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30、ただの怪物

閲覧感謝です!


 重力に引きずり回されるような酷い感覚。落ちているのか、引き寄せられているのかも分からず、ナタリア達はそれに身を任せることしかできない。


 やがて二人に衝撃が襲う。柔らかな絨毯に叩きつけられたナタリアはしばし声も出せずに転がった。


「大丈夫か……?」


「うん……だけど、ここって一体どこなの?」


 顔を上げた先に見えるのは、長いテーブル。燭台に灯る炎と丁寧に磨き上げられた銀食器。


「ようこそ、私の屋敷へ」


 テーブルの奥に座る男を見た瞬間、ナタリアは直感的にこの男が勇者だと悟る。


「お前だな。俺を招待したのは?」


「今は食事の最中だ。質問なら後にしてくれないか?」


 黒髪の中には所々白いものが混じり、顎には堂々とした髭を蓄えていて男の威厳を強く感じさせる。


 しかし肝心の男の声は見た目より若く聞こえる。見た目と声が一致しないその姿に一瞬、頭が追いつかなくなる。


「この人だよ……この人がみんなを…」


 絶望を見せつけられた男を目の前にしてビアンナの体は震えが止まらなくなる。


「大丈夫だ。約束は守る」


「うん……」


 男はナイフとフォークを優雅に動かしながら、皿の上の料理を美味しそうに口に運んでいた。


「よかったら一緒に食べないか?今ならまだ少し温かいぞ」


 よく見るとテーブルには二人分のステーキが並んでいる。


「断る。俺達とお前とでは食の好みが合わないんでな」


「そんなこと言うなよ。俺は食べてみたいんだ。俺の様に人肉を食った人間は一体どんな味がするのか、想像しただけで腹が減る」


 その一言で空気が凍りつきビアンナは言葉を失う。


 幼いながらも、自分が攫われた理由と目の前で殺された子供達の行末を想像し、その言葉の意味を理解した。


「特に子供は柔らかい。色々な肉を食ってきたが、やっぱりそれに戻ってくる。しかし同じ物ばかり食べてると飽きるからな。たまには珍味も食べたくなるものだ」


 男の視線は品定めでもするかのように舐めるように巡る。背後に扉は存在せず、窓という窓には黒い影が張りついていて、簡単に逃げることもできない。


「さて」


 男はゆっくりと立ち上がると、燭台の火が揺れる。


「怯えた顔というのは、実に食欲をそそるものだ。恐怖は濃厚で、味わい深い」


 一歩、また一歩と男は近づいてくる。


 ナタリアはビアンナの手を優しく握りしめながら、片手で銃を構える。


「勇者の台詞とはとても思えないな。その風貌といい、まるで魔王みたいだぞ」


「勇者……?」


「この世界に魔王は存在しない。いるとしたらそれはお前だよ。勇者殺しの鮮血の妖精〈ブラッディフェアリー〉」


「ナタリアさんが勇者殺し……」


 勇者はこの国の英雄で、鮮血の妖精〈ブラッディフェアリー〉はその英雄を殺し回っている大悪党。

 どう考えても悪いのは後者。ビアンナ含め、多くの人々達はそう信じて疑わなかった。


 しかし、本当はそうではないのかもしれない。


「魔王でもなんでも構わない。嫌われるのは慣れてる」


「だろうな。殺し屋が好かれるわけがない。だけどおかしいよな?」


 〈復活の勇者〉イノウエゴロウはその手で銃を掴み、頭に突きつける。


「殺し屋なら何故撃とうとしない。チャンスだぞ?」


 目を瞑っても絶対に外さない距離。しかし引き金にかかる指に力が入らない。


「どうした?撃たないのか?」


「……」


「やっぱり、聞いてた通りだ」


「何?」


「鮮血の妖精〈ブラッディフェアリー〉こと、伊樽瑛二は依頼以外で殺しはしない。そして依頼に従順でそれを破ることは絶対にない」


 コイツ……なんで俺の本名まで知っている!?


「大方、依頼人にこの子の目の前では人を殺すなとかでも言われたんじゃないのか?じゃなきゃとっくに僕を殺してる筈だからな」


 この男、想像より頭がキレる。


「……なんで俺の正体を知っている?誰から聞いた?」


「誰でもいい。だけど、お前も知ってる奴だったりしてな」


「なんだと…?」


「じゃあなんでこんなことするの!?」


 ビアンナは声を震わせながら、精一杯叫んだ。


「どうした?」


「勇者様は英雄でしょ?……こんなの普通じゃない!!」


「陳腐だな。普通なんて、異世界に転生した時点でとっくに捨てている」


 問答無用で鳴り響く一発の銃声。


 しかし奇襲は失敗に終わる。左肩を狙って放たれた銃弾は完全に見切られ、勇者は大きく振りかぶった一撃でナタリアに迫る。


「ナタリアさん!!」


 転がるようにそれを翻し、距離を取る。


「大丈夫だ。お前は離れてろ!」


 ナタリアが再び引き金を引くよりも早く、勇者の姿が視界から一瞬消えると、一目散に突っ込んでくる。


「今更、銃ごときで勇者が倒せるとでも?」


 獣のような豪快な軌道で一直線に突っ込む勇者を必死に迎撃するが、どの攻撃も軽々とかわされてしまう。


「他の勇者はこれで倒せたんだがな……!」


 それならばと、素早く接近戦に切り替える。

 ナタリアは身軽さを生かしたフットワークで勇者を翻弄しながら攻め立てる。背後に回り腰を掴むが、逆に背後を取られて投げ飛ばされた。


「鉛玉で殺されるようなヘタレ勇者と一緒にしないで欲しいな。私とアイツらでは食べてる物が違う!!」


 その勢いのまま頭を掴まれ地面にに叩きつけられる。その衝撃は床を粉砕するほどだった。


「何百、何千といった人間達を喰らい、自らを成長させたことで私の力は既に人の域を超えている。もはや神と言ってもいいくらいだ!!」


 圧倒的な存在感を示しながら、地面に倒れ尽くすナタリアを躊躇なく蹴り飛ばす。


「お前は黙って私に食われていればいいのだよ!!」


 しかしナタリアは転がりながらも赤の魔弾が込められたコルトパイソンを構え、連続して引き金を引く。以前使った爆弾と同じ、ダイナマイトワームの魔石を用いて作られた赤の魔弾。着弾と同時に破裂、爆発を起こす。乾いた破裂音が何度も響き、ついに弾丸は勇者の体を撃ち抜き、爆発を起こした。


 その筈だった。


「無駄だ」


 傷はあっという間に塞がり、ぐちゃぐちゃになった肉体がじわじわと再生していくのが分かる。


 爆発によって燃え上がった炎すら、喰らい自らの力へと変えてしまったのだ。


「分かったろ?どんなにお前が凄腕の殺し屋でも、その差は決して埋められない」


 グルルルルルル……。


「なにこの音……?」


 その時、地鳴りのように響く聞き覚えのあるような大きな音が聞こえる。


「こんな時に、間に合わなかったか…」


 この空気の読めなさ…まさか今のは腹の音か?


「くそっ。肉体の再生に体力を使いすぎた。あまりあの姿は好きでは無い、ぐっ…!だから黙って喰われてろと言ったのに…!」


 どうやらさっきの攻撃が効いていなかったというわけでは無かったようだ。


「私をその姿にさせたこと、後悔させてやる…」


 しかし勇者の様子がおかしい。先程までの余裕や笑顔を見せていた勇者の姿は今はどこにもない。額には汗を掻き、息も次第に荒くなり、冷静さを失っていく。


「ぐあああああ!!!」


 空腹に溺れ、理性を失った勇者はやがて完全に変わり果てた巨大な姿に変貌を遂げた。


「何アレ…」


「何が神だ…ただの怪物じゃないか」


 筋肉は異常なまでに膨れ上がり、禍々しい瘴気を纏った肉体は黒く硬質化している。その姿はモンスターより酷く醜かった。


「ハラガスイタ…」


 低く呟いた。濁った瞳に理性の光はほとんど残っていない。


「ニクダ、ニクヲヨコセェェ!!」


 瞬発的に振り下ろされる拳。


 ナタリアは反射的に横に飛ぶが、強烈な風圧が衝撃と共に吹き飛ばす。肉体が千切れるかと思うほど衝撃が襲い、ナタリアの体は宙を舞い、壁に叩きつけられる。


「ぐっ……なんなんだコイツ……!」


 自我を失ったことで、思考が単純になり動きに磨きがかかっている。以前戦ったクラウンコングとは比べ物にならないほどのパワーとスピード。これがあの勇者の本気といいうわけか。


「グオオオオ!!」


 咆哮を上げながらの突進。動きが鈍るナタリアを捕らえると、涎を垂らしながら大口を開ける。


「チッ!」


 さしづめエルフの踊り食い。


 当然ナタリアも踠きながら必死に抵抗する。揺れる視界をものともせず、大きく開いた口元に弾が尽きるまでひたすらに撃ち続ける。


「グオオオオッ!!」


 目の前で鳴り響くうるさい叫び声。それは決して悲鳴では無かった。


「ナタリアさん!!」


 聞こえる悲鳴はビアンナばかり。俺が聞きたい叫び声は全く聞こえず、遂に弾が尽きてしまう。


「ここまでか……」


 唯一の攻撃手段も失い、とうとう訪れる死の瞬間。


 職業柄、死ぬのも殺されるのもいつだって覚悟はできているし、どんな死に方でも受け入れるつもりだった。


 しかし、よりにもよってこんな死に様になるとは……。


「最悪だ…」


 抗うことも忘れ、自らの報いと運命に従おうとしたその時だった。


 聞き覚えのある轟音が唸りを上げながら近づいてくる。


「この音、まさか…!?」

ここまで閲覧頂き誠にありがとうございます。


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