縄文04 村
暗い森の中を、火の列がゆっくり進んでいく。
南条アリスは半分引きずられるように歩いていた。
寒い。
涙で顔はぐしゃぐしゃだし、胸の奥では父のスマホが時々小さく震えている。
でも、見る余裕なんてなかった。
男たちは低い声で何か話している。
内容はまったく分からない。
日本語じゃないことだけは確かだった。
怒鳴っているわけじゃなく、ずっと相談しているみたいだった。
アリスは肩に掛けられた毛皮をぎゅっと握る。
獣の匂いと煙の匂い。
知らない臭いなのに、それだけで少し寒さが和らいだ。
どれくらい歩いただろう。
森の黒い壁がふっと途切れた。
ひらけた場所だった。
木々に囲まれた空き地に、火がいくつも焚かれている。
ぼう、と赤く揺れる火。その明かりに照らされて、妙な家が浮かび上がっていた。
地面から生えてきたみたいな、丸くて低い家だ。
土を掘って、その上に木を組み、草みたいなものを被せている。
屋根の隙間から煙が細く流れていた。
「……え」
家というより、穴みたいだった。
しゃがまないと入れなさそうな低さなのに、その間を人が普通に歩いている。
子どもまでいた。
犬みたいな動物が火のそばをうろついている。
火の近くでは誰かが石を打ち合わせていて、乾いた音が夜に響く。別の誰かは木の実みたいなものを石で砕き、毛皮を縫っている人までいた。
全部、おかしい。
でも、みんな当たり前みたいな顔をしていた。
「……なにここ」
誰にも通じない声で呟いた瞬間、ざわっと空気が動いた。
集落の人たちが一斉にアリスを見る。
火の周りだけでもかなりいる。
暗闇の奥にも、まだ人影が動いていた。
毛皮や草を体に巻いた人たち。
黒髪。
知らない顔。
制服姿のアリスの方が、どう見ても異物だった。
子どもが親の後ろへ隠れる。
女の人たちは警戒した顔をしている。
男たちは、アリスを連れてきた人たちに何か説明しているようだった。
女の子がアリスの袖を軽く引っ張った。
「……ナ」
またその言葉。
意味は分からない。
でも、なんとなく「こっち」と言われている気がした。
アリスは怯えながら、小さな家へ連れて行かれる。
入口は低く、かがまないと入れなかった。
中へ入った瞬間、むわっと熱気が顔にぶつかる。
「うわっ……」
真ん中で火が燃えていた。
煙い。
臭い。
目が痛い。
なのに、外の寒さを思えば、その熱気がありがたかった。
外とはまるで別世界だった。
天井近くには煙がたまっていて、息をするたび喉が変な感じになる。
床は土だった。
硬いのに、ところどころ踏み固められていて、誰かがずっとここで暮らしてきた感じがする。
壁際には毛皮や骨の道具が置かれていた。
みんなアリスを見ている。
怖い。
また涙が出そうになる。
女の子が木の器みたいなものを差し出した。
湯気が立っている。
スープ?
アリスは震える手で受け取った。
熱い。
「っ……!」
でも、その熱で指先の感覚が少し戻る。
そっと飲む。
温かい。
木の実みたいな味がした。
ちょっと変な味なのに、冷え切ったお腹に熱が落ちていく。
気づけば夢中で飲んでいた。
胸の奥でスマホが震える。
ブルッ。
アリスの手が止まる。
誰にも見られないよう、そっと制服の内側へ手を入れた。
周囲を見る。
みんな火や話し声に気を取られている。
今なら。
アリスは毛皮を少し被り、隠れるようにスマホを取り出した。
画面の光がやけに明るい。
【レン】 おい
【レン】 返事しろ
【レン】 やっぱ電話つながらん、何かおかしい
涙が出そうになる。
お兄ちゃんだ。
震える指でメッセージを開く。
【アリス】 こわい
すぐ既読。
【レン】 なにが?
【アリス】 わかんない
【レン】 だから、何がこわいんだ?
アリスは顔を上げた。
火。
煙。
知らない言葉。
自分を見る目。
全部。
スマホを打つ指が震える。
【アリス】 ぜんぶ へん
数秒、既読が止まる。
【レン】 変な人? 大丈夫?
【アリス】 わかんない こわ
すぐ近くで小さな声がした。
アリスは慌ててスマホを隠す。
小さな男の子がじっとアリスを見ていた。
視線は制服の胸元。
まずい。
バレた?
アリスは反射的に毛皮を押さえる。
男の子は不思議そうに何か言う。
周囲の大人たちも少しこちらを見た。
怖い。
取られる。
アリスが思わず後ずさると、あの女の子が男の子の頭をぺしっと軽く叩いた。
男の子は口を尖らせる。
女の子はアリスを見て、静かに首を振った。
大丈夫。
そんな風に見えた。
ブルッ。
スマホがまた震える。
【レン】 今から言うこと、ちゃんと答えろ
アリスは思わずスマホを握りしめた。




