古墳19 タイムカプセル
埴輪村は、毎日少しずつ変わっていた。
朝になれば、あちこちでろくろが回り始める。
粘土をこねる者。器の形を整える者。模様を刻む者。乾燥させる者。焼き上がりを確かめる者。
以前は一人で何でもこなしていた職人たちも、いつの間にか自然と役割が分かれ始めていた。
「ハニャ!」
ハニャさんが大きな声を上げる。
その姿を見て、アリスは思わず笑みをこぼした。
「なんか、ろくろがきてから、急にみんなの動きが変わってる気がする……」
ろくろの数は限られていたが、以前より明らかに出来上がりが早い。
粘土を運ぶ人が増え、乾燥部屋へ運ばれていく埴輪も次々と並んでいく。
気づけば、ハニャさんが大声で指示を飛ばす姿も、ほとんど見なくなっていた。
「これなら……」
もっと沢山作れる。
あの白い山に、埴輪が赤いラインとなって埋め尽くせる。
ふと視線を上げると、埴輪を運んでいる少年と目が合う。
少年は照れくさそうに笑い、また駆けていく。
「あ」
その笑顔を見た途端、アリスの胸がちくりと痛んだ。
……まだ、謝れていない。
シマエナガの目をぐりぐりされた時、あんなに怒ってしまった。
あれは壊そうとしたんじゃない。
割れないようにする工夫だったのに。
「ごめ──」
何度も言いかけたのに、タイミングが合わない。
……謝るって、苦手だ。
もう少年は忘れているみたいだ。
だから、もう謝らなくても良いだろうか。
……でもやっぱり、ちゃんと謝りたい。
凄く怒ってしまった自覚がある。
だから、少年の優しさを踏みにじった罪悪感に、耐えられない。
ふと、村の入口が騒がしい事にアリスは顔を上げる。
見れば、あんなに動き回っていた職人達の動きが止まっていた。
村の入口。
一人の若者が、ハニャさんと話していた。
「どうしたんだろ?」
渡来人の若者だった。
息を切らしながら、必死にハニャさんに何かを叫んでいる。
「ハニャ?」
若者は何度も身ぶり手ぶりをして、必死だ。
ただ、その目は大きく輝いていて、生き生きして見えた。
嫌な知らせではない。
ふいに、ハニャさんの表情が、変わる。
「ハニャ!」
村中へ響き渡る声。
渡来人の若者が、それを聞いて安心したように笑うと、背を向けて村から去っていく。
すると職人たちが一斉に若者に続くように、誰からともなく走り出した。
「え、え、え? ま、待って!」
作業を放り出して、どこ行っちゃうの!?
何を考えているのか、わけがわからない。
アリスも慌ててその後を追った。
◇
渡来人の村には、大勢の人が集まっていた。
巨大な窯の前は、以前と同じはずなのに、人の熱気に満ちていた。
誰も騒がず、ただ、じっと窯だけを見つめている。
窯の口は、石と土で固く塞がれている。
その前におじいちゃんがいた。
渡来人の職人達が集まり、おじいちゃんの合図で、甲高い掛け声が響き渡る。
男達が一斉にハンマーを振り下ろし、小山のような蓋が崩れていく。
アリスも、少年も、ハニャさんたち埴輪村の村人達も、ただその様子を瞬きせずに見つめていた。
蓋は破壊され、石がどけられ、土が崩される。
やがて窯の口がゆっくりと姿を現す。
物凄い熱風が一気に吹き出すが、誰も微動だにしない。
白い湯気があたりに立ち昇り、その中で職人達が動き続けている。
誰も声を出さない。
アリスも、湯気の向こうをじっと見つめて、ただ願う。
お願い!
割れていませんように!
神様……、ママ……、お兄ちゃん……。
ゆっくりと煙が流れ、その奥から姿を現したのは、子どもの背丈ほどもある、大きな須恵器。
おおおおお……
周囲の職人たちが、どよめき出す。
灰色に焼き締まった肌は、土とは思えないほど滑らかで、美しかった。
口の縁まで、どこにも傷は見当たらない。
欠けも、ヒビも、割れている様子も見当たらない。
静まり返った空気が、村を包む。
ほんのわずかな時間だけ、誰も動かなかった。
須恵器の周囲を見ていたおじいちゃんが、ふいに奇声を上げた。
「きょーーーー!!」
それは、誰が聞いても喜びの叫び。
歓声が一気に弾けた。
「おおおおおーーっ!!」
渡来人たちが抱き合い、ハニャさんは力いっぱい拳を突き上げる。
奥さんは涙ぐみながら笑い、おじいちゃんは髭を震わせ、何度も何度も須恵器を見ては泣いている。
アリスも思わず飛び跳ねていた。
「やったぁ!!!」
心の底からアリスは叫んだ。
成功した。
成功したのだ!
あの夜、おじいちゃんが頭を下げて託した願い。
ようやく、その願いが形になった。
歓声の輪から少し離れ、アリスは静かに壺へ近づく。
そして、美しく焼き締まった表面の模様をじっと見つめる。
その中に探していた印を見つけて、アリスはまた喜びで叫びそうになるのを、きゅっと堪えた。
誰も気づかない。
アリスは渡来人に褒められるくらい腕を上げ、ちょこちょことこの美しい模様作りを手伝った。
絶対に、この時代の人は気づけない。
でも――
「お兄ちゃんなら、見つけてくれるよね」
アリスは少し照れくさそうに笑った。
「これ、お兄ちゃんへのタイムカプセルだから」
◇
実家から自分のアパートへ戻ったレンは、寝る時間も惜しんで、ノートパソコンに向かっていた。
大きく息を吐き、目頭を揉む。
パソコンから目を離し、椅子にもたれたままスマホを手に取る。
画面には、ライメッセのトーク画面が表示されていた。
【アリス】大きい壺できたよ!
【アリス】それとね、その壺は、お兄ちゃんへのタイムカプセルだよ!!!
その一文を読んだだけで、レンの胸は熱くなった。
「……タイムカプセル、か」
レンはグッと奥歯を噛んだ。
「……ほんと、お前らしい」
レンは小さくつぶやいて、その次に送られてきた写真を開く。
大きな須恵器の写真だ。
人の腰ほどもありそうな灰色の壺。
そして、表面には細かな模様がびっしり刻まれている。
レンは指先で画面を広げた。
模様。
さらに広げる。
もっと拡大する。
「これは……ホント、思いつかないだろ」
息を止め、模様にしか見えない線を追っていく。
「いや……」
レンは静かに首を振った。
「……アリスらしい、かもな」
レンはもう一度、壺の写真を見つめた。
アリスは昔からそうだった。
ノートの端や、広告の裏、コピー用紙、自由帳。
小さいときから、絵を描くのが大好きな妹だった。
工作になると、さらにひどかった。
空き箱やカップを部屋の隅に大量に抱え込んで、よくそれをくっつけて謎の道具やオブジェクトを作っていた。
とにかく物を作るのが好きな妹だった。
そして、完成した作品には、誰にも気付かれないほど小さく、自分の『A』を書き込む癖がある。
プロのサインみたいで格好いいから。
私のマークなんだよ!
お兄ちゃん! 見て見て!
十歳も歳の離れた妹は、いつも理解不能のエネルギーで何かと問題を起こしていたけれど。
「……ホント、すげーよ」
思わず笑ってしまう。
アルファベットなんて存在しない時代。
だけど。
もし、この世界のどこかで。
古墳から出土した須恵器に、その『A』が残っていたなら。
それは確かに、俺にしか分からないタイムカプセルだ。
「待ってろ、アリス」
レンはノートパソコンへ向き直った。
この壺は、きっとどこかで眠っている。
ならば、見つけ出す。
それが今の自分にできる、たった一つのことだった。




