36、クイーンズ・リゾルブ
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「あの、本当にアナタが……?」
余りにも直球なナタリアの態度にお嬢様も簡単には信じられないといった様子。
「ここで嘘を吐いて、俺に何の得がある?」
「それはそうですが……」
「あの!コイツがお探しの鮮血の妖精であることはこの俺が保証します。知っていたのにずっと隠していて申し訳ありません」
俺の選択にマスターも腹を括ったようだ。というか括るしか無かったのかもしれないが。
「そうですか…分かりました。それなら私はアナタを信じます」
「アンタ名前は?」
「え、」
「すみません!コイツ、とんでもない世間知らずなもんで……」
我ながらおかしなことを聞いたものだと呆れている。
仕事柄、互いに名前を伏せるのが当たり前だと、身に染みて分かっている筈なのにどうしてこんな無駄なことを聞いてしまったのか。まさかとは思うが、俺はこの女のことが気になっているとでもいうのか?いやいや、そんなことはありえない。この女は明らかに俺のタイプじゃないし、歳も離れ過ぎてる。
一体俺はどうしてしまったんだ……。
「悪い、おかしなことを聞いた。別に言わなくていい。今のは忘れてくれ」
「いえ、なんか嬉しいです」
「は?」
この女まで何を言ってるんだ。
「実は私、そういうのあまりやったことないんです。皆、私のことを知っていて当たり前でしたから。だからやらせてください、自己紹介」
すると女はナタリアの側に立つ。
「改めまして、わたくしはこの国を統べる王の娘、王女エイラ・リーヴァイア。以後、お見知りおきを」
「王女…」
そうか、マスターの態度が一変した理由はこれだったのか。
だけどなんなんだこの気持ち。名前を聞いた途端、妙なざわめきを感じる。やはりこの感覚、俺が昔、初恋をした時と少し似ているような気もするが、それともなにか違うが気がする。
そういえば、前に王の娘が勇者と婚約するとかどうかって話があったな。
「ということはその殺して欲しい勇者とやらは婚約者のことか?」
「ええ。先日、シキジマレンとの婚約が正式に結ばれ、明後日には婚姻の義が行われる予定となっております。その前に、なんとしてでもあの男を殺して欲しいんです」
人を殺したいと思うことは珍しくない。生活していれば些細なことでも不満や鬱憤が溜まることは当たり前。その相手が家族や婚約者となれば尚更だろう。
しかし、どんなに恨み募りが溜まっていようと、それを実行に移そうとする奴は意外と多くないものだ。
「……どうして王女様が勇者を殺して欲しいと願う?この国にとって勇者は英雄で、しかも婚約者だろ」
「確かにこの国は勇者が存在する前は吹けば飛ぶような小さな国でした。勇者がいたからこそ、この国は世界有数の大国家へとを繁栄を遂げた。でも、それとこれとは全く別の話。私の私情です」
王女という立場故、婚約を破棄出来ないような理由が色々とあるのだろう。
女神が選んだ勇者のことだ。どんな奴かは知らんが、碌な奴じゃないのは安易に想像できる故に、殺したくなるのも分かる気がする。
「明日、私達の婚姻を祝うパレードが広場で大々的に行われます。そのパレードの終盤、父である国王が演説をするタイミング、そこを狙ってください」
「護衛や警備は?」
普通、主役となる人物の周囲には大勢の護衛が集まり常に目を光らせているものだ。
普通なら。
「それなら心配ありません。確かに、会場の周辺は騎士団達が総出で護衛に当たっていますが、勇者の側にいる私の周りに護衛はいませんので」
「それはどうしてです?」
「側に勇者がいるんだ。そこらの護衛に任せるより余程安心だろ」
「成程な。確かに言えてる」
「それに、勇者を相手にしようだなんて馬鹿な真似をする奴がいるだなんて普通は考えないだろうしな」
勇者の性格が俺の想像しているような奴なら、自分が誰かに狙われていると分かっていても護衛を付けるような真似はしないだろう。自分に絶対の自信があり、何より勇者としてのプライドがそれを許さない筈だ。
「因みに勇者の能力について何か知っていることはあるか?」
「それが、私も何度か本人に探りを入れてみたことがあるんですが、全く分からずじまいでして……」
「マスターは?」
「いいや、シキハラって奴が勇者の中でもリーダー格だということだけ。それ以外の事については俺もさっぱりだな。面目ない」
ターゲットについての情報は全く無し。寧ろ分かりやすくなったかもしれない。ならばこちらも分かりやすく、お望み通り真っ向勝負と行こうじゃないか。
パレードの最中、狙撃による遠距離からのターゲットの暗殺……実にベタな展開だが、ようやく殺し屋らしい仕事が回ってきたといった感じだな。
勇者とはいえ人間だ。勇者がどんな能力を授かってていようとも使う前に殺せばいいだけの簡単な話だ。
「ターゲットについてはもういい。なんとかする」
「すみません。頼んでおきながら、なんの役にも立てず…」
「気にするな。それより報酬はどうする?」
「それなら既に用意してあります」
エイラは当たり前のような顔をして胸の谷間から一枚の金貨を取り出す。
「なんて所に隠してるんですか……!」
「ここなら誰も怪しまれないと思って、どうぞ」
手渡されたた金貨は少し生暖かく、見たことのない柄が刻まれていた。
しかし、金貨一枚か……。報酬の多さで仕事を選ぶつもりは無いが、金欠の今、少しは期待していたんだがな……。
「あれ?…ちょっと貸してくれ!」
「おい、」
マスターはナタリアから金貨を奪うと、ルーペ片手にジロジロと眺める。
「やっぱりそうだ。この金貨はただの金貨じゃない。世にも珍しい白金貨だぞ!」
「柄が違うだけだろ?」
「なわけあるか!白金貨一枚は役金貨十万枚分の価値はあるって言われてるんだぞ!」
「十万枚……これってそんなに凄いのか」
「凄いなんてもんじゃないぞ。噂では聞いてたが、俺も実物は初めてみた。ある所にはあるんだな……」
たかが一枚、されど一枚。いい意味で期待を裏切られるとんでもない物が出てきたな。
「これは前金です。勇者を殺すことが出来たなら、成功報酬としてもう一枚お支払いいたしますわ」
「偉く太っ腹じゃないか。本当に払えるのか?」
「そうですよ。いくら王女であるエイラ様だからってお一人でそれだけの額は流石に無茶なんじゃ…?」
「ご心配なく。その程度なら私のヘソクリだけでなんとか出来ますので」
やっぱり王女様は違うな。貯めているヘソクリも俺達庶民とは規格外だ。
「その代わり必ず殺してください。私も全てを賭けるつもりでここにいるので」
その一言がエイラの覚悟を現し顔つきを変えた。
どうやらお嬢様の勇者を殺した気持ちは俺が思っていた以上に生半可のものでは無いらしい。
「任せろ。報酬に見合うだけの仕事はしっかりとさせてもらう」
「安心してくださいエイラ様。なんてたってコイツは勇者殺しの鮮血の妖精ですから。失敗なんてあり得ません!」
なんでマスターが俺より自信満々な顔をしているんだ。
「……」
するとナタリアはこちらをジッと見つめるエイラに気づく。
「なんだ?…」
「あの、私とどこかで会ったことありませんか?その声もなんだか知り合いに似ているような気がして」
「勘違いだろ。アンタみたいなお嬢様の知り合いはいない」
「ですよね。すみません、変なこと言って…」
俺にこんなお嬢様の知り合いはいない。それに嘘はない。
しかし、なんだか哀しそうなエイラを見て、妙に胸がざわめき、俺まで切ない気持ちに駆られたのも決して嘘ではなかった。
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