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飛鳥01 坊主村


光のない闇の中を、アリスは落ちていた。


雷に打たれ、砕け散った壺も。

燃え盛る木々も、黒煙も。

逃げ惑う村人達も。

ハニャさんも、おじいちゃんも、少年も。


……全てが消え失せ、世界が裏返ってしまったようだった。


ただ見えるのは、自分の伸ばした白い腕だけ。


アリスは落ちながら、泣いて叫んだ。

胸に空いた見えない穴が、苦しくて苦しくて、仕方がない。


その声も涙も、闇の中に掻き消えていく。


もう、いや……


その途端に、身体が宙へ投げ出された。


「え?」


自分の声が聞こえたと同時に、風が耳元でうなる。


視界が、一気に開けた。


「いやあああああっ!」


身の毛もよだつ浮遊感と共に、内臓がひっくり返るような、冷たい恐怖がアリスを襲った。


空が見え、地面が見えた。


落ちてる!!


青い空。下には、緑の山々。

その間に、いくつもの建物が並んでいる。


轟々と唸る風の中を、アリスは突き抜けるよう落ちていく。


目を細めて下を見れば、屋根が見えた。

見慣れた茅葺きじゃない。

黒っぽい板のようなものが、何枚も何枚も重なっている。


か、瓦屋根!?


その中央には、今まで見たどの建物よりも大きな屋根が広がっていた。


もしかすると、やっと、普通の場所に戻ってきたのだろうか。


グングンと近づく地上を見ながら、アリスは死への恐怖と共にそんな希望を抱いた。


白や灰色の衣をまとった人々が動いているのが見えた。

その向こうには、様々な建物が見える。かなり背の高い建物まである。


「お寺っ……ぽ?」


そう思った時には、地面が猛烈な勢いで近づいていた。


「ちょっ!! ま、ま、ま、待ってぇぇぇ!!」


アリスの真下には、同じ形をした黒い板が、山のように積み上げられていた。


瓦!?

瓦の山に、落ちる!???


「うそでしょおおおおおっ!!」


死ぬ!!!

ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!


身体を突き抜けるような轟音が響いた。


瓦の山が弾け飛ぶ。

何十枚もの瓦が砕け、崩れ、地面へ雪崩れ落ちていく。


音が止んだ後、舞い上がった土ぼこりの中で、アリスは瓦の山に埋もれていた。


痛い。


腰も背中も頭も痛い。


……それでも、生きている。


恐る恐る顔を上げてみれば、周囲にいた人々が、全員こちらを見ていた。


目に入る全ての人の頭には、何故か髪の毛がなかった。

全員が、白い衣を着た坊主頭の男達。


瓦を抱えたまま固まっている者。

材木を運んでいた者。

皆が一様に口をぽかんと空けて動きを止めていた。


「いててて……」


坊主達が動かない中で、アリスは自分の状態を確認する。


骨を折っている様子も、血が出ているところもなく、それどころか擦りむいてさえいないみたいだった。


むしろ、瓦から脱出するほうがしんどかった。

アリスはガラガラと瓦の破片の山を抜け出て、ようやく地面に足をつける。


瓦がクッションになって助かったなんてあるわけがない、と思うのだが、やはり身体はどこにも怪我をした感じがない。


かなりの高さから落ちてきたのに……。


空を見上げたあと、周囲を見ると、坊主さん達もようやく動き出そうとしていた。


アリスは、乱れた髪を直してぎこちなく笑った。


「……こんにちは」


返事はなく、坊主さん達は、アリスに分からない言葉で、ざわめきだした。


そして、誰かが叫んだ。


「◇○……、オニ……□○……!」


その一言で、周囲の空気がはじけ、あちこちから「オニ」という声だけが響き始める。


「え、鬼? どこ?」


アリスは慌てて振り返った。


もちろん、後ろには誰もいない。

再び前を向く。


すると、全員が自分を見ている。


アリスは首を傾げる。

まさか、あたしのことを鬼だと言っているのだろうか。


次々に指をさされ、あちこちからオニオニと言われ始める。


棒を掴む者。

怯えた目で後退りしている者。

胸の前で手を合わせ、何かを唱える者。


「まるで、化け物扱いなんだけど……」


男たちがジリジリと、恐ろしい形相でアリスに近づいてくる。


ブオン!


坊主頭の男たちの方が、むしろ鬼みたいだ。

そう思った直後、凄まじい勢いで振られた棒が、アリスの鼻先を掠めた。


「きゃぁ!! ちょっと! 待って! 違うから!」


殺されかねない勢いに、アリスはすぐに悲鳴をあげて逃げ出した。


殺される!

なんなの、ここ!


足元で破片が滑り、転びそうになる。

どうにか踏みとどまり、そのまま走った。


オニオニオニオニ!


背後から怒鳴り声が追ってくる。


言葉はほとんど分からない。

けれど、捕まったらまずいということだけは、嫌になるほど伝わってきた。


「ごめんなさい! ほんと、ごめんなさい!」


もしかしたら、瓦を壊したことを怒っているのかもしれない。

ただ、弁償したくても出来ないし、その前に袋叩きにあうのは嫌だ。


全力で庭を横切り、追ってくる男たちを引き離そうとするが、見渡す限り、坊主頭ばかりだった。


右を見ても坊主。左を見ても坊主。


奥からも坊主が出てくる。


「なにここ、坊さん村!?」


大きな建物の脇を駆け抜ける。


太い柱をすり抜け、アリスは必死で誰もいない方へと足を向ける。


建物はどれも立派だった。

黒々とした瓦屋根、黄金色の装飾がされている建物すらあった。


風に乗って、甘いような、焦げた木のような香りが流れてくる。線香の匂いに似ていた。


けれど、立ち止まっている余裕はない。

アリスはどこまでも逃げた。


やがて、前方からも男たちが現れた。


「うそ、挟まれた!」


道を変えようとしたが、横には高い塀が続いていて、後ろからは迫る足音。


逃げ場がない。


アリスが立ち尽くす。


その時、塀と建物の間から手が伸びた。


アリスは腕を掴まれ、驚く。


「えっ!」


身なりのよい青年だった。

白く長い衣、太いズボン、そして髪の毛があった。


髪の毛は綺麗に結い上げられていて、整った顔立ちをしている。

ただ、その表情は険しい。


青年はアリスの腕を引き、短く言った。


「……□△……こちら」


その言葉だけは分かった。


アリスは考えるより先に、青年のあとを追った。


狭い通路を抜け、干してある布の間を潜り、積まれた木材の裏へ回る。


迷わず進む青年の背中を、アリスは必死で追った。


何度か角を曲がるうちに、もう自分がどこを走っているのか、まったく分からなくなっていた。

けれど、アリスを追っていた声がどんどん遠ざかっていくのは間違いなかった。


やがて青年は、小さな建物の戸を開けた。


そこに追いついて肩で息するアリスを、青年は中へと押し込む。

そのまま青年もするりと中に入り、戸が閉じられた。


「ちょっと!?」


薄暗く、土と草の匂いがした。


外では、まだ人々の声が飛び交っている。


青年は戸口に立ち、隙間から外をうかがった。


アリスは荒い息を整えながら、その横顔を見つめる。


年はレンよりも少し上に見えた。

周囲の坊主達とは明らかに違う衣を着ている。


何より、髪の毛があるだけで安心できた。

あの坊主さん達、本当に酷い。


しばらくして、青年がこちらを向いた。


「……■△◇◁▽◆……■□▷□」


何かを尋ねている。


言葉がほとんど聞き取れなくて、アリスは肩をすくめた。


「ごめん。全然分かんない」


青年もアリスの言葉を聞き、目を見開く。

言葉が通じていない事に驚いたようだ。

そして、二人は黙った。


どうすればいいのか考え込むその表情が、少しだけレンに似ていた。アリスがわがままを言うと、レンもよく同じような顔をした。


何か思いついたのか、青年は目線をアリスにあわせるように屈むと、自分の胸へ手を当てた。


そして、ゆっくりと、はっきり。


「ナカ□○カマ……タリ……」


聞き取れたのは、最後の部分だけだった。


「……カマッタリ?」


青年が頷いて笑った。


アリスはその笑顔にドキリとする。

やはり、レンに似ている。


レンがもう少し歳を重ねると、こんな風になるんじゃないだろうか。


そう思いながらも、アリスも自分を指さした。


「アリス。南條アリス」


「あ……り……す」


ぎこちない発音だったが、確かに名前を呼んだ。


「うん。アリス。よろしくね」


外から再び大きな声が聞こえた。


カマッタリは、また口を開こうとしたアリスを手で制した。

そして、自分の口元に手をやる。


アリスが両手で口を塞いで見せると、カマッタリは頷き、耳を澄ます。


足音が建物の前を通り過ぎていき、やがて、辺りは静かになった。


カマッタリは戸を少し開け、外を確認し、それからアリスへ何かを告げた。


「□■▷……◇◁■□ココニ◇◁▽◆……」


長い言葉だったが、何となく意味がわかった。


「ここに?」


カマッタリは頷き、アリスを指した。そのまま、手のひらを下へ向ける。


どうやら、「ここにいろ」で当たっているらしい。


「ここにいればいいのね」


カマッタリは頷くと、戸口へ向かった。

どうやら、いったんアリスを置いて外へ出るつもりらしい。


カマッタリが外に行こうとするのを、アリスは咄嗟に衣を掴んで引き止めた。


驚くカマッタリに、アリスは慌てて言う。


「あ、ありがとう、カマッタリ」


すると、青年は一瞬だけ奇妙な顔をした。

けれど何も言わず、戸の向こうへ姿を消した。


……ふぅ。


一人になった途端、アリスはその場に膝から崩れて座り込んでしまう。


とっくに足は限界だった。

いきなりあんな怖い目にあった事もあって、全身に力が入りっぱなしで、もうクタクタだ。


アリスは壁に背を預けて、大きく息を吐き出す。


「お兄ちゃん……」


思わずつぶやいた言葉に、アリスはハッとする。


そうだ。

レンに連絡しないと。


アリスは服の中を探り、伊太郎のスマホを取り出した。


画面は真っ暗だった。


え?


その冷たい感触もあって、嫌な予感がアリスの胸を震わせた。


けれど、側面のボタンを押すと、すぐに白い光が灯った。


「はぁぁぁ、よかった……」


そして、急いでライメッセを開こうとしたアリスの指が止まる。


画面に映ったその表示を見て、目を見開く。

何度見ても、結果は変わらない。


「……え?」


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