古墳11 渡来人の村
竪穴式住居の壁の一角では火が揺れ、土壁の向こうから聞こえるのは、虫の声だけだった。
パチパチとドーム状のかまどから小さな火がはじけ、部屋の様子をうっすらと浮かび上がらせている。
寝るのが早いのは、どの村も同じだった。
ハニャさんも、奥さん達も、少年も皆、スースーと眠っている。
アリスは毛皮へくるまり、父のスマホを胸の前にして、レンとライメッセをしていた。
眠れない。
目を閉じるたびに、シマエナガへ穴を開ける少年の姿が浮かぶ。
【レン】えーと、だから、隣村にいくってこと?
【アリス】そう! せっかく埴輪作り手伝ったのに!
【アリス】サイテー! 最悪! ギルティだよ!
【アリス】もうこんな村にいられない! 漢字のおじいちゃんがいる方に行く!
アリスが毛布の中で鼻息を荒くしていると、レンがまた知らない言葉を使う。
【レン】でも、あの村は、渡来人の村だぞ。
アリスは目をぱちぱちさせる。
【アリス】あの村? 渡来人?
【レン】馬が沢山いる村だろ? 渡来人っていうのは、朝鮮半島や中国から日本へ渡ってきた人達だ。
渡来人……。
ピンと来ないアリスは小さく息を吐く。
【レン】漢字、鉄器、馬。
【レン】お前があの村で見たものは、全て渡来人が日本へ伝えた技術なんだ。
アリスは村を思い浮かべた。
小さな馬は可愛かった。
村の中は木札で綺麗に区分けされていた。
鉄を作る鍛冶屋みたいな家があった。
そして、漢字を書いていたおじいちゃん。
【アリス】日本の人達じゃないの?
【レン】多分な。訳ありで海を渡って日本に来た人達だ。
アリスはあの時会った人達の顔を思い浮かべながら、ストンと腑に落ちるものを感じた。
【アリス】あー!
【アリス】だから全然雰囲気違ったんだ!
【アリス】みんな服も綺麗だったし、馬ばっかりいた!
【レン】やっとか。……中学校で習ってるはずなんだけどな。
【アリス】そうそう!
【アリス】あの村、学校みたいだった!
【レン】……まぁいいか。
アリスが一人で頷いていると、次々にレンからのライメッセが手の中で響く。
【レン】あと一つ。
【レン】ハニャさんと、漢字のおじいちゃん。
【レン】普通の村人じゃないと思うぞ。
【アリス】え?
【レン】氏家制度って聞いたことあるか?
【アリス】ないけど。
【レン】絶対にあるわ!……とツッコミたいが、もうそこは諦める。
アリスは首をひねる。
【レン】大王は豪族達をまとめるために、「氏」や「姓」という身分を与えていたんだよ。
【アリス】名字ないと、わかりにくいって事?
【レン】そうそう。ただ、その名字が豪族達の階級、身分、グループ分けって感じな。
【アリス】ほうほう。
【レン】ちっ。まぁ言いたいのは、ハニャさんは、ただの村人じゃない可能性が高い。
【レン】察するに、埴輪を作るナン族という豪族の中の1人だ。いや、家族全員か。きっと村を纏めているんじゃないか?
アリスは首を上げて、毛布の中から、ハニャさんの大きな横たわる身体を見る。
ただの村人じゃないって言われても、よく分からない。ハニャさんは、ハニャさんだ。
【レン】おじちゃんは、渡来人の村のリーダー役にかもしれない。
【レン】誰でも仕事、役割を与えられている時代なのに、1人ふらふらと自由に動けるおじいちゃんは、それだけの権利をもっているんだろ。
確かにおじいちゃんは、フラフラしている感じだ。
いい感じで、だけど。
他の人は必死で働いてるのに、言われてみれば不思議だった。
【レン】渡来人をまとめる人が、豪族として認められた。きっとそんな立場の人かもしれない。
アリスは首をかしげる。
【アリス】えー。
【アリス】そんな感じしないけど。
【レン】見た目じゃ分からん。
【レン】だから何ってわけじゃないけどさ。
【レン】豪族って、武力で人々をまとめていたとも言われてる。
【レン】気を付けてな。
【アリス】わかった!
ハニャさんも、おじいちゃんも、良い人だ。
豪族って聞くと、怖そうだけど、あの人達はきっと大丈夫だ。
【レン】そうだ。
【レン】スマホ、充電何%?
アリスは画面を確認した。
【アリス】えっと。九三%。昨日九五%だったから、ちょっと減った!
【レン】昨日から……は? 二%だけ!?
【レン】まてまて! 普通、そんな減り方しないぞ。
【アリス】そう言えばそうだよね。なんでだろ。
アリスはスマホをじっと見つめた。
暗闇で光る画面は、ちゃんと電気使ってるのは間違いない。
スマホを持ったことのないアリスにはピンと来ないが、学校の友達の話によく充電切れそうとかいう話題があった気がする。これ、どうなってるんだろう。
それを言えば、レンとのライメッセも、だ。
お兄ちゃんにだけ繋がるなんて、それも圏外なのに、どう考えても、全部おかしい。
少しだけ不安になって、毛皮を握る。
このスマホは、アリスにとって、絶対になくてはならないものなのだ。
【レン】でも色々と分かってきたな。
【レン】縄文。
【レン】弥生。
【レン】古墳。
【レン】不思議な現象が、少しずつ繋がってきた。
アリスはその文字を見つめる。
縄文、弥生、古墳って急に言われても……。
ふっと心が、苦しくなった。
アリスは少しだけ笑って、それからゆっくり文字を打った。
【アリス】お兄ちゃん。
【レン】ん?
【アリス】お兄ちゃんなら、
【アリス】ちゃんと全部分かったら……
【アリス】助けに来られる?
既読だけが付いていて、画面がふいに静かになった気がした。
返事が、来ない。
しばらくして、ようやく文字が届いた。
【レン】……まだ分からない。
アリスは、その文字をじっと見つめて、俯く。
そりゃそうだ。
こんな場所も、出会う人達も、普通ではないことくらいアリスにもわかる。
ここって、一体どこなの?
その直後、被せるようにライメッセ。
【レン】……まだ分からない。
【レン】でも。
【レン】帰る方法は、絶対探す。
その一文を見た瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなった。
【アリス】うん。
【アリス】あたしも探す。
アリスは毛皮へ潜り込み、天井を見上げる。
ここが本当に昔の日本なのか。
まだ信じられない。
だけど一つだけ、信じられることがあった。
離れていても。
お兄ちゃんは、一緒に戦ってくれている。
そう思うと、不思議と少しだけ眠れそうな気がした。




