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古墳18 カードバトル

渋谷で働き始めてから、実家へ帰る回数はずいぶん減った。


仕事が忙しいのもある。

一人暮らしに慣れると、休日くらいは好きに過ごしたくなる。


だが、最近は実家へと立て続けで帰っていた。

アリスの事が気になって、今朝も気づけば早くに車に乗り込み、昼前には実家に到着していた。


玄関を開けると、不思議な違和感を覚えた。


味噌汁と炊きたての白米の香り。その奥に、知らない匂いが一瞬だけ混じった気がした。

レンは眉をひそめたが、その違和感はすぐに味噌の香りへ溶けて消えた。


「あら、レン。おかえり」


キッチンから顔を出した紫が笑う。


「ただいま」


靴を脱ぎながら、レンは何気ない調子で聞いた。


「そういえばさ。何か相談したいこととかあった?」


「相談?」


紫はきょとんと首をかしげた。


「ないけど?」


「……そう」


あっさり返されてしまう。


考えすぎか。


丁度、お昼時で、テーブルにはアジの開きやニラ玉、冷奴、といった食欲をそそる昼ごはんが並んでいる。


そして、何故か自分のいつもの席にも箸と茶碗が並んでいる。


「あれ? 帰るって言ったっけ?」


「え? ……なんとなく?」


レンはつい苦笑いを浮かべる。


紫は勘が凄いのか、天然なのか、不思議なところがある。

レンは、いつものこととしてスルーする。

なんにしろ、朝ごはんを抜いてきたレンには、嬉しい昼食だった。


「あれ、伊太郎は?」


父、伊太郎のご飯がない。


「あー、今日は仕事だって」


ふうんと、頷いて食卓に座ろうとすると、後ろからドタドタと足音が響く。


「お兄ちゃん!」


振り向くと同時に、レンはアリスに腕を引っ張られていた。


「カードやろ!」


「あー、はいはい。」


「今日は負けないからね!」


「それ、毎回聞いてる。先にメシな」


「オーケー!」


アリスはドタドタと自分の席に移動し、ご飯を食べ始めた。

レンも肩をすくめて箸を手に取る。


「いただきまーす」


味噌汁を飲みながら、レンはアリスを盗み見る。

よほどカードを早くやりたいのか、必死で食べている姿はどこかマヌケで、いつものアリスだ。


知らずに、レンはライメッセのアリスとつい比較してしまう。

いつも通りのような、違うような……。


気づけばアリスと紫が、じっとレンを見ていた。


「美味しくない?」


レンは紫に慌てて首を振る。

つい色々考えてしまっていた。


「味わってないで、早く早く!」


レンはため息を吐くと、また食事をはじめた。


昼食が終わると、レンはアリスに引っ張られて2階へと向かう。


向かったアリスの部屋は、カードが散乱していて、レンは呆れる。


「おい、これ酷くないか?」


「え、こんなもんでしょ、デッキ作ってれば」


確かにそうなのだが、紫があとで怒るなとレンは自分のカードケースを引っ張り出した。


二人は部屋を出た先の廊下に座ると、デッキをシャッフルする。


兄妹で何百回も遊んできたカードゲーム。


レンが大学生の頃、小学生だったアリスは負けるたびに悔し泣きしていた。


それでも何度も挑んできた。


それが、前よりもカードさばきが様になっていて、成長を感じる。


「じゃ、先攻!」


「また先攻かよ。」


「運も実力!」


「都合いいな。」


二人は笑いながらカードを引く。


最初の数ターンは、いつも通りだった。


勢いだけで攻めるアリス。

受けながら形を作るレン。


今日は勝てそうだなと、レンは顔に出さずに笑う。


……そう思った。


だが。


「……え?」


レンの指が止まる。


そこ、墓地に置くのか。


昔のアリスなら絶対に温存するカード。

前回もそうだったとレンは思い出す。


嫌な予感を覚えて、レンは場に出ているカードを確認する。


種族は水と闇、トリッキーな文明が並んでいて、その予感がまた膨らむ。


速攻型の火を好むアリスが、奇妙なデッキを作っている。


「どうしたの?」


「……いや」


レンは一旦、オールマイティなメタモンスターを場に並べ、次のターン優位になれるように手札を増やし、ライフカードに罠を仕込む。


ふと顔を上げると、アリスの表情にぎくりとする。


まるで湖の水面みたいに静かな瞳が、レンが仕込んだカードを見つめていた。


ここで、レンはアリスに怯んだ。


一手。


二手。


三手。


その後、レンの手は、完全に読まれて、翻弄され続けた。


「……まじか」


レンは思わず笑った。


アリスの豪運でも、自分のツキのなさでもない。

完全に読み負けている。


そしてアリスは、一枚のカードを場に出す。


深い藍色。

暗い海の底のような背景。

そこに無数の瞳を持つ異形が静かに浮かんでいる。


《観測者 ミラ=ノクティリカ》


また、これかよと、レンは顔を強張らせる。


このカードは強い。

ただ、出せれば、の話で、コストも条件も厳しすぎる故に採用されにくいカードだった。

それが、最悪のタイミングで当然のように召喚された。


「それ、好きだったか?」


「うん」


アリスはカードを見つめながら笑う。


「なんか好きなんだよね」


その笑顔に、もう違和感はない。


けれど、レンの胸の奥だけが、ざわりと波立った。


試合は、その数分後に終わった。


「……勝った」


口ではそう言ったものの、胸の中はまるで負け試合だった。


あの数ターン。

読みは完全に向こうが上だった。


アリスの用意周到なこのターンをひっくり返すことができたのは、単なる運。


ライフカードとして仕込んだカードが、アリスのトドメのターンを強引に終了させ、そのままレンのターンで、逆にトドメの一手となった。


丁度いいタイミングで丁度いいカードが一枚だけ手札に来て、ライフカードへ罠として仕込めた。

勝った気がしない……。


「え……」


一方で、アリスの顔は驚きで満ちていた。

なぜ自分が負けたのか、信じられないという顔だ。


その姿は、老婆のような、レンの知らない何者か、そんな恐ろしい存在に見えた、その時だった。


アリスは両手で長い髪の毛を掻きむしる。


「なんでー!!! むきー!!!」


レンは、その大声に情けないほどビックリした。


「悔しい!!! やっぱお兄ちゃん、激強だぁ!!!」


「……そ、そうか?」


レンは小さく息を吐き、知らずに安堵していた。


さっき、妹が妹でない別物に見えた気がしたが、気のせいだったようだ。


目の前で、アリスは無邪気にカードを片付けている。


けれど、レンの中の小さな違和感は、本人が気づかないほどに大きく膨れ上がっていた。



その日の夜、レンのスマホが震えた。


【アリス】大きい壺できたよ!


【アリス】それとね、その壺は、お兄ちゃんへのタイムカプセルだよ!!!


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