55、9人目…
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「…クイーンズ・パニッシュメント」
《…ラジャー!!》
ナタリアの呼びかけに答えるよう、次の瞬間、前輪が左右へ展開し、装甲が連鎖的にスライドする。後輪が火花を散らしながら跳ね上がり、内部から巨大な砲身が姿を現した。更に変形は進み、幾重ものロック音が心地よく重なりあい、すべての機構が噛み合ったことを知らせた。
「ほう、バイクが大砲に変形か。実に異世界らしい奥の手じゃないか」
「うーわ、何これ……!?」
「名付けて、バイクキャノンといったところかな」
「…よく分からないけど、ダサい」
《ナタリア、それには私も反対です》
知ってるよ。俺にネーミングセンスがないことくらい、とっくの昔にな。
「名前なんかどうでもいいんだよ…」
落ち込んでいる暇はない。鍛えたエルフの体でも相当な重量のあるバイクキャノンは両手でなんとか持ち上げるのがやっとだ。しかもそれを保持しながら、狙いを定めるとなればそう簡単ではない。
「…的は大きい。とにかく当たればそれでいい」
《ターゲットロックオン》
グリップをしっかりと握り、バハムートを照準に入れ、固定すると、バシリッサは素早く次の段階に移行する。
《チャージを開始します》
内部の魔石が共鳴するように輝き、バシリッサに循環するエネルギーが少しずつ砲身に集まっていく。
「聞いたな?」
「聞こえた」
「それなら分かるよな?」
「…ったく、いちいち言わせないでよ。だって私は、相棒なんだから!!」
アルレイシャは気合い十分、一気に飛び出した。
「ギャオオッ!!」
飛び出すアルレイシャに目掛けて放たれる幾つものの火球。先程のナタリアの時と違って、今のバハムートは完全に調子に乗っていて、余裕をこいている。
「私にはこれで十分だって?…舐めないでよね!!」
怒りは時に力に変わる。一段とギアを上げたアルレイシャは、何重にも襲いかかる火球を斬り払いながら、前へと進んでいく。
「魔法は使えなくたって、私には剣術がある。ま、独学だけどさ!」
思いっきり跳躍したアルレイシャはバハムートの背に飛び移った。
「見せてやる、私の剣術……うわっ!!」
「グオオオオ!!」
バハムートは背にいる邪魔虫を振り払おうと体を震わせながら飛び上がった。
「いい所だったのに、だから、動くなって…!!」
アルレイシャも振り落とされないよう必死になって掴みつく。
《チャージ進行率30%》
まだその程度か……。
「照準がズレればズレるほどチャージが遅れるのか。アルレイシャ、ドラゴンに空を飛ばさせるな!」
「そんなこと言われたってさ……っ!」
更にバハムートの動きは激しくなっていく。
「翼だ!片翼でいい、翼を失えば奴も空を飛べない筈だ」
「この状況で、簡単に言うんだからさ……」
「とにかく翼を斬り落として奴を地面に叩きつけろ!!」
「…分かったわよ。やってやる!」
アルレイシャは必死にしがみつきながら、少しずつ左翼の付け根辺りを目指しながら進んでいく。
《チャージ進行率50%》
「……グオオオオ!」
「そこまでドラゴンもバカじゃないか……!」
バハムートもナタリア達の怪しい行動に気づき、こちらに向かってゆっくりと襲いかかってくる。ここから移動しようにも変形したバシリッサを抱えてでは走ることすらままならない。
こうなれば俺がやるべきことは一つだけ。答えは実にシンプルで明らかだ。腹を括り、ここから一歩も動かず、アルレイシャを信じ、照準を合わせ続ける。それだけだ。
「…バシリッサ、覚悟しておけ。俺達の運命はアルレイシャに託す」
《それなら既に。この状況を打開する為には彼女を信じるのが最善だとワタシも考えていたので》
「やっぱ俺達、気が合うな」
《ですね。チャージを続けます》
迫り来るバハムートを目の前にしても、ナタリア達は決して背を向けようとはしなかった。向けているのはアルレイシャへの信頼の気持ちと、バハムートに対しての確かな殺気だけだ。
「……よし、ここまで来れば!」
グラグラと揺れるバハムートの背の上で、アルレイシャはその優れた体幹を活かして立ち上がる。
「既にここは私の間合い……恐れるな、前を見るのよ」
ここからだと相棒の姿がよく見える。さっきはあんなに威勢よく啖呵を切っくせに、いざとなると不安になってきた。
「いや、せっかく相棒が信じてくれたんだもの。その期待に応えられなくちゃ、相棒失格よね…」
刀を握るその手にも力が入る。やらなきゃならない。その熱い気持ちがアルレイシャに迷いを捨てさせた。
「今こそ私の見せ場。絶対に斬り落としてみせる!」
剣術でチンピラは殺せても、モンスターが殺せるとは限らない。しかも私の魔法は一日一回しか使えないから、それ以降は自分の力に頼るしかない。そうなれば私がモンスターを倒せる可能性は一気に低くなる。それがドラゴン相手とならば絶望的だ。事実、傷一つ付けることはできなかった。
《チャージ進行率70%》
だけど、そういう時のために私はずっと一人寂しく特訓を続けながら技を磨いてきた。
そして完成したのよ。魔法に頼らずモンスターを殺せる、私が考えたとっておきの必殺技が。
《チャージ進行率80%》
「これが私の本気よ!」
アルレイシャは付けていたペンダントを引きちぎると、真の姿が露わになり隠していた兎耳が飛び出した。その目は血走り、血液が沸騰するように体が熱くなる。
「奥義――抜兎超閃〈ウサギトビ〉!」
抜群の跳躍力と共に繰り出された鋭利な斬撃は巨大な翼を見事に一刀両断、斬り飛ばした。
「グオオオオォォ……!?」
片翼を失ったバハムートはバランスを崩し、地面に追突する。
「はぁ、はぁ……後は頼んだわよ相棒」
もう立っていられない程に足は攣り、体の至る所が悲鳴を上げている。アルレイシャは息を切らしながらも最後の希望を繋いのだ。
「信じてたぜ…相棒」
《チャージ進行率100%》
「いっけええええ!!」
ロックが解除され、軽くなった引き金を力一杯奥まで引ききる。
「死ね」
「グオオオオ!!」
バシリッサのエネルギーを一発に集約した波動砲は、バハムートが放った火炎のブレスすら飲み込み、その体を貫き焼き尽くした。バハムートの体にはぽっかりと風穴が空き、その周りを白炎が燃えている。
「バシリッサ……?」
《ターゲットの生命反応を確認はできませんでした》
「それってつまり、」
《ターゲット、バハムートの死亡を認めます。私達の勝利です!》
「ふぅ……」
――よっしゃぁぁぁ!!
と、心の中で叫ぶくらい、珍しく俺は興奮していた。
こんなにも達成感を感じたのはいつぶりだろうか。前がいつだったのか、もう思い出せないくらい昔のことだ。これで俺も晴れて、正真正銘の伝説の殺し屋か……。別に伝説だとかの異名に拘るつもりはない。しかし今日くらいは誇らせてくれ。だってドラゴンをこの手で倒したのだから。
「やったね相棒!…」
「お陰様でな」
《ワタシもツカレマシタ……》
互いにもうヘトヘトだ。俺は立っているのがなんとかやっとなくらいだし、アルレイシャはもう地面に大の字で倒れたまま。バシリッサも魔石のエネルギーを殆ど使い果たし為か、喋り口調もいつもより片言みたいだし、再変形する力も残っていない。
「…そういえばさ、さっき私のこと相棒って呼ばなかった?」
「全然。気のせいだろ…」
「いや、呼んだわよ!だって私聞いたもん!」
「呼んでない」
「そんな照れなくてもいいじゃんよ〜だって私達、」
「………」
「相棒なんだから!!」
ナタリアが言わないと分かると、いつもより声を大にして叫んだ。
やれやれ、体は全く動けないというのに口だけは相変わらず元気だな。まぁ、でも……。
「ありがとよ…」
「え、」
アルレイシャ思わず首の痛みも忘れてナタリアの方に振り向く。
「今、なんて言った?…」
「お前やバシリッサがいなければ、コイツは殺せなかった…だから……ありがとう」
「相棒が、私にお礼を言うなんて……!!これはもう真の相棒になったも同然ね!」
「それは違う」
間髪入れずにキッパリと否定するナタリアのいつもの様子に、それはそれでアルレイシャもなんだか嬉しそうだ。
「!!」
バハムートは倒され、これで全てが終わった。
ここにいる誰もがそう確信していた。
ナタリアの体に幾つものの風穴が空き、鮮血が飛び散る姿を見るまでは。
「ぐはっ……」
自らが作った血の海にナタリアは体を埋めた。
至る所からダラダラと血が流れるこの感覚。痛いとか苦しいとか、そんなもんじゃない。自身の身に何が起こったのか、それを知る由は無い。しかし一つはっきりしてるのは、バハムートが生きて蘇ったという衝撃の事実だけ。
「相棒!!」
《ナタリア!!》
アルレイシャやバシリッサの声が聞こえる。だが、それに返事をする元気は残ってない。
「どうして…バハムートは死んだんじゃないの!?」
《あり得ない。ターゲットの生命反応が復活。いえ、以前より遥かに強化されています》
死にものぐるいで繋いだ希望もその姿を前に全ては水の泡。波動砲によって貫かれた傷跡は再生によって塞がれ、その体自体も黒く禍々しい姿に変化している。全身を覆っていた鱗は全て剥がれ落ち、切り落とされた左翼は漆黒の新たな翼へと姿を変えて再生した。
「死から蘇った?…まさかこれが奴の本当の姿だとでもいうわけ!?」
これはもうバハムートであってバハムートではない。種を超えた新たな生命体へと進化を遂げたのだ。
「グガァァァァァ!!」
絶叫がこの世界に生きる全ての命と魂に死を宣告する。
《……撤退。早く撤退を!!》
「そんなこと言われたって、体が……もうっ、動きなさいよ!!」
この短時間で全ての傷や疲れが癒やされるなどあるわけがなく、文句の為に口を動かすのがやっとで、体に力が入らない。バシリッサも残された僅かの力で変形を試みるが、先程の反動が原因なのか、内部の損傷により上手く変形することができない。
「アレが……ラスボスってやつか……」
ボヤける視界の中、俺にもその姿が見えている。まさか第二形態があるとはな。まるでゲームだ。ここが異世界だということを改めて思い知らされた。そりゃそうだよな。勇者でもないただの殺し屋にドラゴンを殺せるわけが無かったんだ。本当、心の中で叫ぶだけにしておいて良かった。
「グガァァァ!!」
バハムートはその翼を大きく広げ、世界を終焉へと導く漆黒の業火を撃ち放つ。
――これで終わりか……。
「勇者斬り!!」
あ?なんだ子供っぽいそのまんまなネーミングセンスは…。
しかし、その陳腐な技名とは裏腹に、放たれた一筋の光り輝く斬撃は漆黒の業火を撃ち払い、圧倒的な衝撃がバハムートすらもあっさりと光の彼方へと消し去った。
「勇者なら……もっとカッコよくしろよ……」
「十分カッコいいでしょ」
「へっ……」
血溜まりの中に転がる俺をタクマは力の差を見せつけるように見下ろしていた。
マズイな、もう減らず口すら叩く余裕も無くなってきた。立派な剣にその出立ち。しかも絶対絶命のピンチに颯爽に駆けつけ、あれだけ苦戦した伝説のドラゴンもいとも簡単に倒しやがった。それこそまさに勇者であり、主人公みたいじゃないか。
誰だよ、コイツが最弱だと言ったのは。
「私達、助かったの…?」
《しかし、このままではナタリアが!》
「そうよ。今度は勇者に殺されちゃう!」
しかしアルレイシャ達のそんな予想を裏切るように、タクマは聖剣を納刀する。
「鮮血の妖精〈ブラッディフェアリー〉死に間際のアナタを殺しても意味がない。だけど次は殺します。必ずね」
どこかで聞いたことのあるその台詞。その声には俺のことを師匠だとうるさく連呼していた男の面影は微塵も無くなっていた。
「パクんなよ、クソが……」
意識が静かに遠のいていく中、振り絞るように微かに呟く。その悪口が俺の今できる最後の抵抗だった。
そしてナタリアの目の前は真っ暗になった。
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