44、秘密兵器は静かに襲う
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「どうした?撃たないのかい?君の腕なら僕の眉間を撃ち抜くことなど簡単だろ」
引き金にも指はかかっている。対するナタリアもじっと距離を保ったままずっと様子を伺っている。
「それとも僕に時間を止められるのが怖くて撃てないのかな?」
――あっさりと能力を白状したな。しかし、力に溺れて調子に乗っているからというわけでも無さそうだ。
「大丈夫、いいからもう一度撃ってみなよ。君は僕のことを殺したい筈だろ?」
――コイツが何を考えていようがどうでもいい。コイツを殺す。俺はずっとそのつもりだ。
すると自分を言い聞かせようとするナタリアの意思とは無関係に引き金にかかった指に力が入り始める。
――落ち着けナタリア!気持ちは分かるが、こんな安っぽい挑発に乗るんじゃない。
「心の底から君は僕達勇者を怨んでる。そうじゃなきゃつまらないもの」
――黙ってろ!……まだだ、まだ早まるな!
しかし俺の思考を塗り潰すようにナタリアの感情は激しく昂っていくのが分かる。
「それだよその強気な目。やっぱり君は君だ。変わってない」
――厄介だな。コイツは他の勇者達と違ってナタリアを襲ったことを覚えている。このままだとナタリアを止められなくなるぞ。
「涙も見せず、君はずっと死ぬまで僕達を睨みつけるのを止めなかった」
――止めろ!頼むから言うことを聞け!
「どんなに痛ぶられようと君は諦めようとはしなかった。その顔がまた僕達を唆ってしまうとは知らずにね」
――コイツの戯言に耳を貸すなナタリア!お前だって分かってる筈だろ。このチャンスは一度きり。それを逃せば俺達に勝ちはないってことくらい。
「ほら、撃って。因縁の相手にやり返すチャンスだぞ。ここで撃たなきゃ二度と僕は殺せないぞ」
胸糞が悪い。腹立たしい。人は見かけに寄らないと、シキジマレンの話を聞いているとつくづく思い知らされるようだ。ぼんやりと視界が暗くなっていき、徐々に意識も遠くなっていくのが分かる。
――くそっ…こっちもそろそろ限界か……。もう少しの筈なんだ。
薄れてゆく意識の中でナタリアの意思が抵抗する俺の意思を乗り越え、引き金を引いた。
発射された弾丸はシキジマレンの目の前で動きを止めた。
「やっと撃ったか。流石に待ちくたびれたな」
時が止まり、倒れかけているナタリアの体も途中で止まっている。
「にしても勿体振り過ぎだ。焦らしたわりには盛り上がりに欠けるんだよな。所詮は君もその程度だったということ。ならばここで君を殺してもあの方もお許しになるだろう」
シキジマレンは止まった時の中で、弾丸の弾道をナタリアの方向に変える。
「かといって、このまま殺すのも味気がないしつまらない。それなら楽しんでからでも遅くはない」
シキジマレンは自らの鼻歌をBGM代わりにナタリアの服を焦らしながらゆっくりと脱がしていく。
「いいね。あの時の興奮が蘇るようだ」
フードを脱がし、コートを脱がし、服を脱ぎ捨てる。
「改めて思うけど流石はエルフだな。そこら辺の人間よりスタイルがいい」
徐々に顕になっていく艶かしい肉体にシキジマレンも思わずにんまりと笑顔を見せる。興奮混じりのシキジマレンはいよいよ胸の下着に手を付ける。
「それと比べてこっちの方は少々貧相なのだけが玉に瑕だなぁ」
『……デカければいいってもんじゃないだろ』
そう文句を口にしながら下着のホックを外そうとした瞬間、止まった時の中で声が聞こえた。
「なんだ今のは……」
時は確実に止まっていて、何一つ動いているものはいない。
空耳か、それとも気のせいか。
気を取り直して再び下着に手をかけようとした瞬間だった。
「うっ、ぐあぁっ!!……」
突然、シキジマレンは声を上げながらその場で蹲るようにして苦しみ出した。
「な、なんだ、これは……」
『アンタがむっつりスケベなお陰で助かったよ』
止まった時の中でナタリアの口だけが静かに動いた。
「そうか……ずっとこれが狙いだったというわか……」
上手く力も入らず、視界も朧げになっていく。能力をコントロールすることもできず止まった時の中は不安定へとなっていく。
苦しみと共に止まっていた時はゆっくりと動き始める。
「ハハハハ!!……面白い、面白いぞ!!期待以上の展開を用意してくれるじゃないか!!……」
完全に時が動き始める直前、シキジマレンは苦しみの中、ナタリアに向けた弾丸を僅かに逸らした。
そして時は再び動き出し、弾丸はナタリアの横を突き抜けた。
「どうやら、上手くいったみたいだな」
「それでこそ、あの方が認めた存在だよ。君を少しでもみくびった僕が間違ってたみたいだ……」
「女の下着を勝手に脱がそうとしたゲス野郎に褒められても嬉しくないんだよ」
「一体何をした……?」
ナタリアは腰につけていたガジェットのスイッチをオフにすると、両手に持っていた銃をひたすら連射して教会の窓といった窓を破壊し尽くす。
「風よ、好きなように踊り狂え」
教会内の空気を入れ替えるように風が入り乱れ、砕け散ったステンドグラスの破片が紙吹雪のように華麗に舞い散った。暫くすると風は大人しくなる。ナタリアは完全に入れ替わった澄んだ空気を味わうように、はだけた下着姿のまま大きく深呼吸をする。
「……それが原因みたいだな」
「ああ。大枚叩いた甲斐があって何よりだ。このガジェットはヴェノムカズラの魔石から抽出した成分を一定量の毒ガスとして噴射できるように設計してある」
「成程……どうりで体が痺れて、息苦しいわけだ……でも、なんで君は平気でいられる?まさか、ずっと息をしてなかった、なんて言わないよね?……」
教会に突入する前には既にガジェットは起動していた。ナタリアの周辺には毒ガスが漂い、扉を閉め未室状態となった教会内は毒ガスで充満していた。
沈黙するナタリアの様子を見てシキジマレンは一つの答えに辿り着いた。
「驚いた……息を殺して獲物を殺したというわけか」
この毒ガスは以前の魔弾と同じで遅効性。それに少量吸った程度では効果は薄い。これならターゲット以外の相手を殺さずに済む。先に毒ガスで兵士達が死んでしまえば気付かれる可能性があるからな。
マスター曰く、ガジェットに使用した魔石のそうした加減が一番難しかったそうだ。故に白金貨一枚分もぼったくられた。いい商売してる。
「正直言えば結構ギリギリだった。しかし、お前が時間を止めてくれたお陰で助かった」
作戦は上手くいった。しかし想定外だったのは、女神から授かった能力のおかげなのか、想定していたより勇者の肉体に毒が効かなかったこと。腐っても勇者に選ばれただけはあったらしい。
「……そろそろ、僕も退場か…いよいよ、本当に体が、動かなくなってきた……」
「死ぬ前に答えろ。あの時、どうして国王を殺した?」
シキジマレンは残された力を振り絞り、ゆっくりと口を開いた。
「……一方的じゃつまらない。クライマックスまでには世間の鮮血の妖精〈ブラッディフェアリー〉の評判を落としたかった。それだけだ」
「そのために殺したのか……?」
「あの方にとって、所詮僕達は登場人物。いつだって刺激的で面白い展開を願ってる。僕はそれを演出したかっただけさ」
それがコイツのこの世界での生きる理由か。呆れた。どうりで意味が分からなかったわけだ。
「…今の僕にとってそれはもはや生き甲斐だ…」
「だったらこの死に様は不服だな。お前はあの時、明らかに間違いを犯した」
「…そうでもないさ」
「ならなぜお前は俺を殺すのを諦めた?お前は直前まで確かに俺を殺そうとしていた筈だろ!」
あの時、放った弾丸は正反対に向きが変わり、俺の真横を通り抜けていた。
俺が引き金を引いた時、コイツとは対角に向いていた。真っ直ぐに放たれた弾丸の向きを変えただけならば、弾丸は俺の頭を貫いていたことだろう。
「どうせ死ぬんだ。あの世に持っていく前に答えろ!」
完全に力が抜けているシキジマレンの胸ぐらを掴む。
「さっさと言え」
「君は何か勘違いしているようだ……これがゲームなら僕はちょっと手応えのある中ボスにしか過ぎないんだよ」
「どういう意味だ?…」
「…僕の役目は君を殺すことじゃない。君に無様に殺されることだったってわけだ」
最初から勝つつもりなんて無かったということか。馬鹿にしやがって…。
「やっぱりただの死にたがりじゃないか」
「なんとでもいいなよ。僕を殺すのは君でも、君を殺すのは僕じゃない。それだけは絶対なんだ……」
これは侮辱だ。俺は負けた勝負をコイツに勝たされたんだ。これ程の屈辱、あっちの世界でも味わったことは無かった。ようやくナタリアの気持ちが少し分かった気がする。心の底から沸々と湧き上がる、初めての感情。
「これが殺意か……」
「…………」
自らの気持ちに従順に従い、銃を向けた時には、既にシキジマレンは静かな眠りについていた。
「勝手に楽になるな」
シキジマレンの体を地面に叩きつけ、改めて銃を突きつける。
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