鍵のかかっていた店の扉が突き破られ、大勢の兵士達が流れ込んでくる。
「悪いが今日は臨時休業だ。帰ってくれ」
「ここに鮮血の妖精〈ブラッディフェアリー〉が潜伏しているとの情報が入った。中を調べさせてもらうぞ」
ズカズカと店の中に入ってくる兵士達に嫌悪感丸出しで、前に立ち塞がる。
「やれやれ、相変わらず強引だな。アンタ達は…」
「そこを退け。逆らえばお前も同罪だぞ」
「何を誤解してるか知らないが、ウチは常連さんを大事にするのがモットーな普通の健全店だ。やましいことなんて何一つありやしない」
「だったら協力できるよな?」
「勿論。だけど、頼み事をする態度にしてはちょっと高圧的だよな…。そういう態度をとられると、ついつい俺みたいな善良な市民はヘソを曲げちまう」
ポケットの中に隠し持っていたスイッチを起動すると、中の照明が消え、店内は暗闇に包まれる。店内がザワザワと騒がしくなる中、一人の兵士が冷静に目の前にいる筈のマスターに剣を突きつける。
「そこを動くな!」
数秒後、再び照明に灯りが灯される。
「…それはこっちのセリフだ」
剣を突きつけられたマスター。しかしマスターは何故か巨大なガトリング砲を軽々と抱えていた。
「それは…!貴様、なんのつもりだ…」
「壊した扉の修繕費。それを払って大人しく帰るって言うなら見逃してやる」
「ふざけるな!そんな脅しに屈するものか!!」
「そうかい。なら、店の改築費用も追加だな。…覚悟しやがれ!!」
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