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3、パブリックワーク

閲覧感謝です!


 翌日。


 腹筋、腕立て伏せ、ジョギングといった日課のトレーニングを二時間程で終える。


 宿屋に戻ったナタリアはシャワーで簡単に汗を流し、お気に入りのコートを見えるに纏うと、近くの冒険者ギルドへと向かった。


 ギルドの中は大変賑わっていて、多くの冒険者達がそこで屯している。


 冒険者がそれぞれが持ち寄った情報に価値を付け売買している者もいれば、併設している酒場で暇を潰している者もいる。ここで酒を呑んでいる奴の殆どがいつも見る顔触れで、大抵酔っている。


 ナタリアはそれらに目も向けずそんな噂話に耳を傾ける事もなく、目的の受付へと一直線に向かった。


「いらっしゃいませ。ご用件をどうぞ!」


 見ない顔の受付嬢だな。ザンネと書かれた名札の横にあるその胸のバッジ、どうやら新入りのようだ。


「仕事を探している。なんでもいいから、俺でも受けられるものを幾つか見繕ってくれ」


「かしこまりました。それではライセンスの方をご提示いただけますか?」


「いや、持っていない」


 ナタリアはずっと下を向いたまま、即答した。


 ザンネはその様子を不審がりながも、マニュアル通り接客を続ける。


「それではこちらで確認しますから名前とランクを教えていただけますか?」


「名前はナタリア。ランクは知らない」


 無愛想な態度と淡々と答える女の様子に徐々にザンネの顔から笑顔が無くなっていき、明らかに機嫌が悪くなっていくのが分かる。


「知らない?あの、冒険者なんですよね?だったら知らないわけが、」


「違う。俺は冒険者じゃない」


「は〜…なんだ冷やかしかよ。いい顔して損したわ。あの、こっちも暇じゃないんで、用が無いなら帰ってくれません?邪魔なんで」


 ナタリアが冒険者じゃないと分かった途端、コロッと態度を一変させたザンネ。

 口調も変わり、さっきまでの受付嬢とはまるで別人だ。どうやらこれが彼女の真の姿らしい。心なしかこっちの方が生き生きして見える。


「ほら、なに突っ立てるんですか?目障りなんで早くるどっか行ってくださいよ」


 あからさまに態度を変えたザンネを前にしても、ナタリアは頑なに受付の前から動こうとしない。


「俺は仕事を探しているだけだ」


「だから、冒険者じゃないなら無理だって言ってるじゃないですか。冷やかしなら帰ってくださいよ!」


「この……バカぁぁぁ!!!」


「いった〜〜い!!」


 すると後ろから、見慣れた顔の受付嬢が勢いよくすっ飛んでくると、ザンネの頭を持っていたスリッパで軽快に叩いた。


「もう〜センパイったらなにするんですか〜!?」


「それはこっちの台詞。アンタ勝手に何してんのよ!」


 彼女の先輩受付嬢、レズハの怒号がギルド中に響き渡る。


「え〜なんでですか〜!?」


「あのさ、何かあったら自分で判断する前に必ず私に相談しろって、前に言ったわよね?」


「言ってましたけど…でも、私はただ厄介な客を追い返そうとしただけです。そのどこがいけないって言うんですか〜?」


「それを勝手に判断すんなって言ってんのよ!」


 レズハが再びザンネの頭を叩くと見事な快音が鳴り響く。


「だから痛いんですってば〜!それで私の頭が割れたらどうするんです?」


「この位で割れるほどアンタの頭はやわじゃないから大丈夫よ」


「ま〜それほどでも?」


「アンタって子は…」


 全く反省していないザンネの様子に、レズハだけでは無く、それを大人しく見守っていたギルドの人々全員が露骨なほど深いため息をついた。


「ナタリアさん。本当にごめんなさい。見ての通りこの子はまだ新人で」


「構わない。気にするな」


 だが、これでようやく話ができそうだ。


「いきなりで悪いが、仕事を探している」


「だから、冒険者じゃないアンタに受けられる仕事なんか」


「アンタは黙ってて…」


「は、はひ…」


 レズハのあんな顔は見たこともない。普段は笑顔を欠かさない彼女が、今はまるで鬼のようだった。


「失礼。それでお仕事ですよね?」


「ああ。俺でも受けられる仕事は何かあるか?」


「勿論。丁度ナタリアさんに受けて欲しいと思っていた依頼があるんです」


 するとレズハは依頼内容が書かれた一枚の紙を渡す。


「ラピシアの花の採取か…」


「ええ。ナタリアさんってこういうの得意でしょ?」


 報酬は銀貨数枚程度。高くはないが、相場と比べればいい方か。


「分かった。これを受ける」


「ありがとうございます。実のところ、この手の採取依頼はあまり人気が無くて、本当に助かります!」


 ラピシアの花は回復薬や毒消しなど万能薬の素材に使われることが多い薬草だ。しかし、魔法が当たり前に存在するこの世界では、回復なら魔法を使えばいいと、よっぽどのことが無い限り回復薬を使うことは無い。しかし魔法が使えない子供やお年寄りなど、全く需要が無いわけでは無いのでこのように度々依頼が出ては冒険者の資格が無い俺のような訳アリがそれを受けるということだ。


「本当ならもっと稼ぎのいい討伐依頼でも紹介したいんですけどね…そうだ!この際だから今日こそ冒険者登録しましょうよ。ナタリアさんの実力ならなら登録試験も余裕でしょうし」


「断る」


「やっぱりダメですか……」


 俺が冒険者にならない理由。それは俺がエルフだから。


 この世界に来て分かったのは、この世界はエルフにとって決して優しい世界では無いということ。特に人間達が暮らすこの街ではそれが色濃く影響している。


 冒険者登録の過程には身分を証明する物が必要らしいのだが、当然俺はそんな物を持っていない。

 それを作ろうと思えば俺の姿を全て晒さなくてはならなくなる。この世界でも金髪自体は珍しく無いが、フードを取られてこの特緒的な尖った耳を見られれば俺がエルフだとバレるのは確実だ。騒ぎになれば本業の仕事への支障は避けられない。


 冒険者で無ければ討伐依頼などは受けられないが、危険度が低い採取依頼なら、資格を持ってない俺みたいな訳アリにも仕事をすることができるというわけだ。


 本業のお陰で然程金にも困っていないから、余計なリスクを背負う必要もないしな。


「…じゃあ行ってくる」


「いってらっしゃい!気をつけてくださいね」


 レズハの見送りに振り返ることもなく、ナタリアはギルドを後にした。


「なんなんですかあの女…私の先輩に特別扱いされるだなんて許せません!特別扱いされていいのは私だけなのに!」


「あのさ、私はアンタを特別扱いしたつもりはこれっぽっちも無いんだけど?」


「ほら!やっぱりあの女は特別扱いしてるってことじゃないですかー!」


「それはそうでしょ」


「え?」


「ウチで働くならよく覚えておきなさい。だって彼女はウチの秘密兵器なんだから」


 ◇◇◇◇◇◇


 街から三十分ほど離れた場所の森の奥地。


 ナタリアはラピシアの花の採取の為、人気の無い秘境を目指していた。


「そろそろか……」


 エルフという種族の特徴は金髪や尖った耳だけでは無い。

 エルフには様々な花や果実といった植物の気配を辿ることが出来る力を持っている。必要なのは植物の知識だけ。俺はその能力を完璧に使いこなす為に最初の数日間は街の図書館に通い詰め、この世界に属するありとあらゆる植物の知識を手に入れた。


 因みにエルフは記憶力もずば抜けていていて、知識を身につけるのに苦労は無かった。


 感じた気配が何の植物か分かれば、お目当ての植物を探すことなど難しくない。


 人やモンスターの気配と違って植物の気配は薄くとても繊細だ。耳を澄ませ、森の声を聴き、流れる風に身を任せる。


「あっちか」


 エルフにだけ聞こえるラピシアの花の音。近づくほどに大きくなるその音を頼りに俺はさらに森の奥へと進んでいく。


 そして、進んだ先に広がるは目の前全てがラピシアの花で覆われた花畑。


 ここ一帯は、森野の中でも更に空気が澄んでいて、大きく息を吸うたびに体を癒してくれるようだ。


「……少し貰うぞ」


 ナタリアは依頼された量だけをきっちりと数え、手早く採取を終える。


 採取した花を手持ちの袋に丁寧にしまうと、花畑に深々と一礼する。


 ――これで依頼は完了。後はギルドに戻り報告を済ませるだけだ。


 ナタリアは森の植物の声に導かれるように近道を通りながら、街へ向かっていると、近くから僅かに聞こえる声に気がついた。


 植物達もその先に何かが起こっていることを理解し、忠告してくれているようだ。


「助かる」


 避けれるリスクは避けるに限る。


 そうして来た道を戻ろうとするが直ぐに足を止めてしまった。


「誰か……!!」


 今にも泣き出しそうで苦し紛れに嘆く男の声。


 エルフになってからというものの耳も良くなったが、こうなるとそれも少し考えものだな。


 無視することは簡単だ。そのまま前へと進めばいいだけなのだから。しかし、俺では無い俺の中の何かがその足を前へと進むのを拒んでいるようだった。


「……見にいくだけだぞ」


 そう呟くと、俺の足は男の声が聞こえた方へと早々と足を進めた。


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