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古墳14 奇跡の少女

夜になっても、窯の炎が頭から離れなかった。

毛皮へ潜り込んでも眠れない。

瞼を閉じるたび、真っ赤な炎が唸り声を上げる。


『願』


そして。

頭を下げたおじいちゃんの姿。


「……なんで」


アリスは小さくため息をつくと、懐からスマホを取り出した。


【アリス】お兄ちゃん。


少し待つと、既読と共にスマホが震える。


【レン】おう。生きてるな。


思わず安堵し、笑ってしまう。


【アリス】うん。大丈夫だよ。


【レン】問題も起こしてないな?


酷い。私をなんだと思っているのだ。


【アリス】……今日ね。お願いされちゃった。


【レン】お願い? またなんかやらかしたな?


【アリス】だから、違う!なんもしてないし!


アリスは短い息を吐き出す。

そして、レンに今日の話を説明する。


既読が付く。

返事はすぐには返ってこなかったが、またスマホが震える。


【レン】たぶん、それ須恵器だな。


【アリス】須恵器?


【レン】朝鮮からきた渡来人が、日本に持ち込んだ有名な焼き物の技術な。


【アリス】いつも使ってる食器とか、埴輪とかと全然ちがったよ!


【アリス】薄くて硬くて、とてもきれいで!


【レン】いつも食べてる食器?


【アリス】え、埴輪と同じ土の焼き物みたいな器で、それでご飯食べてるんだよ。


【レン】……なんか、すごいな。土師器はじきでご飯食べてんのか。


【アリス】ハジキ?


【レン】お前が毎日ご飯食べてる、その茶色い器だよ。


【アリス】あれ、ハジキっていうんだ!


【レン】須恵器と、お前がご飯の時に使ってる土師器はじき、見た目からして別物だったろ?


【アリス】うん。なんか、びっくりした……。


【レン】で、それを大きくしても割れないようにしたいって? なんでアリスにそんな相談を?


【アリス】そう、あたしもそう思う。須恵器なんて知らないよ?


【アリス】おじいちゃん、何考えてるんだろう?


【レン】……きっと、状況からして、その大王の役人たちから、要求されてるんだな、大きな須恵器を。


【レン】須恵器は高級品だ。献上品って事だろうな。


【アリス】そういうことか!


【レン】古墳に入れる副葬品なのかもしれない。


あの派手な男が村の前で騒いでいたのは、これだったのかとアリスは納得する。


じゃぁ、きっと、おじいちゃんは、その命令はなんとしても、やらなきゃいけない筈だ。

なら余計に。なんであたしなんかに……。


【レン】……でもなんかわかる。


え?


【レン】お前、いつもそうだ。


いつも?

アリスは指を止める。


【レン】まぁ、例えば今回なら、漢字が少し読めるだろ。


【アリス】漢字? ちょっとだけだよ。


【レン】それでも、おじいちゃんから見たら、お前は奇跡みたいな子だ。


急にレンに変なことを言われて、アリスは目をパチパチさせる。


【レン】その時代、まだほとんどの日本人は漢字を知らない。


【レン】それなのに、突然現れた少女が、漢字が読めて、渡来人を怖がらない。


【レン】おじいちゃんからしたら、それだけでも十分奇跡なんだよ。


【アリス】え?


【レン】だから、お前だから、相談したかったんじゃないか?


【アリス】……でも、須恵器なんて全然分かんない。


【レン】俺も分からん。


【アリス】だよね。


【レン】……ちょっと須恵器のこと、調べとくよ。


やがて、スマホの灯りが消える。


アリスはもう一度毛皮へ潜り込んだ。


眠ろう。


そう思うのに、眠れない。


『願』


また、おじいちゃんの顔が浮かぶ。


『お前だから、相談したかったんじゃないか?』


……そんな事言われても。


……どうしたらいいんだろう。


「ハニャー……」


その時、ハニャさんが寝言を言って大きな体で寝返りを打った。


アリスはその寝言に思わず笑う。


あの人、寝てる時も、きっと埴輪作ってるんだ。

毎日毎日、沢山、作らなくちゃいけないもんね。


……あれ?


ふと、アリスは思い出す。


そう言えば、埴輪は、大きいのがあった。

私より背が高くて大きいのも、焼いてちゃんと割れずに立ってた。


それって、すごいことじゃない?

須恵器と埴輪、何が違うんだろう?

同じ土から出来てるんだよね?


アリスはしばらく考えたが当然分からない。


ただ、思い浮かぶのは、埴輪を作る職人達の姿。


泥だらけになりながら土をこねていたハニャさんの奥さん。


出来上がった埴輪を、一つ一つ真剣な目で確かめていたハニャさん。


「あ……」


身体が止まる。


私には、須恵器は分からない。


きっと、絶対におじいちゃんの役に立てることなんて、一つもない。


でも、あの人なら……。





翌朝。


アリスは朝食もそこそこに立ち上がる。

家を出ると、もう村は動き出している。


道具を揃えて、敷物を整えて、粘土を取り出し、村人があちこちで今日も埴輪を作るための準備を始めている。


ハニャさんは、やっぱり村の真ん中で全体を見回して、指示を出していた。


アリスはぐっと拳を握りしめてから、駆け寄る。


「ハニャさん!」


ハニャさんは笑顔で振り向いた。

そして、いつものように、優しい瞳でアリスを見つめる。


アリスはハニャさんの目の前に立つと、両手をいっぱいに広げる。


「おっきい!」


今度は壺を抱える真似をする。


「須恵器!」


もちろん通じない。


「パリン!」


派手に割れる真似をして、ハニャさんを見ると、ぽかんとした顔がアリスを見ていた。


「パリン! パリン!」


ハニャさんは目をパチパチさせて、首を傾げる。

アリスの大声につられて、周りの職人達まで、不思議そうに首を傾げる。


「もう! どうして!」


歯ぎしりしながら、アリスは考える。


そして、今度は膝をつき、地面へ絵を描く。


大きな壺の絵。


そして、パリンと叫んで大きなヒビを描く。


周囲の職人達から、ざわめきが起きる。

どうも、わかってくれたらしい。


そして、おじいちゃんのイラスト。

ニコニコした表情とヒゲを書けば、わかるだろうか。


アリスは地面から立ち上がると、またハニャさんと向き合う。


「お願い!」


両手を合わせて頭を下げる。


これで、伝わったろうかと顔を上げると、ハニャさんは困ったように笑った。


これ、やっぱり伝わってない……。


アリスは泣きそうになる。

どうしても伝えたいのに、伝えられる気がしない。


「うぅ……」


アリスが肩を落とした、その時だった。


ぐいっ。


右手を掴まれる。


「え?」


少年だった。


そのまま今度はハニャさんの手も掴む。


「……?」


ハニャさんが驚いて声を上げる。


少年は何も言わずに、アリスとハニャさんの間に立ち、そして動き出す。


「ちょ、ちょっと!」


ぐいぐいと二人を引っ張って歩く少年に、アリスは慌ててついていく。


ハニャさんも戸惑いながら歩き始める。


少年は何も言わない。

アリスから見えるその横顔は、強張っていて、口はへの字になっている。


どうしたのか、アリスにも全然わからず、ただ二人は少年に引っ張られて歩く。


やがて、埴輪村の入口を出たところで、アリスははっとした。


「……そっか」


少年も、あの場にいた。


全部、見ていたんだ。


アリスは少年の手をそっと離すと、代わりに、ハニャさんの手をぎゅっと掴んだ。


「来て!」


そして、少年へと目配せして、一緒にハニャさんを、引っ張って歩き出した。


少年は照れくさそうに目を逸らしたが、すぐにまた必死の顔で太いハニャさんの腕を引っ張って進む。


そしてアリスは満面の笑みを浮かべていた。


伝わらないなら、もう強引に連れて行こうってことよね!


きっと、それが一番の正解だ!


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