埴輪10 シマエナガ
「できたよ!」
アリスは泥だらけの両手を高く上げた。
目の前の作業台には、小さな兵士の埴輪が立っている。
もちろん、少年や他の人のように綺麗ではない。
腕は少し曲がり、胴体も少し太く、頭も大きいちょっと頼りない兵士だ。
それでも、ちゃんと兵士に見えた。
工房のみんなが集まってくる。
「ハニャ……」
ハニャさんが真剣な表情で、埴輪を持ち上げる。
くるり。
横から見て、後ろから見て。
それから、顎に手を当てて、うんうんと何度も頷いた。
「ハニャハニャ!」
周りの職人たちも笑顔で頷く。
「え?」
もしかして。
「合格?」
ハニャさんは満面の笑みで大きく頷いた。
「やったぁ!」
アリスは思わず飛び跳ねた。
工房のみんなが笑う。
少年も、少しだけ口元を緩めていた。
その時だった。
ハニャさんが、新しい粘土をもう一塊、どんと作業台へ置く。
「え?」
また、作るのと聞きそうになったアリスは口を閉ざす。
そうだ、まだまだ、だ。
埴輪は、もっともっと必要で、あたしが兵士一体作ったぐらいじゃ足りない。
昨日見たあの古墳の巨大さを思い返す。
あの周りに埴輪をギッシリと並べなくちゃいけないんだ。
「また作るんだよね?」
すると、ハニャさんが隣に、色んな埴輪を持ってくる。
そして、アリスにニッコリと微笑む。
「え?」
横に並んだ埴輪は、笑っている人、踊ってる人、色んな動物、様々な種類、大きさだ。
さっきは、少年の兵士を真似した。
けれど、埴輪はもっと自由に作っていいんだよ。そう言われている気がした。
何を作ろう。
そう思った途端に、アリスの胸に湧き上がったのは喜びだった。
アリスは「ものづくり」が、大好きだ。
だから、予想もしていなかった埴輪作りで、好きなものを作っていいなんて、考えもしていなかった。
自分の好きなものを作っていいなんて、サイコーだ。
兵士はもう作った。
もっとカッコいいのを作って少年を驚かせるのもありだ。
馬?
うーん、難しそうだ。
……いや。もっと作りたいものがある。
アリスは、にやりと笑った。
「決めた!」
両手でうどん粘土で、輪を作り、形を作り始める。
そして、丸めて、丸めて。
ころころ。
ころころ。
少年が首を傾げる。
丸い。
ただ丸い。
アリスは真剣だった。
もっと丸く。もっとふっくらに。
「……あれ?」
ころん。粘土が転がる。
「あぁ!」
慌てて拾う。
もう一度。
ころころ。ころころ。
「違う……。」
頭の中には、ちゃんとあの子の姿がある。
雪玉みたいに丸くて、ふわふわで、世界一かわいい鳥。
沢山ぬいぐるみだって持っていた。
なのに、手の中の粘土は、どうしても変な団子になる。
アリスは唇を尖らせながら、もう一度粘土を丸めた。
ころころ。
ころころ。
少し潰す。
羽をつける。
くちばしをつける。
また丸める。
気づけば、少年がすぐ横から覗き込んでいた。
「ちょ、近いって」
言葉は通じないのに、少年はじっと見ている。
最初は笑っていたのに、今はもう笑っていない。
アリスの手の中で何か知らないものが生まれていくのを、不思議そうに見つめていた。
「これはね、シマエナガだよ」
アリスは、小さなくちばしを指で整えながら言う。
「鳥。ちっちゃくて、白くて、まん丸で、すっごくかわいいの」
もちろん通じない。
北海道で雪の妖精と言われるシマエナガという鳥を、多分少年は知らない。
でも、少年は丸い粘土とアリスの顔を交互に見ていた。
アリスは両手でそっと持ち上げる。
ころん。
まん丸な体に、小さなくちばし。
短い羽まで付けると、少しだけ傾いてはいるけれど、ちゃんと鳥に見えた。
「できた!」
アリスは顔を輝かせた。
「シマエナガ!」
工房のみんなが一斉に首を傾げる。
アリスは両腕をぱたぱた動かして、鳥の真似をした。
「鳥だよ、鳥!」
ハニャさんが大きな身体を揺らして笑う。
いつの間にか、奥さんも、おばあちゃんもそばに来ていて、職人達も、よく分からないまま笑っていた。
少年だけは、まだ笑わなかった。
作業台に置かれたシマエナガを、前から、横から、少し屈んで下からまで覗いている。
その真剣な顔が少しおかしくて、アリスは得意げに胸を張った。
「かわいいでしょ?」
少年は返事をしない。
ただ、そっと指を伸ばした。
ちょん。
丸い頭を軽くつつく。
「ふふっ」
アリスは笑った。
その時だった。
「ホッホッホ」
聞き覚えのある笑い声が、工房の入口から聞こえて、アリスは振り向く。
「おじいちゃん!」
漢字で仲良くなった、あのおじいちゃんだった。
長い髭を揺らしながら、木の皿を持って立っている。
ハニャさん達が軽く頭を下げる。
おじいちゃんはそれに小さく頷いただけで、まっすぐアリスのところへ歩いてきた。
そして、皿を差し出す。
上には、白っぽい丸いものが三つ並んでいた。
「え、なにこれ」
おじいちゃんは自分の口元を指差し、食べる真似をする。
「くれるの?」
おじいちゃんは何度も頷いた。
アリスはぱっと顔を明るくしたが、すぐに自分の手を見る。
泥だらけだった。
少し考えてから、皿へ顔を近づける。
「まあ、いいよね」
ぱくっ。
もぐもぐしながら、こんな下品な食べ方をしたら、ママが怒るだろうな、と考えた。
「ん!」
予想外な食感と甘さだった。
もちもちしていて、ほんのり甘くて、噛むほどにお米の味が広がっていく。
久しぶりに、おやつらしいものを食べた気がして、アリスは感動のあまり叫んだ。
「おいしー!」
普通にお店で売っていてもおかしくない味わいに、アリスが夢中で2つ目にかぶりつくと、工房のみんながまた笑った。
おじいちゃんも嬉しそうに髭を揺らしている。
ずっと寂しい食生活だったのだと今更に思い知りながら、アリスはその美味しさに幸せ一杯だった。
その間、少年は作業台の上のシマエナガをじっと見ていた。
おじいちゃんも、餅団子を頬張るアリスを見てから、シマエナガへ視線を移す。
「ホォ」
何か感心したような声を漏らした。
アリスは口いっぱいに団子を入れたまま、にんまりする。
「かわいいでしょ?」
少年が、細い木の棒を手に取った。
「ん?」
アリスは首を傾げる。
少年は真剣な顔でシマエナガへ顔を近づける。
そして。
ぐりっ。
丸い顔に、大きな穴を開けた。
アリスの口が止まる。
「……え?」
少年は止まらない。
反対側にも。
ぐりっ。
さらに、小さかった口を。
ぐいっ。
大きく広げた。
餅団子が喉につまりそうになった。
アリスは慌てて飲み込み、作業台へ身を乗り出す。
「ちょっと待って!!」
少年は顔を上げた。
そのキョトンとした顔に、怒りが噴き出す。
アリスは少年の手からシマエナガを取り返した。
丸くて、ふわふわで、可愛かった顔。
そこには大きな穴が三つ、ぽっかりと開いていた。
「……なに、してるの」
声が震えた。
少年は首を傾げる。
「ひどい」
工房の笑い声が消えていく。
アリスはシマエナガを胸に抱え、少年を睨みつけた。
「ひどい!!」
少年の顔が強張る。
ハニャさんが困ったように二人の間へ一歩踏み出した。
でも、アリスは止まらなかった。
「せっかく作ったのに!」
言葉は通じない。
それでも怒っていることだけは伝わったのだろう。
少年は何か言おうとして、口を閉じた。
その顔を見ても、アリスの怒りは収まらなかった。
「サイテー!」
アリスは泥だらけの手でシマエナガを抱えたまま、作業台から立ち上がる。
村の一角が、静まり返る。
おじいちゃんだけが、長い髭を撫でながら、細い目で二人を見ている。
そして。
「ホッホッホ」
小さく笑った。
その声が、余計にアリスの胸をざらつかせた。
アリスはシマエナガを抱きしめたまま、ぷいっと顔を背けた。




