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古墳20 割れる壺

「待ってろ、アリス」


レンはノートパソコンへ向き直った。


アリスの言う通り、これはタイムカプセルだ。


この壺を見つけることが出来れば、アリスのいる場所が特定できる。


そして、――アリスが古墳時代にいる事の証明になる。


レンは目をつぶり、アリスとのライメッセを思い出す。


数週間前、古墳の写真を送ってくれた時だ。


【アリス】まだ、古墳みたいの見つけただけだよ。


【レン】ありえん


【アリス】あたしが古墳時代にいるってことのほうがありえんでしょ


……アリスの気持ちを思えば当然だ。


知らない場所、知らない人、知らない物。

全てが未知の世界で一人きり。


そんなアリスへ、目の前の情報だけで、俺は単純にそこが縄文時代だ、弥生時代だ、古墳時代だと言っていた。


そんなの、実際に自分が同じ立場なら受け入れられるだろうか。


無理だ。

受け入れられない。


変な場所だと思っても、そこが過去の世界だなんて、信じられるわけがない。


だから、アリスは、求めている。


ここが何処なのか。

そして、いつなのか。

今、自分が立っている場所の、『真実』を。


そして、俺に、タイムカプセルを託した。


レンは目を見開き、大きく呼吸を繰り返す。


やるしかない。

とことん、徹底的に、調べ尽くす。


出土されている須恵器に似たものがないのか。

あの古墳は一体何処なのか。


ネットを探るだけじゃ足りない。

見つからなければ、明日には休みを取って、全国の博物館を探し歩いてもいい。


それに、この壺は、大王への献上品。

ならば古墳に副葬品として納められているのかもしれない。


見つけられる。

ライメッセを待つ必要はない。 歴史は、既に書き換わっている筈だ。


もっと言えば、あいつがやると決めた時点で、タイムカプセルは未来に届く。


あいつは、やると決めたら必ずやる妹なのだから。


レンは大きく息を吸い込んで、またパソコンへとかじりつく。


アリスのAマークを必ず見つける。


一五〇〇年前にいた、妹の存在を証明するために。





空は快晴だった。

山の緑と清々しい空気に、アリスの胸は更に躍った。


渡来人の村には、朝から大勢の人が集まっていた。

埴輪村の人達まで駆けつけているのだ。


完成した巨大な須恵器は、厚い布で丁寧に包まれ、既に頑丈な木箱へ納められている。


そして今、職人たちの手で、御輿の板の上に乗せられて、固定されていた。


その様子を、少し離れた場所から、アリスは誰よりも熱い視線で見ていた。


「やっとだ……」


アリスはぎゅっと両手を合わせて、まるで祈るように、荷造りされている様子を見つめる。


木箱の周りでは、役人達が慌ただしく出発の準備を進めていた。

立派に束ねた髪の毛の輪を耳元で揺らしながら、派手な服装の男が一番何もしないで騒いでいる。


「あ、あいつ!」


見覚えのある男にアリスは苛立つが、おじいちゃんも、渡来人の職人達も、皆、晴れやかな顔だ。


これから、この須恵器は、村を出て大王の物に行くのだ。

それが、とても誇らしい事のように、皆胸を張っている。


……まぁ、いいか。


アリスはもう嫌な役人達には目もくれず、また木箱へと視線を戻した。


木箱の中には、あの須恵器がある。

そう思うだけで、アリスの胸は一杯になる。


「これで……」


アリスは小さく笑った。


「……わかる、よね」


もし、本当にあの壺が未来まで残ったなら。

お兄ちゃんは、あたしが古墳時代にいた事を知る。


そしてここが、本当に過去なのか、その時、はっきりする。


模様の中へ、幾つも紛れ込ませた小さな『A』。

ここが、古墳時代なら、アルファベットなんてあるはずない。


役人達が木箱を担ぎ上げる。

途端に騒がしかった村人達が、静まり返った。


ゆっくりと列が動き始めた。

アリスはその後ろ姿を、静かに見送る。


「お兄ちゃん……。絶対にみつけてよ」


その時だった。


青空の向こう側が、黒く陰った。


「……え?」


雲だ。

真っ黒い雲が、まるで生き物のように渦を巻き、蠢きながらぐんぐん大きくなる。


さっきまで晴れていた空は、あっという間に黒い雲に飲み込まれてしまった。


周囲が暗くなったせいで、村人達も空を見て騒ぎ始める。


気づけば、風が止まり、重い空気が周囲に充満している。


ゴロ……


低い音が、大地を震わせた。


役人達も空を見上げて叫び出す。


ピカッ!!


白い光が空を切り裂く。


轟音。


雷が、役人達の列へ落ちた。


「きゃあっ!!」


爆発するような衝撃に、アリスはその場にうずくまる。


顔を上げた時には、村の入口は一変して酷い状況になっていた。


煙が充満し、炎が躍っていた。

村人達も役人達も、四方八方へわらわらと逃げ出していた。

腰を抜かして暴れている者、ピクリとも動かない者、泣き叫ぶ者。


な、なんなの、これ?


アリスは呆然として、その惨状に身動きができない。


ピカッ!!


衝撃と共に、木箱が吹き飛んだ。

そして、炎が一気に燃え上がる。


悲鳴と怒号が更にヒートアップする。

役人達が転げ回る。

木箱は炎に包まれ、黒く焼け焦げていく。


気づけば、アリスの足が動いていた。


嘘……。


やめて。


やめて!


アリスは夢中で走る。


「だめぇーーーっ!!」


騒然とした混乱の中、その声は誰にも届かない。


炎が木箱を飲み込み、激しい音とともに崩れ落ちる。

中から転がり出た須恵器が、大きく跳ねるように落ちた。


そして、地面へ叩きつけられる。


阿鼻叫喚の中で、アリスの耳に確かに聞こえた鈍い音。


そして。


ぱりん。


大きな須恵器は、無数の破片となって砕け散った。


「あ……」


走るアリスの腕が誰かに掴まれ、アリスは転がるように倒れた。


アリスの頭の中は、それどころではない。


砕けた。


タイムカプセルが。


お兄ちゃんへの印が。


全部。


全部……。


ぐいと腕を引かれて強引に立ち上がらせたのは、ハニャさんだった。


「ハニャ!!!」


その横には少年が、必死の顔でアリスを見ていた。


引きずられるように、割れた須恵器から離されていくアリス。


そうだ、逃げないと。

空を見上げると、黒い雲が渦巻きを速めている。


これ、なんなの?


まるで怒り狂った竜が蠢くように、雲はその色を濃くし、ゴロゴロと威嚇する。


こんな雲、あり得ない……。


その時、耳の奥で、甲高い音が響いた。


「……え?」


景色が揺れた。


木々が、ハニャさんや少年が、炎が、ぐにゃぐにゃと揺れている。


目を擦るが、違う。


揺れているのは、自分じゃない。


アリスの周りの世界が、アリスを残して歪みを酷くさせていく。


「うそ……」


咄嗟に足元へ目をやれば、黒い亀裂が走っていた。


それは、蜘蛛の巣のように広がり、大地を覆っていく。


忘れるはずがない。


この感覚。


まただ。


また。


どうして、私を。


掴まれていた筈のハニャさんと少年の腕が、離れていく。


「いやっ!!」


とっさにアリスは、少年を見た。

少年の顔は歪んでいた。


まだ、私!!!


地面が音もなく崩れて、黒い穴に吸い込まれ、広がっていく。


アリスは手を伸ばす。


届かない。


身体が沈んでいく。


誰かの叫び声が聞こえる。


「いやぁぁぁ!!」


世界が裏返る。


空が砕ける。


光が弾ける。


アリスは、黒い穴の中へ落ちていく。



――世界が、異物を次の時代へ排出する――


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