縄文05 ここはどこ?
【レン】 今から言うこと、ちゃんと答えろ
南条アリスは毛皮の陰へ身を縮め、スマホを握りしめた。
土の家の真ん中では火がぱちぱちと音を立てて燃えている。
煙が天井近くにたまり、喉がいがらっぽい。臭いし、煙いし、熱い。でも、外の寒さを思えば、ここはまだ天国みたいなものだった。
周囲では知らない言葉が飛び交っている。
低い男の声。 子どもの笑い声。 石の上で木の実を砕く、ごりごりという音。 骨か何かを削る乾いた音。
こんな場所にいるのに、自分とスマホの画面だけがいつものままだった。
【レン】 ケガしてるか?
アリスは自分の腕を見る。 泥だらけだったけど、ちゃんと動いた。
【アリス】 大丈夫
すぐ既読がつく。
【レン】 今どこにいる
【アリス】 わかんない
【レン】 家じゃないのか?
アリスは顔を上げた。
土の床。火。毛皮。知らない顔。
どれを見ても、自分の知っている世界と噛み合わない。
【アリス】 ちがう
少し間が空いた。
【レン】 さっきの星の写真どこだよ
【アリス】 わかんない
【レン】 は?
アリスの指が震えた。
自分でも説明できない。
どう言えばいいのか、本当に分からなかった。
【アリス】 こわい
既読。
少しして、返事が来る。
【レン】 もっと情報くれ
【レン】 わけがわからない。何もできない
その一文に、アリスは思わず息をとめる。
いまだに圏外のままのスマホ。
助けてって言っても、私ですらココがどこかわからない。
だから。
ちゃんと……見ろってことだ。
アリスは周囲を見回した。
でも、見れば見るほど意味が分からなかった。
火を囲んで、10人ほどの男女が座っていた。
年寄りもいれば、小さな子どももいる。
家族なんだろうか。
男のひとりは石と石をぶつけるみたいに、黙々と黒い石を削っていた。
すぐ隣で、女の人は獣の皮を縫っていた。針みたいに見えるのは、金属じゃなくて魚の骨みたいな白いなにかだ。植物の繊維みたいなものを通し、それで毛皮を縫っていた。
別の人は木の実を石で砕いている。
大きな土の器。吊るされた魚。乾いた骨。 砕いては集め、また砕く。その繰り返し。
火のそばで丸くなっていたのは犬だった――と思った。 けれど、見慣れた犬とも少し違う。
何を見ても、自分の知っている世界と結びつかなかった。
それでも、レンなら何かわかるかもしれないと、必死にスマホを打つ。
【アリス】 なんか土の家
既読。
【アリス】 真ん中で火
【アリス】 石とか骨とかある
【アリス】 土でできた植木鉢みたいなでっかい壺ある
既読。
少しして、レンから返ってくる。
【レン】 お前、どっか変なキャンプ場にでもいるの?
アリスは思わず唇を噛んだ。
そんなわけない。
でも、そうとられてもしかたのない説明しかできない。
【アリス】 わかんない!!
送った拍子に、声まで漏れた。
しまった。
土の家の空気が、一瞬で静まる。
さっきまで思い思いに話したり作業していた人たちが、一斉にアリスを見た。
アリスは慌ててスマホを毛皮の中へ押し込み、顔を下げる。
でも、視線は消えなかった。
恐る恐る顔を上げる。
火の向こうで、あの女の子がじっとアリスを見ていた。 その向こうにも、横にも。
黒い瞳がいくつも火を映して揺れていた。
みんな、自分を見ている。
心臓が早鐘のようになり、息が浅くなる。
何かされたらどうしよう。 スマホ取り上げられる? 怒られる? 追い出される?
誰も何も言わないのが、余計に怖かった。
入口の近くにいた男が、はっと顔を上げた。
アリスじゃない。
外を見ている。
何か嫌な予感がした。
遊んでいた子どもを、女たちが無言で自分のそばへ引き寄せる。
腰を下ろしていた男たちも、ひとり、またひとりと立ち上がった。
さっきまで聞こえていた話し声が消えている。
何が起きているのか分からないけれど、自分のせいじゃないことだけは分かった。
全員の視線が、アリスではなく入口へ向いていた。
アリスもつられてそちらへ顔を向ける。
遠くで、低く喉を鳴らすような音がした。
初めて聞く動物の声だった。
犬みたいな軽さじゃない。 もっと重く、腹の底に響く音。
誰かが乱暴に火へ薪をくべる。
ぼっと炎が大きくなり、入口の向こうの闇を照らした。
その一瞬、何かが動いた気がした。
ブルッ。
手の中でスマホが震える。
レンだ。
でも、アリスは画面を見ることができなかった。




