表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
43/53

古墳12 大王の使者

朝の森は静かだった。


鳥の声が頭の上から降り注ぎ、朝露をまとった草が足元で揺れる。


アリスは一人で山道を歩いていた。


目を覚ましてから、ハニャさん達に何も言わず村を出てきた。


誰にも何も言っていないし、言うつもりもなかった。


昨日のことを思い出すだけで、胸の奥がムズムズする。


シマエナガ。

穴だらけになった、あの丸い顔。


「……もう許さないから」


小さく呟いて、小石を蹴る。

ころころと転がった石は、草むらへ消えた。


森を抜けると、やがて見慣れた渡来人の村が見えてきた。


「あれ……?」


思わず足が止まる。


村の入口に人が集まっていた。

朝の穏やかな空気はなく、張りつめた空気が、村の入口を覆っていた。


人垣の中央には、おじいちゃんが立っていた。


その向かいには、派手な服装の男。


年は四十歳くらいだろうか。

滑らかな着物の上に、紫色の長い衣をまとい、ふわっと太いズボンは足首で絞られていて、腰には長い鉄剣を下げている。

耳の横では、綺麗に真ん中で2つに分けた長い髪が、大きな輪を描いて揺れていた。


男の後ろには二人の従者。

さらに三頭の馬が静かに鼻を鳴らしている。


村の人達のシンプルな服装の中で、その三人だけが場違いなほど華やかで、そして誰よりも大声だった。


男は激しくまくし立てる。


おじいちゃんも、アリスが聞いたことのない強い口調で言い返している。


言葉は分からない。

けれど、穏やかな話ではないことだけは伝わってきた。


アリスは村に近づけなくて、道の脇に身を潜めて、その様子をうかがう事にした。


男は何度も村の奥を指差し、そして、何度も両手を大きく広げている。


何の真似だろう。


大きさを表しているようにも見えた。


そのたびに、おじいちゃんは首を横へ振る。


そして、男は苛立ったように息を吐いて、また叫ぶ。


『オオキミ』


男の言葉の中に、アリスは知っている言葉を聞き取る。


アリスは小さく息を呑む。

レンが言っていた、『大王』だ。


この国で一番偉い人。


嫌な予感がした。


やがて、男は馬へ跨がった。

ようやく帰るのかと思いきや、馬上から、またおじいちゃんに何か強く言っている。


もう、おじいちゃんは何も言い返さない。

ただじっと、男を睨んでいる。


従者を連れて、男が土煙を巻き上げながら村を去っていっても、おじいちゃんも、村の人達も、しばらくは誰も動かずにいた。


さっきまで鳴いていた鳥まで、どこかへ飛んで行ってしまったようだった。

残ったのは、重たい静けさだけだった。


おじいちゃんは大きく息を吐く。

そこで、村人達も村の中へと戻り始める。


アリスも何がなんだか分からないまま、緊張していた身体を緩めてふうとため息を出す。


その時、おじいちゃんが、木陰のアリスへ気付いた。


少し驚いたあと、困ったように笑う。

やっと、いつものおじいちゃんだった。


「おじいちゃん!」


アリスが駆け寄る。


おじいちゃんは何度も頷き、アリスをじっと見ている。


何があったのか、とても気になったが、その強い目にアリスは思わず足を止めた。


「どうしたの?」


おじいちゃんは、また頷き、手招きをして村の奥へと歩き出す。


何か、思い詰めたようなその小さい背中を、アリスは追って村へと入る。


相変わらず馬達が沢山いて動物園のようだったが、以前より村は何処か静まり帰っていた。

その理由はきっとさっきの奇妙な服の男のせいに違いなかった。


案内された建物へ入った瞬間だった。


「あ……すご……」


思わず声が漏れた。


棚いっぱいに並んでいたのは、見たこともない器だった。


青みがかった灰色の器が、ズラリ鈍く輝いて棚に並んでいた。

どれも表面がなめらかで、光を受けるたびに引き込まれるような色に輝く。


まるで鉄みたいだった。


でも違う。

鉄は、こんな色じゃない。


じゃあ、これ……何で出来てるの?


アリスが棚に見惚れていると、おじいちゃんはその中の器をそっと持ち上げ、アリスへ差し出す。


「え? いいの?」


恐る恐る受け取ると、手の平にヒンヤリとした重み。


思っていたより軽い。

でも、思っていたよりも、スベスベしている。


指でそっと弾いてみる。


コーーーン……


澄んだ音が器の中で響き、たったそれだけで、アリスの想像以上に、硬く薄いということが理解できた。


「え?」


思わず何度も眺めていると、今度は表面の模様にアリスは驚く。


器には細い線が何本も走っていた。


それが、指でなぞりたくなるくらい美しいのだ。


こんなの、どうやって作るんだろう。

人の手で描いたなんて信じられない。

線は一本も乱れず、器の周りをぐるりと巡っている。


連続して流れる直線や曲線。

こんな線を、埴輪村では描けるのだろうか。


今まで見てきた土器とは、まるで違う別物の美。

これを作るだけの技術の高さ。

多分、埴輪とはまったく違う工程を経て出来ているのだ。


そうだ。

お兄ちゃんが言っていた。


「渡来人は、大陸の技術を持ってきた人達なんだ」


この器の技術も、日本ではない大陸から持ち込まれたのだ。

あの言葉を、アリスはようやく実感した。


埴輪もすごいと思っていた。

でも。

これは、また違う。

思わず見入ってしまう美しさだった。


おじいちゃんは、そんなアリスを見て優しそうに頷いた。


その奥では、十人ほどの職人達が丸い台を回しながら作業をしていた。


きっとこの器を作っているんだと、アリスは注意深くそれを観察する。


くるくると回る台と、その上に置かれた、粘土。


え、粘土?

それに、回ってる?


アリスは思わず目を見張った。


粘土が、みるみる器の形になっていく。


「これも、土で出来てるの?」


でも、埴輪とは全然違うのはなんで?


アリスは奥で働いている職人達の姿を飽きることなく眺めていた。

土と向き合う真剣な表情だけは、ハニャさん達と同じだった。


おじいちゃんは工房の奥を見つめる。


それからアリスを見た。


「ハニャ」


アリスは首を傾げる。


「……ハニャさん?」


おじいちゃんは大きく頷く。


そして、もう一度、言葉を繰り返す。


「ハニャ」


今度は、自分の胸を指差す。

そして、村の外を指差した。


何かを伝えたい、という想いはアリスにも伝わった。


でも、それ以上は伝わらない。


アリスも困ってしまう。


「うーん、気になるんだけど……分からないよ?」


でも、おじいちゃんは困っている。

きっと、あの馬に乗って去っていった男達のせいだ。


その時だった。


外から慌ただしい足音が近づいてきた。


振り返ると、少年だった。


「え? ど、どうして?」


少年と目が合うが、何も喋らない。


息を切らして駆け込んできた少年は、ただじっとアリスを見ていた。


何をしに来たの?

もしかして、あたしを探しに来たの?


少年は何も言わない。


アリスも何も言えなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ