縄文08 縄文土器
レンはスマホを睨んでいた。
アリスとのライメッセを、もう何度読み返したか分からない。
【アリス】 こわい
【アリス】 わかんない
【アリス】 ぜんぶ へん
【アリス】 なんか土の家
【アリス】 真ん中で火
【アリス】 石とか骨とかある
【アリス】 土で出来た植木鉢みたいな壺に色々入れてる
短い文章ばかりだった。
いつものアリスなら、こんな時でも意味のないスタンプを連打してくる。
なのに今は、それどころじゃないのが伝わってくる。
レンは送られてきた写真を開いた。
一枚目。
星空。
「……やばいよな、これ」
思わず声が漏れる。
星が多すぎた。
旅行先だとしても、こんな空あるか?
二枚目。
ピントの甘い、土の器のアップ。
「植木鉢……」
アリスの言葉を思い出す。
けれど、この写真はどう見ても植木鉢じゃない。
レンは自分の考えを確かめるように、画像検索を開いた。
土器の画像が、検索結果として並ぶ。
似てる。
丸い形。
厚い縁。
土のざらついた質感。
ライメッセを見返す。
【アリス】 土で出来た植木鉢みたいな壺に色々入れてる
レンはスマホを握りしめた。
「……いや、待て」
土の家。
真ん中で火。
石。
骨。
土器。
頭の中で、ひとつの言葉が浮かぶ。
「……アリス、縄文にいるっていうのか……?」
自分で浮かべた言葉を、すぐに否定した。
「いやいやいや……ありえないだろ」
そんなわけがない。
でも。
ライメッセを読み返す。
【アリス】 こわい
【アリス】 わかんない
【アリス】 ぜんぶ へん
冗談でこんなのを送る妹じゃない。
意味が分からない。でも、アリスが本気で助けを求めていることだけは分かった。
レンはスマホを握り直す。
「……とにかく」
家に電話して、父さんと母さんに確認する。
まずは、それだ。
+++++++
「カリ」
南条アリスは、その言葉を頭の中で繰り返した。
カリ。
意味は分からない。
けれど、男たちの様子を見ていれば、なんとなく想像はついた。
長い槍。先端には尖った石。編んだ網。背負うための籠。
昨日、あの獣が現れた時の緊張感と、どこか空気が似ている。
女の子がアリスの袖を引いた。
「カリ」
また、その言葉。
今度は森の方を指差す。
「……行くの?」
当然、通じない。
けれど女の子は、小さくうなずくように首を動かした。
アリスの背中に、ひやりとしたものが走る。
森は怖い。
人の手なんてまるで入っていない、生きたままの森だ。
昨夜のあの獣だけじゃない。蛇だっているかもしれないし、もっと訳の分からない何かが潜んでいてもおかしくない。
朝の光が木々の隙間から差し込み、遠目には静かで綺麗に見えるのに、少し奥へ目をやるだけで急に暗くなる。何が潜んでいてもおかしくない色をしていた。
男たちが声を上げ始めた。
意味は分からない。
でも、これから行くぞと互いを奮い立たせているのだけは伝わってくる。
女たちは槍を持つ男たちに何かを手渡したり、肩へ軽く触れたりしていた。
子どもたちはそのまわりをちょろちょろ走り回り、それ以外の人たちは相変わらず朝の仕事を続けている。
「こんなとこ、もういや」
思わず口から漏れた。
今日も学校がある日だった。
今頃、ママの作った朝ごはんを食べていたはずだった。
ここは一体なんなんだ。
ここには、私の知ってる普通がひとつもない。
お腹がすいた。
コンビニもなければスーパーもない。
冷蔵庫もなければ、買いに行く場所だってない。
女の子は肩を落とすアリスの腕を、また引っ張って歩き出した。
槍を持った男たちのそばへ行く。
いきなり、目の前へ籠が突き出された。
「ひゃっ!?」
肩が跳ねる。
子どもたちが三人がかりで、植物で編んだ籠をアリスへ押しつけてきたのだ。
「……ええええ」
渡された。
木の籠だった。
……え。
これ、私も行くってこと?
子どもたちが笑う。
「なにその顔!」
当然、通じない。
なんかちょっと、小さな子どもにまでバカにされてる感じがしてムカつく。
でも、そのまま森を見た時、別の気持ちが胸に広がった。
この人たち、これを持って毎回あそこへ行くんだ。
昨日みたいな獣がいる場所へ。
怖くないはずがない。
それでも行く。
食べるものを取るために。
入り口は朝の光が差し込んで幻想的なのに、奥はただ暗かった。
何がいるか分からない。
女の子がアリスの腕を引っ張る。
「ナ」
またその言葉。
来い、みたいな感じ。
アリスは少し迷った。
怖い。
ほんとは行きたくない。
でも、ここにいても言葉は分からないし、一人だ。
男たちが森の中へ歩き出す。
置いていかれたら、それはそれで困る。
アリスは籠を抱え、小走りでその後を追った。
胸の奥で、スマホが小さく震えた。




