古墳12 大王の使者
朝の森は静かだった。
鳥の声が頭の上から降り注ぎ、朝露をまとった草が足元で揺れる。
アリスは一人で山道を歩いていた。
目を覚ましてから、ハニャさん達に何も言わず村を出てきた。
誰にも何も言っていないし、言うつもりもなかった。
昨日のことを思い出すだけで、胸の奥がムズムズする。
シマエナガ。
穴だらけになった、あの丸い顔。
「……もう許さないから」
小さく呟いて、小石を蹴る。
ころころと転がった石は、草むらへ消えた。
森を抜けると、やがて見慣れた渡来人の村が見えてきた。
「あれ……?」
思わず足が止まる。
村の入口に人が集まっていた。
朝の穏やかな空気はなく、張りつめた空気が、村の入口を覆っていた。
人垣の中央には、おじいちゃんが立っていた。
その向かいには、派手な服装の男。
年は四十歳くらいだろうか。
滑らかな着物の上に、紫色の長い衣をまとい、ふわっと太いズボンは足首で絞られていて、腰には長い鉄剣を下げている。
耳の横では、綺麗に真ん中で2つに分けた長い髪が、大きな輪を描いて揺れていた。
男の後ろには二人の従者。
さらに三頭の馬が静かに鼻を鳴らしている。
村の人達のシンプルな服装の中で、その三人だけが場違いなほど華やかで、そして誰よりも大声だった。
男は激しくまくし立てる。
おじいちゃんも、アリスが聞いたことのない強い口調で言い返している。
言葉は分からない。
けれど、穏やかな話ではないことだけは伝わってきた。
アリスは村に近づけなくて、道の脇に身を潜めて、その様子をうかがう事にした。
男は何度も村の奥を指差し、そして、何度も両手を大きく広げている。
何の真似だろう。
大きさを表しているようにも見えた。
そのたびに、おじいちゃんは首を横へ振る。
そして、男は苛立ったように息を吐いて、また叫ぶ。
『オオキミ』
男の言葉の中に、アリスは知っている言葉を聞き取る。
アリスは小さく息を呑む。
レンが言っていた、『大王』だ。
この国で一番偉い人。
嫌な予感がした。
やがて、男は馬へ跨がった。
ようやく帰るのかと思いきや、馬上から、またおじいちゃんに何か強く言っている。
もう、おじいちゃんは何も言い返さない。
ただじっと、男を睨んでいる。
従者を連れて、男が土煙を巻き上げながら村を去っていっても、おじいちゃんも、村の人達も、しばらくは誰も動かずにいた。
さっきまで鳴いていた鳥まで、どこかへ飛んで行ってしまったようだった。
残ったのは、重たい静けさだけだった。
おじいちゃんは大きく息を吐く。
そこで、村人達も村の中へと戻り始める。
アリスも何がなんだか分からないまま、緊張していた身体を緩めてふうとため息を出す。
その時、おじいちゃんが、木陰のアリスへ気付いた。
少し驚いたあと、困ったように笑う。
やっと、いつものおじいちゃんだった。
「おじいちゃん!」
アリスが駆け寄る。
おじいちゃんは何度も頷き、アリスをじっと見ている。
何があったのか、とても気になったが、その強い目にアリスは思わず足を止めた。
「どうしたの?」
おじいちゃんは、また頷き、手招きをして村の奥へと歩き出す。
何か、思い詰めたようなその小さい背中を、アリスは追って村へと入る。
相変わらず馬達が沢山いて動物園のようだったが、以前より村は何処か静まり帰っていた。
その理由はきっとさっきの奇妙な服の男のせいに違いなかった。
案内された建物へ入った瞬間だった。
「あ……すご……」
思わず声が漏れた。
棚いっぱいに並んでいたのは、見たこともない器だった。
青みがかった灰色の器が、ズラリ鈍く輝いて棚に並んでいた。
どれも表面がなめらかで、光を受けるたびに引き込まれるような色に輝く。
まるで鉄みたいだった。
でも違う。
鉄は、こんな色じゃない。
じゃあ、これ……何で出来てるの?
アリスが棚に見惚れていると、おじいちゃんはその中の器をそっと持ち上げ、アリスへ差し出す。
「え? いいの?」
恐る恐る受け取ると、手の平にヒンヤリとした重み。
思っていたより軽い。
でも、思っていたよりも、スベスベしている。
指でそっと弾いてみる。
コーーーン……
澄んだ音が器の中で響き、たったそれだけで、アリスの想像以上に、硬く薄いということが理解できた。
「え?」
思わず何度も眺めていると、今度は表面の模様にアリスは驚く。
器には細い線が何本も走っていた。
それが、指でなぞりたくなるくらい美しいのだ。
こんなの、どうやって作るんだろう。
人の手で描いたなんて信じられない。
線は一本も乱れず、器の周りをぐるりと巡っている。
連続して流れる直線や曲線。
こんな線を、埴輪村では描けるのだろうか。
今まで見てきた土器とは、まるで違う別物の美。
これを作るだけの技術の高さ。
多分、埴輪とはまったく違う工程を経て出来ているのだ。
そうだ。
お兄ちゃんが言っていた。
「渡来人は、大陸の技術を持ってきた人達なんだ」
この器の技術も、日本ではない大陸から持ち込まれたのだ。
あの言葉を、アリスはようやく実感した。
埴輪もすごいと思っていた。
でも。
これは、また違う。
思わず見入ってしまう美しさだった。
おじいちゃんは、そんなアリスを見て優しそうに頷いた。
その奥では、十人ほどの職人達が丸い台を回しながら作業をしていた。
きっとこの器を作っているんだと、アリスは注意深くそれを観察する。
くるくると回る台と、その上に置かれた、粘土。
え、粘土?
それに、回ってる?
アリスは思わず目を見張った。
粘土が、みるみる器の形になっていく。
「これも、土で出来てるの?」
でも、埴輪とは全然違うのはなんで?
アリスは奥で働いている職人達の姿を飽きることなく眺めていた。
土と向き合う真剣な表情だけは、ハニャさん達と同じだった。
おじいちゃんは工房の奥を見つめる。
それからアリスを見た。
「ハニャ」
アリスは首を傾げる。
「……ハニャさん?」
おじいちゃんは大きく頷く。
そして、もう一度、言葉を繰り返す。
「ハニャ」
今度は、自分の胸を指差す。
そして、村の外を指差した。
何かを伝えたい、という想いはアリスにも伝わった。
でも、それ以上は伝わらない。
アリスも困ってしまう。
「うーん、気になるんだけど……分からないよ?」
でも、おじいちゃんは困っている。
きっと、あの馬に乗って去っていった男達のせいだ。
その時だった。
外から慌ただしい足音が近づいてきた。
振り返ると、少年だった。
「え? ど、どうして?」
少年と目が合うが、何も喋らない。
息を切らして駆け込んできた少年は、ただじっとアリスを見ていた。
何をしに来たの?
もしかして、あたしを探しに来たの?
少年は何も言わない。
アリスも何も言えなかった。




