35、お嬢様の頼みごと
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「…今回の分だ」
「あいよ。俺からは領収書だ」
ナタリアは目を通さないままいつものようにクシャクシャに丸めてゴミ箱に投げ捨てる。
「ちょっとは見ろよ。いつもちゃんと手書きで書いてあるんだぞ」
「知るか。別に必要ないっていつも言ってるだろ」
「そんなこと言うなよ。案外このやり取りが俺は好きなんだ」
「あっそ……」
手数料を引いた報酬を受け取り、買ったばかりの魔法鞄にしまう。
この魔法鞄。最初は半信半疑だったが実に便利な代物だ。余程大きい物以外ならなんでも収納することができるし、取り出そうと思った時は念じただけで直ぐにそれをでに取ることができる。
一度味わってしまったら普通の鞄には戻れなくなってしまう。
「おかわりは?」
「同じのでいい」
「あいよ」
出されたおかわりをいつものようにタバコをツマミにしながらちびちびと飲んでいると、店の扉が開く。
「いらっしゃい……え!?」
静かな店に響くマスターの驚く声。気になった俺はフードを深く被り直し、後ろを覗く。
入り口に立っていたのは一人の女性。見るからに育ちの良さそうな風貌と端正な顔立ち。着ている茶色いコートは俺の俺の着ているコートの倍はするブランド物。蝶を模した緑色の髪飾りがとても目立つ。
――そう言えばその髪飾り、気のせいだとは思うが、どこかで見たことがあるような。
「エイラ様!?ど、どうして、貴女がこんなところに!?…」
「え、どうして分かったんですか!?」
「それは分かりますよ。そんな格好をしても肝心のお顔が丸見えですから」
「え、あぁ!。私としたことが、どうしてそんな初歩的なことに気づかなかったんでしょうか!?…」
おいおい、ただのバカなんじゃないか?
「ちなみに護衛の方は?」
「いえ、今日は一人です。」
「それってよろしいんですか?」
「バレたらきっとお父様に怒られるだけじゃ済まないでしょうけど、でも、どうしても知りたいことがあって」
普段から護衛を連れるほどのお嬢様で、夜に外出しただけで怒られる。とんでもない箱入り娘だな。
「おい、マスターはこの女と知り合いなのか?」
ナタリアは小声でマスターに問いかける。
「知り合いなわけないだろ。まさかアンタ、あの方のこと知らないとか言わないよな?」
「知らない」
「嘘だろ……」
ナタリアが即答するとマスターは愕然とした様子で頭を抱えた。
そんなに驚くほどこのお嬢様は有名人らしい。
「いいか?あの方はな……」
「あの、なにか?」
「いえ、何も!取り敢えず、どうぞ。席ならどこでも空いてますんで」
マスターは少し緊張した面持ちで、店の前にかかっている看板を裏返しに行く。
お嬢様はナタリアの席から一つ先の席に座る。
「…ごきげんよう」
まさかの挨拶に笑いを堪えながらナタリアは静かに会釈する。
バーでごきげんようって。こんな場違いな挨拶も珍しい。ごきげんようなんて言うお嬢様は、ドラマやアニメの世界だけだと思っていた。
「それで、ウチの店に来た用件というのは?隠れてお酒を飲みに来た、というわけじゃないんでしょ」
「……ある人物に殺しを依頼したいんです」
「え……」
「鮮血の妖精を呼んでくれませんか?」
さっきまでごきげんようと言っていたお嬢様とは思えない話振りだな。
「あの、なんのことかさっぱり分からないんですが。それにここは、扉の壊れた鍵すら直す金のないただのしがないバーなんですよ。殺しなんてとても…」
「安心してください。このことは誰にも言っていませんし、誰かに言うつもりもありません。私のの命尽きるその刻まで、この秘密は封じておくと約束いたしますわ」
「因みにどこでその話を……?」
そう言われた途端ころっと態度を変えるマスター。
「先日、女神様から御神託があったんです。ここに行けば私の会いたい人に会えると」
「め、女神様、ですか……」
女神って、まさか俺の知っているあの女神のことか?
「…おい、その女神の名前はなんだ?」
「え、」
「いいから答えろ」
「アフロディア様ですわ。だって、この世界に女神は創造主であるアフロディア様お一人だけですから」
やっぱりあの女のことだったか……。信用ならない奴だとは思っていたが、ここまで口の軽い奴だったとは。
「正直言えば、少し半信半疑ではあるんです。聖職者でもない私が女神の声を聞くなんて普通はあり得ませんから。でも、どうしてもただの夢だと思えなくて……」
そこまでしてまでこのお嬢様に俺の情報を与えるとは、あの女は一体何がしたいんだ?
「それで、ここなら会えるんですよね?鮮血の妖精に」
「いや、それは、どうでしょうね〜……」
マスターは困った様子でチラチラとナタリアの方を見る。
ナタリアはそんなマスターを揶揄うように全く目を合わせようとはしない。
「やっぱりあれはただの夢……」
「いや、そういうわけじゃ決して無いんですけどね〜……」
ナタリアは微かに首を横に振る。
「…理由は分かりませんが、どうしてもと仰るなら、他の殺し屋を紹介しましょうか。ちょっと変わってますけど優秀な奴ならもう一人知っていますから」
「それじゃダメなんです!!」
女は語気を強める。
「どうしてそこまで鮮血の妖精に拘るのですか?…」
「勇者を殺して欲しいから」
なるほどな。あの女神が口を滑らせたのはそういうわけか。
「それまたどうして……?」
「それは……」
「理由などなんでもいい」
「え?」
ナタリアは酒を片手に呟く。
「勇者なら俺が殺す」
「おい、本気か?今回はいつもと違う。少しは考えたって」
「マスターは黙ってろ。これは俺の仕事だ」
マスターの気遣いにもナタリアが気にすることは無かった。
「俺が鮮血の妖精だ」
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