52、真実なんて知らなきゃよかった
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「暴れなさい。そして全てを破壊し、あの女に一泡吹かせてやるのよバハムート!!」
「グオオオオ!!!」
その名が現実となった瞬間、周囲に転がっていたモンスター達の亡骸を、自らの血肉へと変えるため吸収する。
その圧倒的な光景にナタリア達も息を呑む。
バハムートは静かに翼を広げる。それだけで暴風が吹き荒れ、向こうの彼方にまで黒雲が吹き飛び、その姿は光に照らされここに降臨した。
「これがバハムート…はっ、やっぱり本物は違うわ。聞いてた伝説なんより全然怖いもの…」
俺も男だ。子供の頃からドラゴンは好きだった。しかし、本物のドラゴンは想像していた何倍も恐ろしく、アニメや漫画で見ていたドラゴンよりカッコ良かった。
「仕事も終盤…ようやく異世界らしいやつに会えたじゃないか」
絶体絶命のピンチだと分かっているのに、不思議と気持ちが昂る。
「いいわよバハムート。私の体もアナタに捧げてあげる。これが私の覚悟よ!!」
アンドウユウナは自らの意思でバハムートと融合。バハムートはゆっくりと天を仰ぎ、その胸の奥で、女の魂が淡く輝く。それはまるで竜の心臓になったかのように。
「ハハっ…!」
俺に殺されるくらいなら、ドラゴンに喰われた方がよっぽどマシということか。
いいじゃないか。前から大した理由もなく伝説と呼ばれて違和感を感じていたんだ。俺はただ言われた通り人を殺していただけで、伝説と呼べる程特別なことは何一つしていなかったからだ。
「なぁアルレイシャ…」
「何よ…?」
「コイツは勇者を喰った。それってつまりコイツを殺しても俺が勇者を殺したってことになるよな?」
「え……」
「答えろ」
「まぁ、理屈は通ってると思うわ」
ドラゴンを殺した殺し屋など、聞いたことがない。
「それが聞きたかったんだ。これで堂々とコイツを殺せる」
それがもし存在するのならば、それこそまさしく、伝説の殺し屋だ。
「上等だ。ドラゴンもバハムートも、俺が殺してやる!」
◇◇◇◇◇◇
「ここは……」
覚えのある不思議な場所。私がここに前に来たのは、異世界に転生して間もない頃だった。
「お久しぶりね、ユウナちゃん。元気にしてた?」
「アフロディア…」
「アフロディア様ね。せめてさんをつけなさい」
コイツは自分勝手な理由で私達を異世界に転生させた。その時からこの減らず口は変わってない。
「私があの世に行く前に文句でも言いにきた?」
「文句?どうしてよ?」
「もうすぐアナタの世界は私が召喚したバハムートによって破壊される。直接手を出すことのできない女神のアナタは、ここで黙って指を咥えて見ているしかないんだから」
しかしアフロディアは怒るどころか、私を見て笑っていた。
「悔しくて笑っちゃう?」
「悔しい?…言っておくけど私はアナタのしたことを怒ってもないし文句を言うつもりでここに呼んだわけでもない」
なんなのよこの女……どうしてここまで冷静にいられるのよ。もうすぐ自分の世界が滅ぼされるっていうのに。
「…強がるのはやめなさい。アナタは私に負けたのよ!」
「そんなんで勝った気になってるから最後にバカを見るんでしょう。これだから人間は…」
「何が言いたいの……?」
「アナタのとった行動は全部私の思惑通りだったってこと。寸分の狂いもなく思った通りに動いてくれて助かったわ。今日はその礼が言いたかったの」
「は……?」
私は耳を疑った。
「私がアナタに操られてた?」
「正確には私ともう一人」
「まさか……!」
「別れても尚、ずっと好きだった人にあんなこと言われたら断れるわけがないものね」
――そんなエイジが……?
アンドウユウナは愕然とするしかなかった。その姿をアフロディアはまじまじと蔑むような目で見下していた。
「だけど彼には感謝してるわ。私の目的の為にはどうしてもアナタに本気を出してもらう必要があったから」
「私を焚き付ける為にわざと死んだってこと?…」
「愛する女神様の為にその命を全うできた。幸せのことよ。彼も私の為に死ねるって知って喜んでたもの。確か名前は、なんだっけ?」
「私達はアナタのおもちゃじゃない!!」
声を枯らす程絶叫する。
――自分の名前すら覚えてない女のためにレイジは死んでいった。それを私は許せなかった。
「おもちゃよ。興味が無くなったら捨てるだけの存在にしか過ぎないんだから」
「バハムートはどうするつもり…?もうアレは誰にも止められない…」
「確かにバハムートは誰にも倒せない。私がそういう風に作ったから」
ほらみなさい。結局この女は強がりを言っているだけ。心の中じゃ私に負けたことを悔しがっているに違いない。
「だから悔しくなんか無いって言ってるでしょ。いい加減学習なさい」
心を見透かされ、一瞬慌てた様子を見せるがそれでも必死になって食い下がる。
「それでもバハムートは止められない。それが事実でしょ!?」
「私の世界には勇者がいる。だから大丈夫」
「何言ってるの。もうあの世界に勇者は一人も、」
「残ってるじゃない。ニセモノのアナタ達とは違う本物の勇者がね」
「まさか……!」
この時まで私はその存在をすっかり忘れていた。だって彼は勇者であって勇者ではないから。何の能力も無ければ、武器すら持てない出来損ない。そんな彼がバハムートを倒せるわけがない。それはこの女だって知っている筈。なのに何でこんなにも勝ち誇っている顔をしているのよ。
「あり得ない……彼には無理よ!!」
「アナタ達には抜けなかった聖剣を抜いていたとしてもかしら?」
「!!……」
それを聞いて私は気づいてしまった。
それまで私は自分の意思で自分の進むべき道を決めている。ずっとそう思っていたけど、本当は違っていたんだ。あの女は全部こうなることを分かっていた。寧ろこうなることを望んでいた。
何もかもがあの女の思うがまま。だってこの世界はあの女の世界なんだから。私やレイジ、あの殺し屋だって同じよ。所詮私達は巨大な女神の手の平でコロコロと転がされ、踊っていたに過ぎないのだ。
「私達を鮮血の妖精〈ブラッディフェアリー〉と戦わせていたのも全部この時の為……アナタにとって私達は彼の活躍を盛り上げるための脇役だったのね……」
「主人公はたった一人。アナタはタクマのために派手にやられなさい。それがアナタ達の役目なんだから」
少しでも私達がこの世界の主人公だと思ってたことが恥ずかしい。
それはさぞ滑稽だったことだろう。主人公ではない脇役が主人公面してるんですもの。それ程みっともないものもない。
こうしている間も腹が立ってくる。だが、何をしたところでもう無駄なのだ。それならさっさと楽になりたい。私はもう疲れた。
「もうどうでもいい……死んだ私には関係ないもの……」
怒るのも飽きた。喉も痛いし、疲れるだけ。そう思ったら不思議と体が軽くなったような気がした。
「あ、さっきからずっと言おうと思ってたんだけどさ、あの世に行けば楽になれる、そう思ってたならそれは大きな間違いよ」
「は?……」
「バハムートと一体化したことでアナタの魂は穢れてしまった。一度穢れた魂はあの世に行くことはできない。倒された後もバハムートと共に魂となって永遠に彷徨うだけ」
「そんなの聞いてない……!」
「あそこはそういう世界なの。私がそういう風に作ったんだから」
私は安らかに死を受け入れようとしていた。しかし、それを聞いた途端にもう一度死ぬのが恐ろしくなってきた。もう死んでいるというのに。
「そんな……じゃあ私何の為に」
「そんな落ち込まないでよ。そんな顔されたらこっちが悪者みたいじゃない」
アフロディアの面白くない冗談を聞いても、アンドウユウナにはもう言い返す気力など残っていなかった。
「だってあのバハムートと一生を添い遂げることができるんだからアナタは幸せものよ。よく言うでしょ。結婚は女の墓場だって」
「……ふざけないで!!」
それでも一発ぐらい殴ってやらないと気が済まない。決死の力で突っかかろうとするアンドウユウナだったが、その拳が届くことは無かった。
「そろそろ時間切れのようね……」
アフロディアを前にして、アンドウユウナは地面に崩れ落ちる。
「何これ……」
気づいた時にはもう遅かった。私の体は黒い炎によって蝕まれていたのだ。
「バハムートが呼んでるのよ。寄り道してないでいい加減こっちに来いってさ」
熱さはない。痛くもない。自分が自分で無くなるようでただただ恐ろしい。
「いやだ……こんなのいやだよ……!」
どんなに涙をこぼしてもその炎が消えることはない。
「今までご苦労様。そして、お幸せに。えっと、、誰だっけ?」
「レイジ、助けて……」
振り絞った声も炎に掻き消され、やがて消し炭のように焼き尽くされ散っていった。
「レイジ?あの子ってそんな名前だったかしら?……まぁいいわ。そんなことより推しを応援しなくっちゃ!」
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