40、ファーストフレンド
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「……騒がしくて悪かったな。これでやっと落ち着いて話ができる」
「さっきからずっと引っかかってた。顔も声も私の知ってるナタリアなのに性格や喋り方はまるで別人」
エイラはごちゃごちゃになった頭の中をゆっくりと整理していく。
「それに普通のエルフは酒も飲まなければタバコも吸わない。アナタ、一体何者なの?……」
「お前のいう通り、俺はナタリアじゃない」
ナタリアはその問いに勿体振る事なく答えた。
「じゃあ……双子?」
「なわけあるか」
斜め上な反応に食い気味で答える。
目の前で起こっていることを理解しようと考えすぎてしまったのか。せっかくのシリアスムードも一気におちゃらけてしまった。お陰でかえって喋り易くなったのも否定は出来ないが。
「なら、そっくりさん?……それはないか」
「当たり前だ。…俺は伊樽瑛二。訳あってこのナタリアという女の体を使って仕事をしている」
「訳ってなによ?死んでいる筈の他人の体を使う訳って一体なんなのよ!?」
当然の反応だ。言っていることは何一つ間違ってない。だが、その理由を答える訳にはいかないのだ。
「悪いがこれ以上は答えられない。そういうものだと思って理解してくれると助かる」
「そんなの直ぐには無理よ…」
「だとしても理解しろ。じゃなきゃ肝心の話も進められない」
「そんな事ナタリアなら多分言わなかった。…本当にアナタはナタリアじゃないのね」
「そう言った筈だ」
目の前で起こっている事実と現実を理解するには余りにも時間が足りな過ぎた。
それでもエイラは死んだと思っていた人物が同じ姿のまま別人として生きていることをなんとか分かろうとしていた。
「…同じのでいいから、私にもお酒を貰える?」
「俺が飲むのは相当強いぞ」
「これでも王家の中では一番お酒に強いの。それに、こんな状況ちょっと酔ってくるくらいじゃなきゃ、やってられませんわ」
「そうか」
ナタリアはカウンターの奥の棚から自分の飲んでいる酒と同じものを手に取る。グラスに氷を入れて、半分程度酒を注いだら、ゆっくりとマドラーで混ぜて馴染ませる。
店の酒に勝手に手を付けた事がマスターにバレたら後で大目玉を喰らうだろう。
ナタリアはそれを恐れてか、カウンター隣に置いてある砂時計の側にそっと金貨を一枚置く。
「…ほらよ」
「ありがとう」
お淑やかにグラスに口をつけるその普通の仕草すら、なんだかお上品で美しくみえる。これが本物の王女様の貫禄ってやつか。
「ちょっとは落ち着いたか?」
「まだ混乱してる。無理矢理落ち着かせようとしてるだけですわ」
想像以上に酒の減るスピードが早い。俺以外にのこの酒をこんなハイペースで飲む奴は初めてだ。
「…一つ聞いていいか?」
「一つと言わず幾らでもどうぞ。私も色々と聞きたいので」
「ナタリアをよく知っているようだが、それはどうしてだ?この世界の人間にとってエルフはあまりいい存在ではないのだろう?」
「歴史を辿っても人間とエルフは互いに分かり合えるような関係では無かった。でもそれとこれとは別の話。私にとってナタリアは唯一親友と呼べる存在でしたわ」
私とナタリアが出会ったのは、私がまだ7歳の時だった。
私はお父様やお世話係の目を盗んで、城を抜け出し夜の王都へ駆け出した。
あの頃はずっと将来の為のお勉強ばかりで、碌に遊んでもらうこともなかったら外の世界に憧れていた。特に夜の王都は、昼間と違って街は華々しく輝き人々が色めき立つ。
昼間からは大きく様変わった王都の様子を一度でいいからその目で楽しみたかった。だけど幼い私は知らなかった。夜の王都は昼間の王都と比べて優しくないことを。
私は目的も決めず、ただただ夜の歓楽街を歩いていた。護衛も付けず一人で街を出歩くことなんて初めてだったから、その頃の私はそのドキドキすら楽しく思えて仕方がなかった。
ちょっとした興味本位で歓楽街から少し逸れた通りに入った時、突然背後から襲われたの。頭には袋を被され何が起こっているのかもよく分からなかった。一つ明確だったのは恐怖だけだった
「助けてっ……!!」
私は必死になって抵抗したけど、子供の力で大人に敵う訳が無かった。
その時は後悔したわ。どうしてお父様の言うことを聞かなかったのかって。だけどもう後悔しても遅い。そうやって諦めかけた時だった。
「なんだお前!?」
「ぐあぁ!!」
突然男達の悲鳴が聞こえて暫くすると、男達が慌てて私をおいて逃げ出していくのが分かった。私はわけも分からず戸惑っていると直ぐに目の前が明るくなった。
「大丈夫?」
その時、助けてくれたのがナタリアだった。
「アナタが、助けてくれたの……?」
「助けてって、言ってたから…」
その時、風の悪戯がナタリアが被っていたフードを脱がせたの。
「ちょっ、何やってんのよ……!」
「その耳、アナタ、エルフだったの?」
慌ててフードを被り直し、その場からは走り去ろうとしたナタリアの手を私は掴んだ。
「待って!このことは誰にも言わないし、まだお礼もできてない!」
「そんなのいらない。いいから離して」
「じゃあなんで助けてくれたの?私は人間だよ?」
「…言ったでしょ。助けてって言ってたから助けただけ。それがエルフとか人間とか、私には関係ないよ!」
最初は私が王女だからとか、そんなことを少しも考えた私が馬鹿だった。とても恥ずかしい。
エルフだからとかじゃない。こんなにも真っ直ぐなことを当たり前のように言える存在がこの世界にいるのだと、私はとても胸が熱くなった。
その時私は生まれて初めて思った。私は彼女と友達になりたいって。
「本当にありがとう」
「ど、どういたしまして…じゃあ離して」
「イヤだ。まだお礼が出来てないもの」
「だからそんなのいらないってば」
「それじゃ私が済まないの!」
「なんでそこまで…私はエルフだよ。人間はエルフが嫌いでしょ?」
どこかで聞いたことのある台詞だった。
だから私はこう答えた。
「エルフと人間とか無いわ。私はアナタにお礼がしたいだけだもの」
「……それ、さっき私も似たようなことを言った気がする」
「そうだよ。だって私が真似したんだもん」
「フフッ。キミって面白いね」
「それはアナタも一緒でしょ?」
彼女の笑顔を見てると私まで自然に笑顔になってしまう。
「キミの名前は?」
「私はエイラ・リー、いや、普通のエイラよ」
「普通の?じゃあ私も普通のナタリアだ。よろしく」
「よろしくねナタリア!」
こうして私達はエルフだからと人間だからとか関係なく、ただの友達になった。
それから私達は頻繁に内緒で会うようになった。無断で外出したのがバレてお世話係の執事やお父様に怒られることもしょっちゅうだった。
二人で会っても何かをしてたってわけじゃない。お互い隠れて街を散策してみたり、何気ないどうでもいい話で盛り上がってみたり。
たったそれだけのことだったけどその時間が私にとってはどうしようもないくらい楽しかった。
そして月日は流れ、私が十五歳の誕生日を迎えた日。私はその日のことを決して忘れない。
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