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縄文07 朝

パチ……。


木の爆ぜる音で、南条アリスは目を覚ました。


頭がぼんやりする。

煙の匂いと熱を持った空気が、眠っていた意識をゆっくり浮かび上がらせていく。

見上げた先には、知らない天井。


そこで、昨日の記憶が一気によみがえった。


森。

闇の中で光っていた目。

火。

知らない人たち。


「ひっ……」


アリスは思わず短い悲鳴を上げて、反射的に身体を起こした。


けれど、特別自分のそばにいる人はいない。

まだ寝ている人も多い。

外は薄暗く、夜と朝の境目だった。


昨日みたいな凍える寒さはなかった。

気づけば毛皮にくるまっている。

真ん中の炉では火がまだ生きていて、大きな炎こそ消えていたものの、赤い炭が暗く光っていた。


周囲を眺めていたアリスの肩の力が、少しだけ抜ける。


もう何人かは起きていて、昨日あんな騒ぎだったのに普通に動いていた。


……なんなの、ここ。


アリスはハッとしてスマホを取り出す。


レンからのライメッセは――なかった。


ない。


なんで?


私が一晩家に帰らないなんて、あり得ない。

ママも父も騒がないなんておかしい。


お兄ちゃんは私が変な場所にいるって知っているのに、それを放置しているなんてあり得ない。


そもそも、なんでお兄ちゃんはあれっきりライメッセを送ってこないんだろう。


アリスは慌ててママへメッセージを送る。


【アリス】ママ、アリスだよ!

【アリス】たすけて!

【アリス】変な人たちばっかり!

【アリス】ママ、会いたいよ!


何通も送りつけているうちに、いつもと違う未送信のマークが並んでいることに気づいた。


圏外。


だから誰からも連絡が来ないの?


いや。


いやいやいやいや!


アリスは震える指で、もう一度メッセージを送る。


【アリス】ママ、助けて!


苦しい。

息がうまく吸えない。


どこにも連絡ができないまま、アリスは呆然と立ち尽くしていた。


入口の向こうが少しずつ明るさを増していく。


朝だ。


昨日、毛皮をくれた女の子が入口からこちらを見ていた。


女の子が、何か短く言った。


「ナ」


またその言葉だった。


意味は分からない。

でも、なんとなく“来る?”と呼ばれている気がする。


アリスが何も言えずにいると、女の子は少し迷ったような顔をして近づいてきた。

そして、そっとアリスの手を取る。


放っておいてほしかったのに、振り払う気力もなかった。


アリスは手を引かれるまま歩き出し、外へ出たところで思わず立ち止まった。


昨日は暗くて、ほとんど何も見えていなかった。

朝の光の中で見えたその場所は、思っていたよりずっと小さかった。


丸くて低い家がいくつも並んでいる。

しゃがまないと入れなさそうな、穴みたいな家。

その間を、人が当たり前みたいに歩いていた。


子どもが裸足で走っていく。


昨日家の中にいた、あの犬みたいな動物が外で丸くなって欠伸をしていた。

明るいところで見るとやっぱり犬っぽい。

でも、近所で見る犬とは少し違う。

骨ばっていて、目つきが妙に鋭かった。


女の人は大きな石の上で木の実を砕いていた。

ごり、ごり、と鈍い音が響く。


男たちは長い木の棒を削っている。

昨日、あの獣に向けていた槍だ。


網みたいなものを編んでいる人もいた。

背負うための籠みたいなものを直している人もいる。

大きな土の器からは湯気が上がっていて、その周りに人が集まり始めていた。


アリスは制服の胸元を押さえた。


……これ、なんて説明すればいいの。


日本?


いや、そんなはずない。


でも、こんな場所、家のそばのどこにもない。


山奥?

映画の撮影……?


でも、撮影現場なら普通の人たちがどこかにいてもいいはずなのに、どこにもいない。


電線もない。

車の音もしない。


聞こえるのは、人の声と川の音、それから石を打つ乾いた音だけだった。


目頭が熱くなる。


もう嫌だ。

帰りたい。


ママに会いたい。


女の子がアリスの袖を引いた。


アリスは引かれるがままに、この奇妙な人たちの間を縫って歩いた。


どこか、現実じゃない物語の中みたいだった。


気づけば、川のそばまで連れていかれていた。


数人の女たちが、平たい石の上で硬そうな木の実を石で叩いていた。

ゴリ、ゴリ、と殻が割れ、中身を土の器へ落としていく。


昨日のスープのやつかもしれない。


アリスは顔をしかめた。


「……それ食べるの?」


当然、通じない。


女の子は不思議そうにアリスを見ると、木の実をひとつ差し出した。


「え?」


いらないのに、つい受け取ってしまう。


摘んでみると、明らかに硬い。


女の子がじっと見ているので、捨てるわけにもいかなかった。


でも、お腹は正直だった。

空腹すぎる。


思い切って少しかじる。


苦い。


渋い。


「うぇぇ……」


顔が思いきり歪む。


女の子が小さく笑った。


初めて見た、その笑った顔にアリスはきょとんとする。


昨日はずっと強ばった顔しか見ていなかったから、なんだか変な感じだった。


遠くで男たちの声が上がる。


アリスはそちらを見た。


長い槍が立ち並んでいた。

周囲では、網や籠を集めて背負う人たちがいる。


何か準備している。


女の子もそちらを見て、短く言った。


「カリ」

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