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古墳16 埴輪少年

「あれ?」


朝ご飯を食べ終えたアリスは、空になった土師器はじきを置いて、周囲を見回した。


ハニャさんも奥さんも、朝から何やら忙しそうだった。


大きな籠へ埴輪を並べ、おばあちゃんは一つ一つ布で丁寧に包んでいる。


少年まで真剣な顔で数を数え、時々ハニャさんへ何かを伝えていた。


「また、お出かけ?」


アリスが聞くと、ハニャさんは振り返り、いつものように優しく笑う。


「ハニャ!」


やっぱり言葉は分からない。


でも、様子を見ていれば何となく分かる。

また渡来人の村へ行くらしい。


「待って、あたしも行く!」


アリスは慌てて、ハニャさん達の後を追いかけた。


渡来人の村へ向かう道も、もうすっかり見慣れていた。


最初は怖かった草原も、今では風が気持ちいい。

青空を横切っていくトキの姿は、未だに驚きと嬉しさでドキドキしてしまうが、その美しいピンク色は、青空によく映えて壮観だった。


「おじいちゃーん!」


村へ着くと、長い髭のおじいちゃんが入口で待っていた。


おじいちゃんはアリスの姿を見つけると、目を細めて笑った。

そして、ハニャさんたちが持ってきた籠を見て、何度もうなずく。


籠の中には、小さな埴輪が入っていた。

人の形をしたもの、馬の形をしたもの、筒のようなもの。

そして、大きいものは、他の職人達が四人がかりで運び込んでいた。


須恵器の作業場で、ハニャさんが籠からそれらを取り出すと、渡来人の村人たちが、興味深そうに集まってくる。


言葉は通じない。

それでも、埴輪を手に取り、あちこちを指差しながら、ハニャさんたちに説明を求めている。


手ぶり身振りでの説明は熱気が高まり、話し合いは少しずつ進んでいくようだった。


アリスはその様子を見ながら、奥へ視線を向けた。


そこには、以前見せてもらった大きな道具があった。


ずっと、気になっていた丸い台だ。


今なら、誰も見ていないようだ。

アリスはこっそり近づいて、触ってみる。


ぱっと見は、分厚い木で出来た重厚なテーブルだ。

テーブルの表面は、粘土が染み付いてサラサラしていて、石のように冷たい。


そっと手で回してみると、重くて動かない。


「あ」


気づくと、少年がやってきて、アリスの横から一緒にテーブルを回す手伝いをしてくれる。


すると、動き出せば意外と簡単に回りだす。


「うわぁ」


不思議な道具だ。

少年も不思議そうに回るテーブルを見つめている。


……でも、実はあたし、この道具知ってるんだよね。


「……これ、ろくろだよね」


思えば、ハニャさんの村に、ろくろがないのは、ちょっと変だなと思っていた。

土師器(はじき)も埴輪も、陶芸に似ている。

アリス的には、陶芸と言ったらろくろなのだ。


これがあれば、埴輪作りはもっと面白くなる。

多分、線を綺麗に引けてるのは、これのおかげだ。

粘土から形を整える作業も、簡単になるのかもしれない。


くるくる回るろくろの表面に手の平を滑らせて、アリスは、キラキラした目でその動きに夢中になる。

少年も、ぎこちない笑顔でアリスを真似て、ろくろの回転に手を乗せている。


……これ、欲しいな。


アリスは、盛り上がるハニャさんたちを振り返る。

すると、すぐ後ろに、おじいちゃんが立っていた。


おじいちゃんは、アリスの肩をちょんちょんと叩いた。

そして、ニッコリと笑う。


「え? え?」


笑顔で髭を撫で、そしてろくろを指差す。


「もしかして、ろくろ、すごいだろって自慢してる?」


もちろん、そんな言葉がわかるわけない。

わからないけれど、おじいちゃんの顔が完全にドヤ顔しているのだ。

アリスと少年が、ろくろに興奮してるのを見ていたに違いない。


アリスは仕方なく頷く。


ろくろすごい。


アリスは両手で丸を作り、親指を立ててグッグッグー!と、大げさな仕草で褒めてあげると、おじいちゃんは、驚くほど嬉しそうに高笑いする。


ベタ褒めしたのが伝わってるみたいで、アリスは拍手して更に褒めてあげた。


おじいちゃんは、笑いを納めた後、しばらく黙ってアリスを見ていた。


やがて、ふっと笑った。


そして、村の若者に何かを言う。

若者たちは驚いたように顔を見合わせたが、すぐに奥へ走っていった。


アリスは首を傾げると、おじいちゃんは大きくうなずいた。


その日の帰り道。


埴輪村へ向かう一行の後ろには、荷車が一台増えていた。


荷台に積まれていたのは、あのろくろだった。


「やった……!」


アリスは思わず両手を握りしめた。


ハニャさんは何度も振り返り、不思議そうにその道具を見ている。


少年は興味津々で、歩きながら何度も荷車の横へ行き、手を伸ばそうとしては奥さんに止められていた。


埴輪村に戻ると、村人たちはすぐに集まってきた。


初めて見るろくろに、みんな興味津々だ。

この道具が、あの渡来人の器の技術のひとつだと理解しているからだ。


実際にアリスと少年がニ人で回してみせると、丸い台が滑らかに回った。


村人たちの間から、どよめきが起こる。


ハニャさんは、まるで宝物を見るような顔でろくろを見つめていた。


その日から、埴輪村の毎日は、更に変わった。


ハニャさんと奥さんは、たびたび渡来人の村へ行くようになった。


渡来人の村からも、おじいちゃんや若者たちが埴輪村へやって来るようになった。


土を前に議論するグループがいれば、炉の説明をしているグループもいる。

そして、あちこちで、それぞれの器を見せ合い、模様や形を議論している。


言葉は完全に分からない筈なのに、土を前にすると、職人達は不思議なくらい会話ができた。


そして、ろくろについても、毎日、渡来人たちが丁寧に実演して見せてくれる。

アリスも、その輪に混ざった。


ろくろを回す。土を乗せる。中心を合わせる。


何度も、アリスと少年は、筒の形が上手く整えられずにぐにゃりと歪ませた。


力を入れすぎると潰れる。弱すぎると、まったく形にならない。


けれど、アリスにとっても、少年にとっても、埴輪村の職人達にとっても、それは新しいおもちゃみたいなものだった。


村人達は、見よう見まねで新しいろくろを作り始め、あちこちでそれを使うようになった。


「うわっ、また!」


アリスの前で、せっかく伸びかけた筒が、べちゃりと横へ倒れた。


少年が隣で笑う。


「むっ」


アリスは頬を膨らませた。


少年の方を見ると、少年の土もぐらぐら揺れていた。

数秒後には、少年の筒も見事に崩れた。


アリスは思わず吹き出した。

少年も笑った。


二人で笑って、また土をこね直す。


何度も失敗した。

指先は泥だらけになり、腕も顔も土まみれになった。

それでも、少しずつ形は整っていった。


昨日よりまっすぐ。

さっきより薄く。

前より早く。


ろくろは2人にとって楽しい遊び道具だった。


使い方を覚えるほど、確かに手の中の土が言うことを聞くようになっていく。


土台が作れるようになると、アリスの目的は別のところへ移った。


模様だ。


アリスがこのろくろでやりたかったのは、須恵器のような素敵な模様だった。

木べらでくるくる回る器に、細い線を引く。


小さな丸を並べたり、斜めの線を重ねる。

渡来人の村で見た器の模様を真似してみる。


埴輪村に昔からある模様に、自分なりの飾りを足してみる。


「ここを、こうして……」


アリスは夢中になった。


絵を描くのは好きだった。

ノートの端に、何度も何度も色んな絵を描いた。


けれど、今回は別に目的があった。

器や埴輪に、誰よりも上手に模様を描けるようになれば……。


模様なら、未来に届くかもしれない。

私が作った器が、未来に残れば。


失敗しても消しゴムはない。

力を入れすぎると、線が深くなりすぎる。

浅すぎると、焼いたあとに消えてしまうかもしれない。


だから、ゆっくりと、迷いのない線を。

アリスは少しずつ、土の上に絵を描くことを覚えていった。


少年も隣で真似をして、表面へ模様を刻んでいる。

最初はアリスの模様をそのまま真似していたが、やはりすぐに慣れて綺麗な模様を描き始める。


アリスが「おおっ」と声を上げると、少年は得意げに胸を張った。


言葉は通じない。

でも、一緒に何かを作っていると、それだけで気持ちは伝わった。



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