12、憧れた背中
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「…ここであってるよな?」
サイハラ タクマこと最弱の勇者はナタリアから受け取った手紙の内容通り、受け取った報酬を届ける為、宿屋キャンビーに訪れていた。
年季の入った古びた扉を慎重に開け、中に入る。
「いらっしゃいませ!」
タクマを迎えたのは宿を空けている女将の代わりに留守番しているビアンナだった。
「あの、ここの女将さんいるかな?」
「ごめんなさい。ママは今、外に買い物に出ていて」
「そう。少しタイミングが合わなかったか……」
「何かママに用事でも?」
「用事というか、実はここに泊まってるっていうある人から頼まれてる物があってね」
「良かったら私が預かりますよ!」
これだけの大金だ。最近何かと物騒だし、保護者がいない今、これを渡すのはちょっとな。
「いや、また来るよ」
「そうですか。あ、その頼まれた人の名前って分かりますか?ここに泊まってるならその人は帰ってきてるかも」
「名前か……そういえば名前を聞いてなかったな」
あの時は色々とバタバタしていたし、落ち着いた時はもういなくなっていて話どころではなかった。手紙にも名前は書いてなかったし、フードを被っていて顔もよく分からなかった。
助けてもらったのに、名前も正体も僕はあの人のことを何も知らない。
「じゃあ、その人ってどんな感じの人だったか分かりますか?」
「そうだな。顔は分からなかったけど、他は特徴的だった。赤いコートを着ていてフードを被っていた。後、女性だった」
「え、それってもしかして」
ビアンナがそれを聞いて正体を察した時、タイミング良くナタリアが帰ってくる。
「あ!」
「この人?」
「そうだよ。この人だ!!」
「やっぱりナタリアさんだったんだ」
「やれやれ…」
ナタリアは自分を見て驚く勇者の顔を見るや否や、勇者が持っていたずっしりと重さを感じる報酬が入っている袋を奪うと、ビアンナに渡す。
「おもたっ!!何これ……」
「前払いだといって女将に渡しておいてくれるか?」
「う、うん」
用を終えると、振り返ることなくナタリアはいつものように部屋がある二階へと戻ろうとする。
「ナタリアさん、待ってください!!」
名前を呼ばれナタリアはつい足を止めてしまう。
「……」
「ちょっといいですか?」
「断る」
「お願いします。手間は取らせませんから」
「ッ……」
ナタリアは小さな舌打ちを打つと登りかけていた階段から足を下ろす。
「ビアンナ。いつもの時間に食事を部屋に届けてくれ。それまでには必ず戻ってくる」
「うん。いってらっしゃい」
ナタリアからの返事は無く、勇者を連れてそのまま外へと出ていってしまった。
「あの人、私の名前覚えてくれてたんだ……!」
◇◇◇◇◇◇
「で、要件は?」
「この前の件でちゃんとお礼が言えてなかったので、」
「報酬は貰った。これ以上礼をされる様な真似をした覚えはない」
「だとしても僕が言いたいんです。あの時は、本当にありがとうございました!」
若いのに随分と律儀な男だな。
「じゃあ、俺はこれで」
「あ、あの!」
「…今度はなんだ?」
「僕を、貴方の弟子にしてくれませんか!?」
また突拍子もないことを言い出したな。一体どういう風の吹き回しだ。
「断る」
「お願いします。僕はどうしても貴方のように強くなりたいんです!」
「断る。そんなに強くなりたいなら他の奴の弟子になればいい」
「僕はアナタの弟子になりたいんです!」
「知るか。他所へ行け」
また面倒なことに絡まれたな。多少の気まぐれでコイツを助けたのは失敗だったかもしれない。大体、よりにもよってなんで俺なんだ。冒険者のお前が俺から教わることなんて一つもないだろうに。
「アナタみたいに銃を使いこなすことも、モンスターを軽々と持ち上げられるほどの力も僕にはありません」
「(あーータバコ吸いたい……)」
「だけど僕はどうしても強くならなきゃいけないんです。このままの僕でいることを僕が一番嫌だから」
「そうか。だったら強くなればいい。勝手にな」
面倒くさがってこの場を去ろうとするナタリアを慌てて引き止める。
「待ってください!」
しつこいな。こうなったら奥の手を出すか。後々、面倒なことになるかもしれんが、今はどうしてもタバコが吸いたい。
「……悪いことは言わない。さっさと諦めて帰れ」
「帰りません!」
「俺が人間じゃなかったとしてもか?」
「え?」
ナタリアは深く被っていたフードを脱ぎ、タクマに顔を晒す。
「その耳って、もしかして……」
「そうだ。俺はエルフだ。この意味が人間のお前なら分かるだろ」
「はい……」
人間にとってエルフとは差別の対象。見た目は似ていても全くの別物。彼らにとってエルフとはモンスターとなんら変わらない。
そうと分かればコイツも嫌でも納得するだろ。
「でも、それとこれとは別です。ナタリアさんがなんだろうと僕は貴方の弟子になりたいんです。そんなのエルフだからって僕にとってはどうでもいい」
しまった。逆効果だったか。なんでこんなに真っ直ぐなんだ…若いくせに頑固な奴め。
「……分からないな。どうしてそこまで強くなりたい?」
「助けを求める人に手が伸ばせるように。今の僕じゃ誰の手も掴めないから」
「他人の為か…普通だな」
「それに僕は、ゆう、」
「あっ!見つけた!!」
するとタクマの声を掻き消すように、仲間のエンフィとバンバがやってくる。
俺は慌ててフード深く被り直す。
「探したぞタクマ!やっぱり一人で行ってたんだな」
「会いに行くなら一緒に行くって言ったのになんで一人で行っちゃうのよ!!」
「ごめん。どうしても二人だけで先に話したいことがあって」
さっきの行動はどうやらコイツの独断だったようだ。あんな恥ずかしい台詞、仲間の前では言いにくかったか。
それなら丁度いい。
「それで何よ、話って?」
「それは、」
「大した話はしていない。報酬を渡され、礼を言われた。それだけの話だ」
「え、」
これ以上迷惑事に巻き込まれるのは勘弁だ。別に嘘は言ってないしな。
「な〜んだ。それなら一人で抜け駆けする必要なんかなかったじゃない」
「そうだぞ。これは俺達全員の問題なんだ。柄でもないのに一人でカッコつけるな」
ナタリアの思うように話を丸め込まれたが、タクマはまだ諦めきれなかった。
「いや、それもそうなんだけど、あの、ナタリアさん!」
「忘れてやる」
「え、」
「これ以上の礼はいらないし、さっきのことも全部忘れてやる。だからお前も今日見たものは全部忘れろ。いいな?」
「そんなの!……」
必死に食い下がろうとするタクマだったが、ナタリアの無言の重圧に耐えきれず、頷くことしかできなかった。
「それじゃあ俺は帰る」
「おい、アンタ!この前は助かった。ありがとうな!」
「言ったはずだ。礼はいらないと」
そしてナタリアは慣れた手つきでマッチで火を起こしタバコに火を付けると、そそくさと戻って行った。
「相変わらず無愛想な女だな〜」
「ねぇタクマ」
「ん?」
「もしかしてさ、あのナタリアとかって女のこと好きになっちゃった?」
「え!?いきなり何言ってるんですか!そんなわけないです!」
せかせかと否定するタクマの様子をニヤニヤと面白がるエンフィ達。
「好きなんかじゃありませんよ。憧れているだけです」
「本当に?」
「本当です」
「そう。ならいいんだけどさ…」
そのタクマの答えにエンフィはホッとした様子を浮かべる。
「……(ナタリアさん。俺、諦めませんから)」
タバコの煙を微かに漂わせながら歩くナタリアの遠い背中は、不思議と大きく見えたのだった。
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