16、乾杯は明日への祈り
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時は既に夜更け過ぎ。ナタリア達はいつもの馴染みのバーとは違う小さな酒場に場所を移していた。
バーのような小洒落て落ち着いた雰囲気は無いが、どこか懐かしさすら感じるこの雰囲気はさながら居酒屋のよう心地がいい。
「アナタって来る店も変わってるのね。私だけだったらきっと来なかったわ」
「それで、仕事の内容は?」
「せっかちね。少しは乾杯くらいさせてよ。ほら、ちょうどきたわよ」
運ばれてきたエールとミルクを受け取ると、早速カチンとしたかろやかな音が重なり合う。
「乾杯」
「……乾杯」
久しぶりだな。こうやって誰かと乾杯したのは。
俺がエールを一気に飲み干すと、アルレイシャも負けじとミルクを飲み干した。
「いい飲みっぷりね」
「…そういうお前もな」
「おじさん同じの二つともおかわりね」
「あいよ!喜んで!!」
殆ど客もいない店の中に店主の元気な声が響き渡る。
「そういえばずっと気になってたことがある。どこであの刀を手に入れた?」
「アナタのと同じ。私もマスターのコレクションの一部を譲ってもらったのよ。ぼったくりでね」
「やはりそうだったか」
あのマスターの趣味なら集めていると思ってた。
「因みにこの刀の名前はミカヅキムネチカっていうらしいわ。長い名前よね。持ってたマスターもよく分かってないらしいんだけど」
刀に詳しく無いでも俺でも知ってる名前だ。
「…刀を出してみろ」
「え、いいけど、なんでよ?」
「いいから」
アルレイシャは言われるがまま刀を鞘から抜くの、早速ナタリアは刀の先にそっと指を当てる。
「ちょ、何やってんのよ!」
「手を出せ」
「イヤよ。今度は何するつもり?」
「すぐに終わる」
「だからイヤだって!あ、あーーー……」
強引にアルレイシャの手を捕まえると、ナタリアは出血を利用して手のひらに文字を書き始める。
「よく分からないけどなんかかっこいい文字ね。なんて書いてあるの?」
「三日月宗近。この刀の銘はこう書くんだ。自分の刀の銘くらい正しく覚えておいた方がいい」
「詳しいのね。だけどこんな文字、持ち主も知らなかったのになんでアナタがそんなこと知ってるのよ?」
「……要するに凄い刀だってことだ。大事にしろ。じゃなきゃバチが当たるぞ」
「意味が分からない。答えになってないし」
「おまたせしましたー!!」
「聞いてる?」
頼んでいたおかわりが運ばれてくると、アルレイシャの声にも耳を貸さず、グビグビと音を鳴らしながら一気にエールを流し込んでいく。
あっという間にグラスを空にすると、再びおかわりを注文する。
「…まぁいいわ。そんなことわざわざ言われなくたって、この子は私の相棒だもの。大事にするに決まってる」
アルレイシャは用意されていた手拭きで丁寧に血を拭う。
「それでいい。お前のような優れた剣士ならその刀も認めてくれることだろう」
「当たり前でしょう。だって私は天才だもの!」
「…………」
そこまでは言ってないし、それを自分で言うのか。
そんなアルレイシャは褒められて機嫌が良くなったのか、頼んでもいないのにペラペラと自分のことを話し出した。
「どういうわけか私には小さい頃から大人顔負けの魔法の知識とそれを使いこなせるだけの優れた才能を持っていたの。物心ついた時には、既に蘇生や転生の魔法といった最上位魔法だって使えてたし、さっき見せた刀に魔法を纏わせるのだって簡単そうに見えても結構難しいんだから。ね、凄いでしょ!?」
「そうだな」
よく分からんが、それだけ自慢げに話すってことはさぞ凄いことなのだろう。よく分からんが。
「でもね、そんなに凄い私でも何故か攻撃魔法だけは才能が無くて全くダメだった…」
さっきまでの高いテンションが嘘のように突然急降下する。忙しい奴だな。
「だから私は武器に頼るしかなかった。獣人の私がこの世界で生き抜く為には戦う力が不可欠だったから。エルフのアナタなら私の気持ちも分かるでしょ?」
「どうだろうな。俺はお前達とは違う」
「誤魔化さないで。同じよ。この世界に嫌われてるんだから」
人間では無いというだけでこの世界に居場所は無い。生まれ持った姿を否定され、自由に街を歩くこともできない。
それは獣人もエルフも同じ。きっとコイツもこれまで様々な苦労をしてきたのだろう。しかし、俺はその気持ちを察してやることも、慰めてやることもできやしない。
所詮俺は何も知らない無関係の人間だからな。
「ねぇ、聞いてる?」
「聞いてる」
「そういうことだから、嫌われ者どうし、私達なら案外いいコンビになると思わない?相棒」
「……相棒じゃない」
「照れちゃって。かわいい」
「照れてない」
「いいじゃん。別に減るもんじゃないんだしさ」
「……相棒だっていうなら、そろそろ仕事の話をしてくれ。俺はその為にここに来たんだ」
「見た目通り真面目なんだから。やっぱりかわいい」
何もかわいいことは言っていないのにかわいいだなんて、おかしな奴だ。
「それでターゲットの勇者はどんな奴なんだ?」
「ミカゲハルイチ。またの名を復活の勇者〈リボーン〉」
「能力の詳細は?」
「さぁね。強くはないのは確かで、他の勇者よりもかなり面倒だってことだけは分かってるわ」
「勇者と呼ばれる奴は性格も能力も大体捻くれてる。ソイツに限った話じゃない」
今まで五人の勇者を殺してきたが、勇者とは名ばかりでどれも変わり者でおかしな奴らばっかりだった。
「これは前に戦ったことがあるっていう、ちょっとした殺し屋から聞いた話なんだけどね、どういうわけかソイツは何が合っても死なないらしいのよ」
「死なない奴がいるか」
「いないわよ。でも女神によって召喚された勇者ならあり得ないとも言えないでしょ。実際なんでもありの力で好き放題やってるんだから」
勇者には様々な能力が与えられていた。俺が最初に殺した閃光〈フラッシュ〉と呼ばれる勇者は類い稀なる脚力と速さを手に入れていた。次に殺した蒼炎〈アズールフレイム〉と呼ばれた勇者は全身に青い炎を纏く変わった奴だった。まぁ、凄いのは見た目だけで遠距離から眉間を撃ち抜いて終わりだったがな。
そういえば激昂〈フューリアス〉だなんて呼ばれていた変わった奴もいたな。怒りの感情が昂れば昂るほど強くなるらしい。一見強そうな能力だが、怒らせる前に殺してしまえばそれで終わり。なんだかんだいって今までの中では一番簡単な奴だったかもしれない。
この前の剛力〈マッスル〉は筋力強化で魅了〈ファッシネイト〉はその名の通り相手を虜にしていうことを聞かせる能力。
こうして思い返せば勇者らしく聖剣も持たないおかしな能力な奴ばかりだ。そして次は死なない勇者か。今までの女神のセンスでいけば、恐らくソイツの能力は不老不死といったところか。
本当に死なないのであればこれ以上ない強敵だが、あの女神のことだ。今までの勇者達同様、何かしら弱点のようなものを用意しているはず。つまり勝ち目はある。
「…話をまとめると、その殺し屋が勇者を殺せなかったから今度はお前にその仕事が回ってきた。でも、自分だけじゃソイツを殺す自信がないから俺を巻き込んだ。そういう解釈であってるか?」
「そんな簡潔にまとめないでちょうだい。間違ってないけどさ……」
「間違ってたなら訂正しよう。勇者を殺せなかった殺し屋とやらはお前のことだろ?」
「なっ、、なわけないでしょ!?私をそこら辺の殺し屋と一緒にしないでくれる?」
分かりやすい。恥ずかしいことを他人に話す時、人は大抵友人のフリをして話すものだ。
「諦めろ。もうバレてる」
「ば、バレてないわよ!私じゃないんだから!」
「だったらその殺し屋を呼んでこい。勇者と戦った事があるなら、直接話を聞いてみたい。何か役に立つ事が分かることがあるかもしれないしな」
「それは……あ、もうこんな時間だし、流石に非常識よ。だから諦めて」
「それなら明日だ。別に急ぎじゃない」
「あ、明日も無理。その人遠くにいるからさ!」
「じゃあ一週間後だ。それでも無理だというなら俺がソイツに会いに行ってもいい。場所を教えろ」
完全に見透かされているアルレイシャはたじろぎ、とうとう観念するしかなかった。そして開き直った。
「……ああっ、もうっ!意地悪!!…そうよ。その失敗した殺し屋ってのは私のことよ!何か文句でもあるわけ!?」
「無い。それならそうと先に言ってくれれば良かっただけだ」
「…言えるわけないでしょ。失敗したなんてこんな恥ずかしいこと……」
「確かに失敗は恥じて当然の行いだ。口を噤むのも分かる。だが、その失敗を隠して次同じような失敗をするくらいなら、正直に話して次に繋げるよう努力した方が利口だと俺は思うがな」
「まともなこと言わないでよ。余計惨めだわ……」
厳しい正論の連続にぐうの音も出ず、テーブルの空気が若干悪くなる中、運ばれてきたおかわりのエールを受け取る。
「失敗したなら次は成功すればいい。その為に俺を雇ったんだろ」
「貶したいのか励ましたいのかどっちなのよ…」
「どっちもだ」
「やっぱ性格わる……」
しかしアルレイシャの顔はそんな口振りとは裏腹にどこか前向きに見えた。
「あの勇者は正真正銘の化け物よ。てか変態。他の奴らとは色々な意味で格が違うわ。それを聞いても、アナタはこの仕事を受けてくれる?」
愚問だな。
「安心しろ。勇者を殺すのは俺の仕事だ。相手が化け物だろうが変態だろうと関係ない」
「頼もしい相棒ね。これ以上違約金なんて払ってたまりますか!」
開き直ったら潔く良くなったな。失敗を引き摺らないのもまた才能か。
「決行は明日の深夜。それでいいな?」
「分かったわ。それじゃあ、改めて」
「……いいだろう」
互いにグラスを持つ。
「明日の成功を願って」
「「乾杯」」
もうすぐ日の出。しかしナタリア達の長い夜はまだ終わらない。
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