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13、バニーガール

閲覧感謝です!


 いつも通り宿屋で食事を終えたナタリアは、今日もまた馴染みのバーに顔を出していた。


 いつもの指定席で一人、タバコをつまみに黙って酒と向き合うこの時間。この世界でこれより充実した時間を俺はまだ知らない。


 これと言った変化がない日常こそ、最高の日々だと一歳ずつ歳を取るたびにしみじみ感じるようになった。職業柄、いつ死ぬかも分からないからな。エルフの寿命は人間より遥かに長いらしいから、この普通な日々が少しでも長く続くのならこの姿になったのも悪くないと思える。


「マスター。いつもの」


「……あいよ」


 隣に座った女も俺と同じようだ。この女もまた、いつもと同じ日々が続くことを願っているにきっと違いない。


 それにしてもおかしな奴だ。俺達以外客もいやしない閉店間際の時間に飛び込んでくるとは。この短時間で何が楽しめるというのか。酒はじっくり楽しんでこそ味があるというのに。


「……」


 さっきから妙に女がこちらを見てくるような。


「……」


 やはり気のせいではない。この女は明らかに俺を見ている。そういえばこの女の顔、最近どこかで見たことがあるような……。


「あ、」


 間違いない。この女はあの時、会場のVIPルームにいた女た。他の奴らと妙に雰囲気が違くて、実力も桁違い。それに俺と似た匂いがしたからよく覚えている。


「アナタがナタリア?」


 何故俺の名前を知っているのか。あの時、名前を名乗った覚えは無いし、そもそもこの女は酔っ払っていた挙句勇者の力で操られていて、その時の記憶が残っているとはとても思えない。


「……」


「ねぇ、黙り?」


「……」


「別に同業者なんだから隠すことなんてないじゃない。そうでしょ?鮮血の妖精〈ブラッディーフェアリー〉さん」


 残念ながら俺の勘が当たってしまった。ということはこの女に俺の肩書きや名前を漏洩した人物がいるということだ。


 例えば、今、目の前であからさまにミルクを溢しているこの男とかな。


「マスター…」


 静かに呟くドスの効いたナタリアの声に、マスターはあっさりと白状する。


「わ、悪い。どうしてもって頼まれて仕方なくな」


 仕方なくね。だったらあの奥に見える見慣れない小袋の中身は一体なんなんだろうな。


 ナタリアの鋭い視線に気づいたマスターは慌てて小袋を懐にしまう。


「マスター……」


「ま、そういうことだ」


 やはりそういうことらしい。


「私の名前はアルレイシャ。平和殺し〈ピースキラー〉と言った方が分かるかしら?」


「さあな。どっちにしろ初耳だ」


「ウソ!?同業者なのに私のことを知らないわけ?」


 同業者だからって会ったことも聞いたことの無い奴のことなど知るわけがない。


「落ち着けアルレイシャ。コイツは世間知らずで変わり者なんだ。許してやってくれ」


 マスターは注文されたいつものミルクをナタリアに渡す。


「そりゃ変わり者よね。室内なのにこんな邪魔な被り物をしてるんだもの!」


 しかしアルレイシャはそれに目もくれず、ナタリアが被っていたフードを勢いよく脱がしてしまう。


「あら?」


 エルフの目を持ってしても追いつくのが精々。この前も思ったがコイツの反応速度は異常だな。


「なーんだそういうこと。エルフだから隠してたってわけね」 


 しかし厄介だ。同業者とはいえよく分からない奴に正体を知られるとは。


「おい…」


「待て待て。そんな怖い顔で睨むな。そのことまでは俺もそこまで話してない。だが、コイツなら問題無いから安心していい」


 素性も知らない奴のことをどう信じろと? 


「それならそうとはっきり言ってよね。余計な気を使って損したわ」


 アルレイシャは首元につけていたペンダントを取る。


 彼女を包んでいた薄い膜の様なものが消えてなくなると、頭からうさぎの様な耳が生えてきたではないか。


「これは……」


「だから言ったろ。コイツなら問題ないって」


「アナタがエルフなら私は獣人だったってこと。種族は見ての通りのバニーよ」


 ウサギの女だからバニーガールか。この世界を管理しているあの女神らしい安直なセンスだな。


「アルレイシャの様に素性を隠して潜伏してる獣人はこの国じゃ珍しくない。まぁ、アンタみたいなエルフの場合は例外だけどな」


「私も驚いたわ。てっきりエルフはとっくに絶滅したと思ってたから。まさか生き残りがいただなんてね」


 どうりで同じエルフを見かけないわけだ。ナタリアと呼ばれるこの体も元は死体。理由は分からんが絶滅したというのならそういうことなのだろう。


「……で、俺に何か用でも?」


「アナタにどうしても文句が言いたくてね」


「文句?」


 アルレイシャはミルクをゴクゴクと一気に飲み干して、空になったグラスを勢いよくテーブルに置く。


「あの日が私が一緒に飲んでた金の仮面の男。私はアイツを殺す為にパーティーに潜入してたのよ。でも、気づいた時には勇者が殺されって大騒ぎになってるし、そのせいで私のターゲットにも逃げられた。全部アナタのせいよ!」


「覚えてたのか」


「断片的だけどね。勇者のやつに操られるなんてマジで最悪。私がシラフならあんなダサいヘマは絶対しなかったのに」


「シラフも何もお前は全く飲めないだろ」


「それはさ……」


 どうやらあの状況は薬などのせいではなく、この女が招いた不手際がきっかけらしい。


「まさかお前、仕事で飲んだのか?」


「……ちょっとね」


「あれだけの飲むなと言ったろ!ただでさえバニーは酒に弱い種族なんだぞ!!」


「そんなの分かってるわよ!でも、あの状況じゃ逆に怪しまれたし、それに、」


「それに?」


「…この女みたいにカッコよく酒を飲める女に私もなりたいのよ!!」


 呆れた言い分だ。こんな浅はかな理由で失態を犯すとは、マスターもこの表情だ。


「プロ失格だな」


「…なんですって?」


「お前がターゲットを見失ったのは俺のせいじゃない。自業自得ってやつだ。この仕事を続けたいなら他人のせいにしてないでちゃんと反省しろ」


「言われなくたって反省してるわよ。お陰で依頼者に違約金まで支払うことになったんだから。もう二度と酒なんて飲まないわよ!」


 実力はそこそこあるようだが、それ以外はまるっきりダメだな。案外素直なところや強情なところも含めてまるで子供のようだ。


「文句は聞いた。これで文句は無いだろ。俺は帰る」


 ナタリアは残っていた酒を飲み干し、金をテーブルに置きさっさと店を後にしてしまう。


「あ、待ちなさいよ。まだ話は終わってないんだから!!」


 アルレイシャも慌ててナタリアを追って店を出る。


「おい、お前のお代は貰ってないぞ!!」


「ツケといて!!」


「ったく、騒々しい奴らだ……」

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